世の中ラボ

【第99回】加計問題の裏にある国家戦略特区とは何か

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2018年7月号より転載。

 昨年来、国会とメディアを騒がせている森友学園と加計学園。いまや「モリカケ」と称される二つの問題には、共通点が多い。
 ①どちらも学校の新設にかかわる案件であること。
 ②森友学園の小学校新設に関しては安倍首相夫人・昭恵氏の、加計学園獣医学部の新設に関しては安倍首相本人の関与(わかりやすくいえば「えこひいき」)が疑われていること。
 ③②に関連して、官邸や官僚の関与(いいかえれば「忖度」)が疑われていること(森友学園は国有地の払い下げに際して財務省が八億円の値引きを許し、加計学園は新設条件を満たしていないにもかかわらず内閣府と文科省が獣医学部の新設を認可した)。
 ④この案件を遂行するために、文書の改竄や隠蔽が行われたが、関与が疑われる官僚らは、国会の参考人招致の席などで首相の関与を否定し、不都合な点は記憶にないと発言した。
 補足すると、その後も首相の関与を示す文書が続々と明るみに出るも、首相は一貫して関与を否定し続けている。
 森友問題はひとまずおき、加計問題に焦点をしぼると、最近のニュースとして大きかったのは、四月一〇日、愛媛県の中村時広知事が、「首相案件」などと記された新文書(一五年四月二日に愛媛県と今治市の職員が官邸で柳瀬唯夫元首相秘書官と面会していたことを裏付ける記録)があったと発表したことだろう。五月一〇日、参考人として国会に召致された柳瀬唯夫元秘書官は「記憶にござません」を連発したが、五月二一日、愛媛県はさらに新しい文書を参議院に提出。その中の県と学園の打ち合わせ内容を記したメモ(一五年三月三日)には、学園側の報告として、一五年二月二五日に首相と加計孝太郎理事長が面会したこと、その際、首相が「新しい獣医大学の考えはいいね」とコメントしたことなどが記されていた。
 次々とバラされる首相の関与を裏付ける証拠! ところが首相は加計氏との面会をなおも否定。五月三一日には加計学園の渡辺良人事務局長が愛媛県に謝罪に訪れ、ヘラヘラしながら「獣医大学いいね」は自分の創作だったと述べた。このニュースにはおそらく全国民が叫んだにちがいない。なんじゃ、それ!
 いったい誰が本当のことをいっているのか。頭がこんがらがりそうだけれども、もとはといえばこの件は、なぜ五二年ぶりに獣医学部の新設が認められたのか、だ。ちょっと整理してみよう。

