この情報はどこから?

最終回  茫漠とした情報の海に溺れないために

猪谷千香さんの連載もいよいよ最終回となりました。

あなたは今日、どこから情報を得ましたか?

 早いもので、この連載も今回で最後となりました。
 「複雑化なんて表現では生ぬるい。情報とメディアは液状化を起こしているといっても、言い過ぎではないと思います。だからこそ、信頼性の高い情報を得ることが今後、ますます大事になってくるでしょう」
 初回にこう書いたのをよく覚えています。あなたは今日、どこから情報を得たでしょうか?
 TwitterやFacebook、InstagramなどのSNSで、友人や知人からシェアされた情報でしょうか。それとも、スマートフォンでニュースアプリを立ち上げて見たニュースでしょうか。会社や学校のPCからアクセスしたニュースサイトやポータルサイトでしょうか。あるいは、メディアから配信されてくるメルマガかもしれません。
 
 私たちに届くまでの経路も複雑ですが、ニュースの生い立ちも実は複雑になっています。私が以前、働いていたアメリカ発のニュースサイト「ハフポスト日本版」では、簡単に分類すると、五種類の情報が掲載されています。
 まず一つ目は、ハフポスト日本版編集部のエディターが取材して書いた記事。これは重要だったり、話題になっていたりするニュースをストレートに伝えるもので、わかりやすいと思います。
 
 二つ目は、アグリゲーションされた記事。アグリゲーション(集合)、つまり、主にネット上にある複数の情報源から得た情報を一つの記事に編集しなおすもので、「まとめ記事」「キュレーション記事」などとも呼ばれます。たとえば、先日、掲載された「タイ洞窟、ついに13人全員を救出」という記事(https://www.huffingtonpost.jp/2018/07/10/thai-cave-rescue-0710_a_23478507/)では、共同通信とCBSニュースという二つのメディアによるニュースからの情報を、「共同通信が報じた」「CBSニュースによると」などと、どこから得ているか情報源を明らかにした上で、一つの記事としてまとめています。
 
 このアグリゲーション記事には、賛否両論あります。確かに、一つのメディアの記事では情報が十分ではないという場合、複数のメディアにまたがって記事を編集できたら、より情報としての完成度は上がります。一方、一つ一つの記事は、それぞれのメディアが手間暇かけて、もっと言えば、記者の人件費をかけて、作成したものです。無料でいいとこどりをする「フリーライド」(タダ乗り)ではないのか、という批判もあります。
 
 それから三つ目は、朝日新聞からの転載記事です。ハフポスト日本版は朝日新聞社とアメリカのハフポスト本社が共同で創設したニュースサイトで関係が深いです。注意深く見ると、朝日新聞の記事がロゴ入りで載っていることに気づくでしょう。
 四つ目は、ブログ記事です。有名人や専門家、何か人に伝えたいことがある人……。あらゆるタイプの書き手がブロガーとして、ハフポストにブログを開設しています。アメリカのハフポストでは、オバマ前大統領のブログまでありました。
 
 五つ目は、記事広告です。わかりづらいのですが、普通の広告ではなく、ハフポストが「Partner Studio」という別の部署で、他の記事と同じスタイルで作成した広告になります。
 ハフポストの説明によると、「Partner Studioが制作する記事広告は、いわゆる『ネイティブアド』と呼ばれる手法をとっており、ニュースなどの編集記事と変わらないフォーマットで、読者から受け入れやすいコンテンツを目指しています。当然ながら、記事広告であることを読者に示すため、記事上には広告主名を明記することをルールとしています」とあります(https://www.huffingtonpost.jp/2018/05/10/huffpostjapan-begreen_a_23432128/)。
 ネイティブアドとは、メディアのコンテンツとしてユーザーに提供する広告で、比較的新しいスタイルの広告になります。
 だいたい、この五種類が一つの「ハフポスト」というメディアに並列で掲載されています。さらに、これら多様な記事には、Twitterのツイートやyoutubeの動画、Instagramの写真など他のサイトに埋め込むことができるSNSの情報も文中に組み込まれています。
 
 どうでしょう? 少し、頭がこんがらがってきませんか?
 少し前のように「◯◯新聞の記事は、◯◯新聞の記者が書いていて、◯◯新聞でしか読めない」という情報の流れは、ネットの世界ではもっと大きく複雑なうねりに飲み込まれているのです。今や、「◯◯新聞の記事」は◯◯新聞のサイトでも、yahoo!ニュースでも、スマートフォンのニュースアプリでも、Twitterでも、Facebookでも、あらゆる場所を経由して私たちのもとへと流れ着きます。これが、私が「液状化」と呼んだ所以です。

