漫画みたいな恋ください

第5回:受け入れてくれると信じること

2018年5月15日~5月21日

トロントから戻ってきたあと、バタバタの日々が続いています。

5月15日(火) はれ
 東京、あつい。
 羽田からの帰り道、東京湾の水面とその向こう側に小さく並んだ倉庫が西日に照らされてきらきらしている。それで一瞬泣きそうだった、ただ綺麗なだけで泣けるくらいに年をとった。

5月16日(水) はれ
 昼前に家を出て神田の睡眠外来へ行く。外は夏日、まだ気温が春先のそれだったトロントでは革のジャケットがないと出歩けなかったが、一転、夏仕様のワンピースにサンダルで電車に乗った。
 朝ごはんを食べてないからか暑さのせいか、ちょっと頭が痛いと思ってたら神田に着く前に気持ち悪くなり立っていられなくなってしまった。なんとかホームに降りてベンチに寄りかかり呼吸を整えているところに親切な人が声をかけてくれた。自分は救急隊員であるという。この人が駅員さんに声をかけてくれたらしく、貧血なら駅員室で寝かせてもらいなさいと言ってくれる。おおごとになってしまったが正直こういうときは人に親切にされることで半分くらい良くなるものだ。駅員さんの厚意にも甘えてそのようにした。
 だいたいの駅員室には具合が悪くなったひと用の部屋がある。これを知ったのは自分が大阪にいた、高校生のときだ。電車通学で、数カ月に1回こういうことがあった。最初は死ぬのかなと思ったけど、死ななかった。

 大学を出て東京に来てから、そういうことはなくなったように思う。ある種の貧血的なものだと勝手に踏ん切りをつけることにして、具合が悪くなっても絶対大丈夫、と念じながら深呼吸してるうちに治ることが増えた。自分の体を信じるというか、「これ以上悪くならないほうに全部」と賭け切ることでなんとかなってきた。今日はそれが全部賭け切れなかったのだろうか。
 蛍光灯に照らされた小さな部屋に簡素なソファーベッドと毛布、エアコン、白く塗られた排水管と、パイプ椅子。駅に設えられたどこか見覚えのあるような空間で20年ぶりくらいに横になっている。吐き気とともに懐かしさを感じている。隣で駅員さんたちが忙しそうに立ち働いている音が聞こえる。その横で私は良くなるまでこうしてていいと、言われている。差し出された他人の善意にそれならばと寄りかかることは気持ちがいいことだ。ありがたくて泣けてくる。
 最近の私は何にでもすぐ泣けてくるみたいだ。1時間もお世話になって、外来診察も済ませてもうすっかり治った気でいたのだが、お蕎麦屋さんで再び気持ち悪くなってしまった。店先で動けなくなってしまった情けない私に、お蕎麦屋さんも最大限優しくしてくれた。
 帰りに寄った婦人科でトロントに行く前に受けた検査の結果を受け取る。異常なしだった。
 帰ってきて迷ったけど彼氏に電話してこれこれの出来事を伝えたら旅の疲れが出たんでしょう、と。そう言われたら全会一致でそのような気がして、安心したのか、夕方から夜までソファーで寝てしまった。

5月17日(木) はれ
 午前中に起床、父親の家で風邪療養中の息子のもとへ計算ドリル、胃腸薬、ゼリー、カナダ土産、米などを持っていく。
 昨日の体調不良を心配してか彼氏から労わりのメールがあって癒される。言われるがまま今日はゆっくりすることにした。午後までソファーに横になり、15時に約束の打ち合わせへ向かう。この日記が仕事になるかならないか、会議にかけられた末、連載が始まることがほぼ決定だそう。よかった。
 そのお祝いに、編集さんがキーボードをプレゼントしてくれた。いまこの日記はいつものスマホ入力ではなく両手でぱちぱちキーボードで打っている。文章がややぎこちなくなっている気もするがそのうち慣れるでしょう。それより何より、きちんと仕事してる感がこれで担保されるはずだ。今度スターバックスに行って日記を書いてやろう、おしゃれなカフェでPCを広げて仕事っていうのは人生で1回はしてみたかったことだ。ワクワクする。もうすこしキーボード入力に慣れないとかっこよくスタバデビューできない、がんばろう。
 仕事場に夕方行って次のネームに指示を入れるなどした。
 近かったスーパーがこのあいだ潰れて、また別のスーパーになった。開店セールがあるのだろう、前のスーパーには絶対来ていなかった夥しい数の客が店に飲まれては吐き出される。
 興味はあるが、こういうとき向こうの作戦(初日目標売上金額がいくらとか、掲げているであろうなにか)に乗ってなるものかという気持ちと、自分は前から住んでますねんという京都的マウント感情から、近所に新しくできた店に素直に入れない。開店初日は入れなかったがまあこの辺で様子見てやってもいいでしょう、と謎の上からジャッジを下し、開店二日目の閉店ギリギリに初入店。品物の豊富さに思わずにやにやしてしまいそうになるが、ウキウキしていることを誰にも悟られないように表情を押し殺すことに努めた。初めてできた店に初めて来たくせに、今度はもう何年も来てますねんみたいな顔をして会計をした。
 初めての出来事に素直に初めてらしく感動できるお客さんが眩しかった。