首相独裁による魔法の杖
 森功『悪だくみ』の副題は「「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞」。五二年ぶりの獣医学部新設には誰がかかわり、裏で何が行われたかを探った迫真のルポルタージュである。
〈加計学園の獣医学部新設は、誰にでも開かれた道ではない。まるで加計学園だけのために規制緩和のレールが敷かれ、それに乗ってことが進んできたかのようだ〉と森はいう。問題提起であると同時に、これは結論に近い。〈第二次安倍晋三政権の下で新たにつくられた「国家戦略特別区域制度」が、閉ざされた道を開いたのは、巷間言われてきたとおりだが、獣医学部の新設は、民泊や外国人労働者の受け入れといった他の経済特区構想とも、事情が異なる〉のだと。
 そう、この件は二つの観点から見る必要がある。
 第一に、安倍首相と首相が「腹心の友」と呼ぶ加計理事長との個人的なつながりが、獣医学部新設の引き金になったこと。第二に、それを可能にしたのは国家戦略特区という制度だったこと。
 多くの人が関心を持つのは、おそらく第一の観点だろう。森友学園には八億円の土地代の値引きが行われたが、加計学園には三七億円のキャンパス用地が無償で譲渡されている。本書にも二人の親しさを示すエピソードが多々登場する。ことに印象的なのは、安倍首相のみならず、首相の部下だった下村博文元文科大臣もまた加計の相談相手として深く関与していたとの指摘である。森はそれを〈安倍と加計、そして下村のトライアングル〉と呼ぶ。安倍昭恵、下村今日子という〈それぞれの夫人も加わり、いっそう結びつきを強固にしていった〉とも。これではまるで中世だよな。
 しかし、私が気になるのは、むしろ第二の観点だ。
 加計が獣医学部の新設を思い立ったのは、千葉科学大学の開学計画を立てた〇一年にさかのぼる。だがこの計画は頓挫。〇七年(第一次安倍内閣時代)以降は今治市の「構造改革特区」としての申請を続けるが、これは一五回も却下されている。流れが変わったのは一二年、第二次安倍政権が発足した後だ。一〇年近く動かなかった獣医学部新設計画がなぜ前進したのか。
〈やはり市として最もありがたかったのは、今治を国家戦略特区に指定していただけたことでしょうね〉とは、当時の今治市の担当者の弁。〈とどのつまりときの政権の強力な後押しが、国家戦略特区制度の中で働くようになった、それだけである〉。
 いったいこの魔法の杖のような国家戦略特区とは何なのか。
 特区(特別経済区)とは、そもそもは発展途上国が工業化を実現していく際に用いられる手段である。郭洋春『国家戦略特区の正体』は二〇〇六年の時点で、一三〇カ国・三五〇〇区域の特区が存在し、その後も増え続けているが、そのほとんどは途上国に設置されたものだと述べている。だが日本では「特区=規制緩和」という勘違いの下で、数々の政策が進められてきた。
 近年では、小泉純一郎内閣の「構造改革特区」(〇二年一二月)、菅直人内閣の「総合特区」(一一年六月)などがある。第二次安倍政権の「国家戦略特区(国家戦略特別区域)」は一三年一二月、「アベノミクスの第三の矢」のひとつとして立ち上がった。特定秘密保護法で国会が紛糾する中で成立した国家戦略特区法に基づくため、あまり関心を集めてこなかったが、要するにそれは〈規制緩和を国全域に先行しておこなう場〉であり、背景には〈経済学でいう「新自由主義」が深く影響している〉という。
 国家戦略特区の旗振り役である竹中平蔵は、『大変化』なる本で、日本を「世界一ビジネスがしやすい国」にするためには規制緩和が必要だとブチ上げ、次のように述べている。
〈なぜ、規制改革は進まないのか。端的に言えば、既得権益を持っている人々がそれを手離さないからです。象徴的なのが、いわゆる「岩盤規制」(役所や業界団体などが改革に強く反対し、緩和や撤廃ができない規制)でしょう。誰もが以前から「おかしい」と思っているにもかかわらず、一向に改革できないわけです〉。
 小泉構造改革以来の、相も変わらぬ持論。ただし、国家戦略特区では構造特区とは別のしくみをつくったと彼は豪語する。
 すなわち、担当大臣、地方の首長、民間企業の三者が参加した「ミニ独立政府」のようなしくみをつくる。〈ただし、方針に反対する関係省庁も出てくるはずなので、中央政府に総理をトップとする「国家戦略特別区域諮問会議」(私もメンバーの一人)を設け、最終的にはそこで決着できるようにしています〉。
 最終的には首相がすべての裁量権を持つしくみ。しかも諮問会議のメンバーは全員、首相の側近。〈日本の行政の歴史において、こういう試みは初めてです〉と竹中は胸を張るが、そらそうだろう。こんなの事実上の首相の独裁だもん。

