漫画みたいな恋ください

第7回:日記中毒

2018年5月27日~5月30日

本連載の書籍化が決まりました。楽しみにお待ちください。

5月27日(日) はれ
 ベッドでダラダラしきって起き上がり、階下に降りると予想外に彼氏が仕事机に向かっている。彼が買ってきてくれたいつもの朝食を食べ、今日は掃除をすると決めていたので、髪を結わえて気合を入れ、3階から1階へと順番に床のほこりをフローリングシートで集めていく。階段の隅やベッドの下、ソファーの下、面白いようにほこりの塊が取れる。ものを片づける以外に、彼氏は多分自分の家の掃除をしたことが一度もないと思う。1階の掃除をしながら溜まっていた洗濯物を洗濯機にかける。重ねて言うと、彼氏は自分の洗濯物を洗濯機にかけたことも、多分ない。
 べつに押掛女房を気取りたいわけではない。ほこりも洗濯物も、ひとの家のものではあるが自分の目に映す限界値というものがあるのだ。それが臨界に達したときだけ、やっている。
 自分の身の回りを自分で掃除洗濯してこなかった彼氏のことを最初は奇異の目で見ていたが、その分の一切の時間を漫画や趣味に投じていられる、その自由さと集中力には強く憧れた。掃除洗濯だけでなく、この人は寝食にも関心がないみたいだ。眠ろうとして寝たことがないため寝間着に着替えることもないし布団をかぶるのも見たことがない。食べ物に関してもほぼ全食コンビニで調達しているし、それを冷蔵庫に入れるのも見たことがない。年に一、二度は古いものを食べてお腹を壊すという。

 私には、身の回りのことをすべて放り投げていられるほどに関心を注ぎ続けられることなど何もない。昔読んだ吉本隆明のエッセイに、自分が子供のときは姉がいつも家事を言いつけられていて男である自分はそうされたことがない、とあった。女の子は小さい頃から家事労働を任されることで、自分の興味に対する集中を分断されやすい状況に置かれてきたのではないか、そのことは、女性が何かの分野の第一線で活躍する可能性を狭めることになりはしないか。吉本氏はそう考えて自分の娘が何か集中しているときは、一切の邪魔をしないように家事など言いつけることなく育てると決めていたそうである。
 自分が第一線にいないことを育った家庭のせいにするわけではない。もし親に完全に家事をさせられずに育てられたところで、彼氏のような爆発的な集中力を得られたかどうかは怪しい。それでも私は、この彼氏の生き方がとても男の人らしいというふうに感じるのだ。違うということはそれだけで魅力である。
 ちなみに、私が洗濯をしだすと最近になってこの人はそれを手伝うようになった。洗濯機から洗い物を取り出したり、3階に干しに行くのについてきて、黙ってタオルを物干しに広げたり、大きな体を丸めて乾いた服を畳んだりしている。私は珍しいイタチを道端で見かけたときと同じような気分で、息を潜めて横目にそれを観察している。なにかひとことでも口にするとひゅいと逃げてしまいそうだ。
 掃除機もかけて、ゴミをまとめ終わった頃には夕方。アイスコーヒーをコンビニで買ってきて、ベランダにて西日の日光浴をしながら昨日の日記を書く。酒でも飲みたい気分だが今日はこのあと車でお台場に行く予定なのだった。私の運転の練習である。
 彼氏を助手席に乗せて、今日はカーナビなしで目的地まで走ってみることにした。一度だけ利用して怖い思いをした首都高を避け、環七をひたすら道なりに走るだけの簡単な道順だ。
 日曜の夜、東京の道路は空いている。車線変更し放題である。隣でスマホの地図を見ながら指示を出す彼氏は慎重派で、スピードを出す車を避けるべく、なるべく左車線を走るように言う。私も言われるとおりに左側をひたすら走る。ほとんどカーブのない大きくまっすぐな夜道は、南に進むにつれどんどん人の気配がなくなっていく。道路脇の建物は、ビルやマンションから、倉庫やコンテナになっていく。教習所のシミュレーターのような現実感のないドライブ。
 走る車の中、私たちは全く喋らない。少し蒸し暑い夜で、ふたりとも窓を少し開けていて、カーステの音楽にときどき夜風の音がびゅうと混じる、その他には沈黙だけ。別に車の中に限ったことではなく、手を繋いで歩く下北沢への散歩道でも、買い物途中で休む新宿の喫茶店でも、私たちはほとんどなにも喋らない。喋ることがない。ほかのカップルは何を喋っているのだろう、いままで付き合った人たちとは、一体なにを喋ることがあったんだろう。
 半時間ほどで「お台場ヴィーナスフォート」に到着し、がら空きのだだっ広い駐車場に車を停めて、彼氏のお目当てのレゴブロック専門店に行きふたりとも買い物をし、同じ建物の中のレストランに入り夕食をとり、また同じ道で家へと帰った。帰り道の車中は行き道に増して無言が幅を利かしていた。このまま彼氏が眠ってしまえる程度に、運転が上手くなりたいと思った。
 休日らしい休日だった。