5月18日(金) はれ くもり
 午前に起床するもやる気がせず、なんとかトロント帰りのスーツケースから着替えを引っ張り出してとりあえず洗濯機にかける。卵を茹で、マグカップに入れたコーヒーにでかい氷を落とし冷たくして飲む。
 掃除機をかけスーパーに買い出しに行くなどしていたらあっという間に約束の打ち合わせの時間、今日は漫画を連載中の「SPA!」の編集者と。歩いて5分くらいのカフェで連載漫画の終わり方について、ああだこうだと話し合う。この連載は私の一方的な予定では、あと1回のネームで物語が終わる予定だったが、編集さん的にはあと2回は欲しいという。
 物語で、主人公と仲のいい女友達が決別に至る喧嘩のシーンを描いたのだが、編集さんはあともう1回足すことでここを回収、つまり登場人物たちに仲直りをしてほしいそうだ。驚きというか、発見というか、なるほどと納得してしまった。この人なら、友人とは仲直りするのが自然で、自分だったら、仲直りしないのだ、実際の生活の中で。漫画の話をしていても、自然と自分の生き方の問題にこうやって衝突して気づかされることがよくある。
 仲直りをさせるかどうかはともかくとして、あと1回と勝手に決めつけていたこの漫画だけど残された時間の中でできる限り、面白く物語を転がさなければ、と思った。あと2回くらい、描いてもいいのかもしれない、と思案しながら仕事場へ帰る。
 この日編集さんにも少し漏らしたが私はいま、絶賛自信喪失中である。
 誰かに何か言われたとかじゃなく、すべての出来事や人の言葉が、私の自己否定を日々補強していくような悪循環だ。
 そもそもの理由はわかっていて、連載中の漫画の反応がまったくないことと、ふたつの連載作のうち両方が終了に向かっていて、その結末がかなり不確かであること。
 連載中は編集者と色々な意見を交わしながら話を練っていくことが多いけど、最終話に近づくにつれて孤独な戦いの様相が濃くなっていく。結局この話の決着とその責任は、すべて作者の私一人にかかっている、という事実に押し潰されそうになりながら、なんとか話を終わらせる。
 こんなものが果たして面白いのか、まったく見えない暗闇の中で、膝の高さくらいある泥の中をこっちと決めた方向へ一人ひたすら前進している感じ。もしかしたらじつは後ろへ進んでるかもしれないのだ。ここからは、ほんとうに何も見えない。
 休憩がてら立ち寄ったコンビニで会計するときクジを引かされる。
 私はこういったものが嫌いで、なぜかというとひとつにはラッキーの押しつけというか、買ってないものが当たれば当然うれしいでしょう? あなたもそうでしょう? と決めてかかられるのがなんとも受けつけないのと、あとはクジ運がすごく悪いので、はずれクジを引いた自分の姿を意図せず晒す羽目になるのがとてつもなく嫌だからである。
 なので「クジどうぞ」と言われれば「結構です」と断るようにしているのだが、今回に限っては店員が「クジ引いてください」と断言してきた。不意の指示に断るすべもなく1枚引いたらアサヒの缶ビールが一本当たった。あ、ラッキー、と思った。真顔で受け取った。
 自信喪失からなんとか逃れたくて、そのためにできることはただかっこいい漫画を描くことだけだと私は気づいている。
 モヤモヤしてるうち、急に何もかも捨てて人気のない山小屋に籠って漫画を描きたい気持ちになった。町っ子で田舎が苦手な私が、そんなことを思ったのは初めてだった。人のいないところに閉じこもって描いた漫画が沢山の人を圧倒するのは気持ちがいいだろうな、と想像した。
 最終話に向けた連載作の原稿をある程度進めたあと自宅に戻って、止まっていた次回作の第1話のネームを進めた。当たりクジでもらった缶ビールを飲みながら、前なのか後ろなのかわからない方向へ、またひとつ進んだ。

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