岩盤規制は悪なのか
 加計問題に話を戻そう。
 加計がなぜ獣医学部の新設にこだわったか。端的にいえば、それがおいしいビジネスだからである。獣医学部は高額の授業料や設備費が徴収できるし、しかも六年制。二〇〇名の定員(獣医学科一四〇名、獣医保健看護学科六〇名)は国内に一六ある獣医学部の中でも最大で、受験生が殺到すれば多額の受験料も見こめる。
 大学の規制緩和は〇一年、小泉内閣の時代に進んだ。〈二〇〇〇年代に入り、日本国中にわんさかできた私大は、こうした教育分野の規制緩和の結果だ〉と森はいう。〈加計孝太郎は全国的な大学教育自由化の波に乗って、千葉科学大学を開校させ、規制緩和ビジネスによって学校経営の拡大路線を突き進んできたといえる〉。
 獣医学部もその延長線上にあるビジネス。しかし、そもそも教育は規制緩和になじむジャンルなのだろうか。
 悪の権化のようにいわれる「岩盤規制」とは〈医療・農業・教育・雇用など、一九八〇年代の中曽根政権から始まった日本の新自由主義路線にあっても緩和が先送りにされてきた分野の規制を指す言葉だ〉(『国家戦略特区の正体』)だそうだが、郭も指摘する通り、医療、農業、教育、雇用は〈まさに国民の生活、いや、生命そのものに直接関わる領域〉であり、利潤の追求を第一義的に求めるビジネスに丸ごと譲り渡していい分野ではないはずだ。
 元文科官僚が語り合った前川喜平+寺脇研『これからの日本、これからの教育』(ちくま新書)にも気になる言葉が出てくる。〈新自由主義者の方々が教育の分野で加計学園問題のような規制緩和を強く求めるのは、学習者のために教育があるなんて全く考えず、ただ経済効果だけを求めているからなんでしょうね〉(寺脇)。
 国家戦略特区は、いまのところ竹中平蔵がブチ上げたほどの効果を上げているようには見えない。唯一、形になったのが加計学園獣医学部で、しかもそれは無理無理の案件だった。
〈加計学園問題の本質は、忖度政治ではない。教育の自由化や特区という新たな行政システムを利用した権力の私物化、安倍をとりまく人間たちの政治とカネにまつわる疑惑である〉(『悪だくみ』)という言葉に、すべてが凝縮されていよう。首相とその取り巻きの裁量ですべてが決まるしくみ。安倍一強の弊害は政治の場で起きているだけではない。経済もまた同じなのだ。

【この記事で紹介された本】

『悪だくみ』
森功、文藝春秋、2017年、1600円+税

〈政府や今治市、加計学園など当事者のあいだでは「加計ありき」などは自明だった。にもかかわらず、そこに誰も疑問を差し挟んではいない〉(「はじめに」より)。著者はフリーのノンフィクション作家。安倍晋三と加計孝太郎の交友関係から、獣医学部新設までの経緯を丹念に取材。二人の仲が想像以上に深いことに驚かされる。第二回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞作。

『国家戦略特区の正体――外資に売られる日本』
郭洋春、集英社新書、2016年、720円+税

〈安倍政権が掲げる国家戦略特区の目的がどこにあるのか、私には謎だ〉(「はじめに」より)。著者は立教大学経済学部教授(開発経済学)。成功するはずもない上に、地方格差の拡大、外資の参入など、リスクが大きすぎる国家戦略特区の問題点を多角的に指摘する。加計問題が浮上する前の本なので、批判は一般論にとどまるが、規制緩和の危なさと「岩盤規制」の必要性はよくわかる。

『大変化 経済学が教える二〇二〇年の日本と世界』
竹中平蔵、P‌H‌P新書、2016年、780円+税

 

〈二〇二〇年の世界を知ることは、これからのあなた自身のコンパスをつくることに、大いに役立ってくれると思います〉(「はじめに」より)。著者は元経済財政政策担当大臣で慶応大学教授(当時)。国家戦略特区諮問会議メンバー。ビジネス、雇用、財政などの観点から、二〇二〇年における日本のあるべき姿を描く。国家戦略特区への言及もあるが、全体に自己責任論が強すぎて辟易する。

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