漫画みたいな恋ください

第4回 飛行機は落ちたら

2018年5月6日~5月14日

彼氏と、トロントに行ったときのお話です。

5月6日(日) はれ

 朝の光に耐えきれず目を開いて、いったん寝ることから手を引くことにした。起き上がり下の階に行くと、まだ寝ずに仕事をしている彼氏が優しくしてくれた。嬉しいけど頭がぼんやりしてなにも言えない。
 ふとカップラーメンが食べたい、という欲が頭をよぎり、離れなくなってしまった。ぼんやりした頭でコンビニまでひとりカップラーメンを買いに行く。完全なる晴れの午前中、外を出歩くのは1カ月以上ぶりかもしれない。ここらで一度、このまま起きてリセットしておいたほうがいいのかもしれない。湯を沸かして寝ずのカップラーメンを食べると国際線の飛行機の中にいるようだ。
 バルコニーで一服したあと、ベッドに倒れこむがやっぱりなかなか寝つけない。夢のような、完全に文脈がちぐはぐなイメージが頭をどんどん通過していくが、これは夢なのかただの想像なのか、境目がわからない。寝たいときに寝られないと頭がどんどん締め付けられるように痛くなる。もう少し、あと一歩先まで深い眠りに到達できたら少しは楽になるはず。結局数時間の仮眠が取れたのか、頭痛が引いて目が覚めたのは昼1時過ぎ。またリセットできなかった。この日記をここまで書いて1時間がたったが、多分彼氏はまだ下の階で熟睡中のはず。
 眠れないときは寝ようとしなくていいんだよ、と横になるや否や眠りに落ちるこの人は時々私に言う。
 スッキリしない頭と体で、今日やれることはあんまりないだろう。
 5時を過ぎ、7時を過ぎて9時をすぎても本当になにもしなかった。
 暇に任せていろんなポーズを落書き、B4のコピー用紙の裏表いっぱいに落書き、両面二枚書いて、丸めて捨てた。

 夜10時を過ぎてから彼氏と自分の家に戻った。睡眠不足のせいか、熱中症ぎみなのか、頭がぼうっとしてきて動けなくなってしまった私の代わりに彼氏は渋々、傘をさしてコンビニへごはんを買いに行ってくれた。ちなみにこの人は基本的に行動の全てが渋々、といった趣なので本当に嫌々ながらなのか通常運転なのか、判断に困るときがある。多分いまは本当に渋々、のほうなのだろうが私も気に病む余力がない。
 何がいいか聞かれて、適当、と答えたらとろろ蕎麦を買ってきてくれてすぐさま惚れ直した。自分でも気づかなかったが、こういうのが食べたかった。とろろで滋養をつけた私は少し元気になり彼氏が帰るまでの数時間、よく喋った。
 自分の家に来ている彼氏が物珍しくて、写真に撮りたかったがやめておいた。

5月7日(月) 雨

 雨、風、ともに強い。あったかくて湿気のあるときに喉が変な感じになることがあって嫌な感じだ。今日はさらにいま現在不安の種である不正出血の原因究明のために婦人科へも行かなければならない。睡眠薬が切れそうなので睡眠外来にも行かなければならないのだけど、とりあえず手持ちの睡眠薬を数えてあと1週間はしのげることがわかったので、婦人科を優先することにした。
 久しぶりに午前中に体を起こして、雨の中三軒茶屋に向かう。夏の格好に革のジャケットだけ羽織って外に出たら案外肌寒い。上着、着ておいてよかった。受付だけ済ませて満席の待合室を出て、1時間程度時間を潰すことになった。
 本屋にしばらく行ってないことを思い出して駅前の大きいツタヤに行く。遅刻魔の私には滅多にないことだが人待ちなんかで本屋に入ると、最初はあと30分も暇があるのかあ憂鬱やな、とか考えているものの、気になる本を手に取り出したら1時間なんてあっという間にたってしまう。大きい本屋でなら気になる本1冊読み切ることとか、ざらにある。本屋さんごめんなさい、でも全部読んでも欲しい本は買うし、読んだし買わないってことでもないので許してください。
 そういうわけで簡単に1時間が過ぎ、買った本を手にやや駆け足で病院に駆け込むとちょうど次が自分の番で最後の診察だった。ここの先生は怒らない、むやみに不安を煽らない、言葉が厳し過ぎない、人の揚げ足を取らない、食い気味に返事をしない。当たり前のようなことを書いたが、私のかかる医者の8割以上が上記のどれかまたはすべての項目に当てはまらなかったりするのだ。
 診察して、あまり心配することはなさそうだけど念のため検査にも出すことにした。今日は早めに動いたせいか、気安いお医者さんの対応にすこし、ではなくだいぶ安心したせいか、病院から出る頃には結構お腹が空いていた。

 私は三軒茶屋に行くと大体「てんや」の天丼を食べたくなる。場所とそこでの食事は紐付いている。神田に行けば天ぷら蕎麦かハンバーグ。渋谷だったらうどんすきか、台湾料理。荻窪ならお好み焼き。西荻だったら焼き鳥か、チキンライス。私は刺激が好きな割に変化が苦手なのだ。なので一度その土地に居心地いい店を見つけるとそこへばかり行く。昔、すごく昔私が上京してすぐの頃、少し仲良くなった男の子と新宿でデートしたときに、タヒチカレーの店に連れて行ってもらった。その子とはすぐに会わなくなったけど、その店には新宿に用事があるたびに通った。そういえばいまは全然行かなくなったけど、まだあの店はあの地下にあるのだろうか。
 で、お昼は天丼。買ったばかりの本を読みながら。本が面白くてちょっと長居してしまった。

 連休が明けて、家で久しぶりに子供にあった。可愛くて後ろ頭をしつこく撫でてやった。久しぶりに会うのでためしに身長を測ったりした。
 お母さん連休中に何かいいことあった?
 自分に何かいいことがあってそれを聞いて欲しいとき、この子供はこういう話し方をする。聞いてやるとなんらかのゲームを全クリアしたとのこと。小4男子が展開する、どういうゲームかの仔細な説明に途中から自分の頭が完全に逸れていくのを感じながら、せめて聞いてやる姿勢と相槌は崩さないようにした。久しぶりの自分の子供、話はあまり面白くはないが可愛らしい。
 ほんとはぎゅっと抱きしめたりしたらよかったんだけど、いざ対面するとそれができない。
 会うまではその気でいたのに、それがあと一歩踏み出せなかったこと、その中に、忘れられないような「抱きしめそこね」があったことを思い出す。
 相手は、友達のお母さんだった。最も大切なものを喪失した彼女を私はそのとき抱きしめるべきだった、と何度でも思い返す。次会ったときでは、意味がないのだ。多分一生忘れない、「抱きしめそこね」だった。
 今日のこともそんなもののうちのひとつになっていくんだろうか。
 夜になっても、雨。明日も明後日も雨だそう。

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