荒内佑

第22回
僕はプールに行くようになった

4th Album『POLY LIFE MULTI SOUL』が各方面で大絶賛!!! 主催イベント"Traffic"の開催も迫ってきました。今、もっとも注目されるバンドceroのメンバーとして多くの楽曲で作曲、作詞を手がける荒内佑が、〈日常〉とそこに流れる音楽の話を綴る大好評の連載。 更新は毎月1回、第4水曜日になります。

 
  僕が20歳だった2004年頃は自分を含め、よく遊んでいた友達のほとんどがブログをやっていた。ブログブームの時代。当時のネットは「つなぎ放題」とか「パケット定額」といった言葉が出始めたくらいで、ネットに接続した分だけ課金されるっていうのがまだ主流だったと思う。だから今みたいに「気になることがあったら検索」っていう発想自体、ほとんど誰も持っていなかった。なので、ネットでやることと言えば夜中に友達のブログを巡回することくらいで、30分もしないうちにすぐ切断する。友達が当たり前に長めの文章を書くのが面白くて好きだったなぁ、ブログ。その中で、友達のTくんが書いていたやつで印象深かったことがある。夏の話。


「20歳になって一人暮らしを始め、銭湯に行って鏡に映った自分を見ながらヒゲを剃る。なんだかすごく年をとったような気がする。今や水に濡れてシワシワになったプールの出席表を遥か遠くに感じる」彼は文章がうまくてもっと情緒的に書いてあったが大意はこんな感じ。ずいぶん老成しちゃってるが、当時の僕にはこの文章がすごくリアルに感じられた。「シワシワになったプールの出席表」の喚起力よ。プールサイドに座ってするバタ足の練習と水しぶき、目に良いとはとても思えないT字型の洗浄用水道(?)や、更衣室のカビくささ、を一気に思い出させる。まだまだ子供だったけど、その一節はあぁ自分も大人になったなんだな、と感慨に浸らせるのに充分だった。
 この文章、20歳にとってのノスタルジーと一緒に時代感も強く入っていると思う。当時の僕も、おそらくTくんも、プールなんてもう一生縁がないと思っていた。金もないし、それだったら「珈琲家族」(吉祥寺にあった喫茶店)でアイスコーヒーが飲みたい。レコードや本を買いたい。「SMALL MUSIC」(高円寺にあったレンタルCD屋)でUSインディーのCDを借りているような若者の間では、「文系で、ちょっと病気っぽいのがかっけえ」という価値観がまだ幅を利かせてたと思う。そういう文化圏でアクティブな奴ってほとんどいなくて、だって、今みたいにロックバンドの人が当たり前にスケボーやってるって当時ではかなり珍しかった(スケボーはパンクとヒップホップ好きな奴にほぼ限られてた)。とにかくプールとは遠くにありて思い出すものでしかなかった。


 時は過ぎ、僕はいつの間にか夏になると必ずプールに行くようになった。自分が好きなのは市民プールやフィットネスではなくて、ウォータースライダーがあるようなアミューズメント系のプールです。先日も泳ぎに行ったばかりで今背中と肩が日焼けで赤くなっている。昨年のニュースで、日焼けを避けて海水浴の利用客が減少してナイトプールに人が流れているといってたけど、実際には日中のプールも人でごった返している。
 その時、件のTくんのブログを思い出したのだ。子供時代のプールを懐かしんでいた自分たちも今やはるか昔。こうしてプールに来るようになったのは、自分の生活環境が変わったせいだろうか、それとも「文系で、ちょっと病気っぽいのがかっけえ」とかつて感じていた人々もプールに引き寄せられる目に見えない潮流があるんかな、と流れるプールに流されながら考えてみた。あると思うんだよなぁ、プールのBGMでかかっていても差し支えないインディーズの音楽って増えたよなぁ、とか思いを巡らせているうちに、たまたまネットで見た「今年も引き続きビキニは上下別柄がトレンド!」という記事の事実確認に自分の興味は移っていった。社会時評は誰かがやってくれると思うので、とにかく僕は「シワシワになったプールの出席表」を思い出せて良かった。そして20代で失った「夏のプール」を取り戻している最中だ。平成最後の夏である。


 夕方、帰りは腹が減っていたので富士そばに行った。隣のテーブルに自分と同い年くらいの父親と5歳くらいの男の子がいた。親子はザルの大盛りとミニカツ丼セットを頼み、子供は小皿で父親から取り分けて貰っている。僕はいつかの夏、クラブ帰りの明け方に富士そばへ行ったことを思い出している。あぁクラブに行きたい、ナイトプールにも行ってみてぇ、ナンパをしている奴と女の子たちの攻防をジントニックとか飲みながら観察してぇ……このチビくんもプールの出席表をシワシワにしたりするんだろうか。父親が言う。「そば、うまいか? 」「うん、もっと食べたい、おかわり」「えぇ、夕飯食べられなくなるよ」「(食券機を指しながら)あそこにお金入れればいいんでしょ? 」「いやいや、また今度にしよう」「えー!もっと食べたいよう」「帰りまーす」「えー」僕は大貫妙子さんの「海と少年」をフンフン口ずさみながら店を出た。

 

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