紙媒体の情報も上手に利用しよう

 
 では、その茫漠とした情報の海に溺れることなく、自分に必要かつ正しい情報を選ぶには、どうしたらよいのでしょうか?
 一番、簡単なのは、その情報がどこからきたのか、見極めることです。公的機関やNHK、新聞社などの情報は、100%間違いがないとは残念ながら断言できませんが、ある程度の確度を持っています。災害時など、特にデマが飛び交いやすい時こそ、情報の源流をたどってみる必要があります。
 それから、ついネットばかり見ていると忘れがちですが、私たちの世界の情報は、ネットで流通しているよりもまだ紙媒体に載っているものの方が、質も量も圧倒的です。何十年かして、もしかしたら逆転するのかもしれませんが、今のところ、紙媒体の方が優勢です。
 
 紙媒体から的確に情報を得られる場としておすすめなのは、図書館です。書店でも本はたくさんあると思いますが、書店は最近出版された本と、よく売れる本しか並んでいないケースが多いです。それに比べて、図書館には長期にわたる蓄積があります。雑誌のバックナンバーも図書館によっては、創刊号から揃うこともあるのです。
 図書館を訪れた人ならよくご存じだと思いますが、カウンターがあります。図書館によっては、「?」マークがついているかもしれません。そこは、レファレンスというサービスを行ってくれるコーナーです。「自分たちの住む町の歴史について知りたい」「幼稚園の子どもに持たせるお弁当のレシピ本を探したい」といった私たちが持つ課題を、すぐに解決……してくれるわけではありませんが、解決への近道として、的確な情報の掲載されている資料を教えてくれます。
 
 私は東京都民なのですが、仕事で調べ物をする時には、東京都立図書館のレファレンスサービスをよく使います。自分だけでは探しきれなかった情報を提供してもらえるのです。しかも、公立図書館であれば無料です。
 自分の病気について知りたい、ビジネスで市場を調べたいといった、専門的なニーズにも対応してくれます。ぜひ一度、自分の住む町の図書館を訪れ、使ってみてください。
 
 私は紙媒体もネットも大好きで、二足のわらじを履いてきました。1997年、新聞社に就職すると同時に、支給されたPCでネットを使うようになりました。当初は情報も少なく、まだSNSもなく、スマホもない時代でした。それから2004年、アメリカでから盛り上がっていたSNSのサービスが日本でも始まりました。
 ここから、情報の流れが変わってきました。一方的にマスメディアからニュースを受け取るだけだったのに、私たち自身が情報発信したり、相互にやりとりしたり、できるようになったのです。
 
 当時、私はネットが私たちの未来を明るい方へ導いてくれるのではないかと期待していました。たとえば、ネットで投票が行われ、初回で書いたように立候補者の名前を連呼する選挙カーが町を走る選挙戦はもう終わりになるとか、または、性別や年齢、学歴、収入、社会的地位に関係なく、上下関係のないフラットな場で建設的な意見を交わし合い、私たちの持つ課題を解決できるようになるとか。
 ところが15年ほどたってみると、いまだネットで投票も行われず、建設的な意見交換どころか、ヘイトスピーチやフェイクニュースがあふれています。仕事柄、毎日ネットに浸かっていますが、たまに徒労感に襲われ、情けないような泣きたくなるような気持ちになります。
 
 最終回の原稿を準備している時に、追い打ちをかけるような事件がありました。
 有名ブロガーだった「Hagex」こと、岡本顕一郎さんが、同じネットサービスを使っていた別のユーザーから逆恨みされ、イベントで講師を務めた直後に刺殺されました。亡くなったHagexさんは直接の友人ではありませんでしたが、ネットを通じて知り合った共通の友人知人がたくさんいます。彼のブログも読んでいましたし、勝手ながら親しみすら抱いていただけに、ニュースを知った時は仕事が手につかなくなるほど呆然としました。
 これまでに報道されている犯行の動機は、あるサイトで複数ユーザーに対する迷惑行為を通報された容疑者が、アカウントを停止され、そのことをブログに書いたHagexさんを恨んでいたとされています。簡単にいえば、ネット上のトラブルで片付いてしまうものかもしれません。
 
 しかし、報道で次々と流れてくる容疑者の情報をみると、確かにきっかけはアカウント停止やHagexさんのブログだったようですが、実行に至るまで、蓄積された何かがあったのではと思えてなりません。
 まったくの推測の域ですが、それは容疑者をとりまく環境や属する社会に起因するもので、たまたま視界に入り、手の届く場所にいたHagexさんが犠牲になってしまったのではないかと。そんなふうに思えるのです。
 
 この事件であらためて痛感したのは、ネットはリアルの世界の表裏であり、つながっているものだということでした。ネットはあくまでツールであり、インフラであり、場でもあります。そこでどのような情報をやりとりして、また使うか。私たちが主体的に考え、行動する必要があります。情報の海に溺れ、自分を見失わないようにしなければなりません。
 その際、今まで細々とお伝えしてきたお話が、前に進む灯火になるよう、祈っています。少しでも、明るい未来へ。
 
 

この連載をまとめた『その情報はどこから?――ネット時代の情報選別力』 (ちくまプリマー新書)が2019年2月7日に刊行されます。

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