漫画みたいな恋ください

第3回 すべき話

2018年4月29日~5月5日

第3回からクライマックスです。5月5日の日記だけでも、ぜひお読みください。

4月29日(日) はれ

 先週に引き続き、部屋が暑い。彼氏の家は南向きに窓がたくさんあって、ものすごく日当たりが良いのだ。
 昼頃目が覚めたけど、体が重いのと、下の部屋のソファーで寝てるはずの彼氏がまだまだ起きてこないだろうと踏んで、2時すぎまでダラダラ横になり見たばかりの芸能人と付き合ってる夢についてツイートしたり、した。
 ツイートするのは1週間ぶりくらい。もともと筆不精なのと、大勢の求めるものが何かわからないのとで自分のツイッターは閑散としている。フォロワー数をなんとなく確認してみると、前見たときよりも4、5人減っていた。さみしいといえばさみしい。当たり前だ、とも思う。
 もしも私が自分でない別の人だったら無益かつ野放図な私の呟きにはとても関心を持てないと思うし、私自身が世の中の情勢、というよりかSNSの情勢にまったくと言っていいほど関心がない。エゴサーチはするけど、人びとの関心そのものには、関心がない。

 ところでいま現在、彼氏の発言がインターネット上で炎上中らしい。と、渦中の本人が昨日寝る前に言っていた。
 この人は私と正反対で、人の意見がつくる社会情勢にものすごく関心が強いし敏感である。何もなくても1日中インターネットに張り付いているのだから、自分がその台風の目にいるとなれば余計にそこから退くことはできないのだろう。いつもより早く起きて活動を始めたらしい彼氏は私の見ているかぎり、パソコンの画面に釘付けになっている。普段にも増してものをあまり喋らず、ため息ばかりついている。
 早くそんなところからは出ておいでよ、こっちで遊ぼう、元気出しなよ、そんな小学生みたいなことしか思えない私はかけるべき言葉が何も見当たらないでいる。相手の抱えている問題というのは、誇張拡大してもいけないし、矮小化してもいけないからそう気軽には手がつけられない。思いつめたような表情を崩さない彼氏と同じ空間で、私はピアノを弾いたり可愛い女の子の絵を描いたりその絵を勝手に彼氏の仕事机の横に貼ったりして時間をやり過ごす。
 炎上もバズも、その正体は一人ひとりのちょっとした善意と反感のかけらの集合体だ。そんなことは誰にでもわかっている。でもそれが私たちには手のつけられない大きな怪物みたいな錯覚を生んで、現実の世界に大きな一手を加えたりもするのだろう。普段から興味のない私にとっては単なる意見の断片の集まりでしかないけど、もしかしたら私だけが世界のスピードについていけてないのかもしれない。
 でもできるなら、知らない人の意見のかけらの塊なんかに心を乗っ取られて暗くなったりしないで欲しい。目の前の時代遅れの実物の私が、楽しくしてあげたい。

 こんなとき運転が上手だったら、この人を助手席に乗せてカーステ爆音で首都高をかっ飛ばしてあげられるのにな、なんて考えていたら塞いでいる彼氏が車に乗ってどこかに行こうか、と嘘みたいな提案をしてきた。ちなみにこの人は運転免許を持っていない。
 こんなときでもないと慎重なこの彼氏が私の初心者運転にふたりきりで付き合ってくれることはないだろう、私は心を決めた。なんと言ったって私は正真正銘の普通免許保持者なのだ。夜道を人外のスピードで、この人をモヤモヤの海から引きずり出してあげたい。半分心ここに在らずの彼氏を助手席に乗せて、夜のドライブは決行された。
 免許のない彼氏は普段からゲームで腕を鳴らしているせいか、私より運転操作の判断に長じている。第一目的地のレストラン近くに唯一あった難易度中の上くらいの駐車場は、道路沿いにはあるが敷地が異常に狭く、車道上で後退、切り返しをしないと出入庫できないという代物で、早速の危機的局面に私は頭が真っ白になったけれど、即座に繰り出される彼氏の指示通りに右に切って後退、そのまま前進、頭は無のまま意図せずきちんと車をスペース内に停めることができた。心配だった途中の進路変更や右左折確認も、すべて免許のない彼氏に指示を出してもらうことでなんとかなった。
 この人を楽にしてあげたい、頭を空にしてあげたいために決行したドライブだったが、彼氏が全編監督指示を担う羽目になった。結果的には例の炎上からいっとき頭が逸れたようで、よかったのかもしれない。青山霊園や東京タワーなどを経由して(本当に通り過ぎただけ)、帰宅は夜12時すぎごろ。無事に帰ってこれて良かったね、と言ったらこの人は終始、「ぶつかってしまえばいいのに」と思っていたらしい。
 早く元気になってください。

4月30日(月) くもり

 午後彼氏の家から徒歩で40分ほどの距離を歩いて職場へ出勤、アシスタントさんが帰る時間になるまでの数時間、喋りながらずっと同じコマを描いたり消したりしていた。おじいさんの裸の後ろ姿、なかなか決まらない。
 せっかくのゴールデンウィークなのでアシスタントさんたちと一緒にご飯を食べたりお酒を飲んだりしたかったのだけど、まだ今日1コマも描けてない私がそんなことを言い出せるわけもなく、就業時間が終わっても大人しく仕事を続けることにした。ひとりになってからようやくだんだんとエンジンがかかってきて、12時すぎまでかかって見開き含む4ページの下絵、ペン入れを進めることができた。あと2話で最終回を控えて、見開きが多い今回でも中々の出来。できあがったあとに見返して気に入ったページがあると嬉しい、頑張った甲斐がある。

 自分でわざわざ言うことでもないと思うがせっかくの機会なのでどこが中々の出来か説明させてもらうと、見開いた時の構図が良い。コマとコマを通して読む人にとって綺麗な目線が発生するとき私的には良い絵ができたな、と感じる。漫画を読む人はおよそ文字とキャラの目を見ている、それを能率よく綺麗な線で繋ぐのが、楽しい。人間工学とかに近いかもしれない。
 昔、芸術大学に通いながら漫画を描き始めた私に、芸術家であるゼミの先生がくれたアドバイスが近頃ようやく意味を持って響くようになってきた。「せっかく芸術を学んでいるのだから漫画の作法に留まることなく芸術としての美しさを極めるといいと思う」。先生に言われたそのときは王道の漫画漫画した漫画ではなくてアーティスティックな絵柄で勝負しなさいと言われたように私はなぜか思い込んでいて、それに強い反発を感じたのを覚えている。
 私は自分をアートを諦めた人間だと思っていて、だからアート寄りの漫画に対して非常につよいコンプレックスを抱いている。それはいまもずっと続いている。
 だけど最近、当時のその先生のあのアドバイスはもっと普遍的な美しさのことを指していたのかもしれない、と思うようになった。自分で自分の枠を決めるのはもったいないことだ。こうやって後になってからでも気付けたからよかった。

 クタクタになって一人の家に帰り、冷凍のおあげと万能ネギで衣笠丼をつくって食べた。ひさしぶりに、お米を食べた。今日はピアノの練習をする余力がない。疲れすぎて、酒もタバコもやる気にならなかった。

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