5月28日(月) くもり
 正午に階下の彼氏のアラーム音で目が覚めて、また眠りにつき、2時ごろ所用で銀行に行っていたという彼が帰宅し、寝ていた私の様子を見にきて、そのままふたりして寝てしまう。
 3時過ぎ、起きて着替えを済ませ私は朝食(バナナと茹で卵とパン)を食べる。
 食べながら話しているうちに、体重を計る流れになった。最近会う人会う人に痩せたんじゃないかと心配されていたので、知らないうちに大きな病気で痩せていたりすることもあるかのしれない、と自分でも不安になってきたのだ。
 基本的に、人に痩せていると指摘されるのは反応に困る。自分は小さいときから背も体重も最小クラスで、それがコンプレックスだったのだが、一般に痩せていることは良いこととされているのでそれは贅沢な悩みに思われがちである。風邪などで医者に行くたびに栄養失調を疑われていた妹があるとき、他人にそれを指摘されたときには「家族全員ガリガリなんですよ」と言うと角が立たないことを発見し、私も同じように言うようになった。実際、家族全員痩せっぽちなので噓ではないが、遺伝的な表現をすることで、自分の意図ではないという手に負えなさ、さらには若干の不憫さをまとえる感じがある。
 彼の持っている体重計の電池を新しいのに入れ替えて、久しぶりに自分の重量を数字で確認する。心配されていた私の体重は、数年前に計ったときとほぼ同じで健康不安はなさそうだ。ついでに計った彼氏は体重が意図せず増えていたようですぐさま減量を決意していた。自分の健康には無頓着な人なのに、体重にはこだわりがあるらしい。お腹についた脂肪を減らすため、貼るだけで筋肉がつくというテレビショッピングでおなじみのあの商品を買うのだという。
 昔一度太ったことがあるらしい彼氏は、減量のために食を絶ち、希望通り痩せ型に戻ったそうだ。絶食も例の器具も、合理的な彼氏が選びそうなことだと思った。私は彼氏のお腹が出ていても構わない。長細い人が好みだが、まあそうでなくてもいいとも思う。それよりも甘い飲み物を減らすとか昼夜構わず開けた袋菓子を秒速で完食するのとかをやめれば痩せるついでに体の調子も良くなるだろうに、と思う。

 いつからか私はこの人の健康について気にするのをやめるようにしていた。ランダムな睡眠時間や虫歯や食事内容や止めどない喫煙など、彼氏の生活習慣は心配なことだらけだからだ。この先一緒にいたい相手が残り時間を自ら放り投げていくような姿は、最初とても心が痛かった。
 一緒に生きる相手のために自分の心身を大切にすることを、私は愛の義務だと思っていた。それで実際に口論になったこともあり、そのことが正しいのかどうかもう、よくわからなくなってしまった。少なくとも、愛に義務を持ち出すのはおかしい気がしている。この人に、なるべく長く元気でいてほしい。でもどう生きてどう死ぬかまで、私が口を出すべきことではないと彼に言われたときに、何も返す言葉がなかった。
 自分の息子がそのような生活をしていたら間違いなく口を出すだろうが、それは愛だろうか?
 子供がまだ小さいいまのところ、私にとってそれは単に愛というよりは、責任の色を拭えない。現に成人した私に対して母親は一年に一度くらい、「あんたのことはもう諦めた」と表明してくるのだが、これはもう愛してないというより一個人としての独立を認め干渉を諦めた、ということだろうと思っている。ただし諦めきれない気持ちがわずかに残っているために毎年のように表明するのだろう。
 自分になんの責任もない大人である彼氏に対して、生活を正してほしいと言うのは、突き詰めれば「私が不安だから」である。
 いまの私はこの人に、健やかでありますようにと祈る以上のことができない。
 夕方になりそろそろ支度をして自宅に戻る。すぐに家に帰るのがつまらなくて、四〇分ほどの道のりを歩いて帰った。
 今日は運動会の代休で学校が休みだった息子が外遊びから早めに帰ってきて、昨日お台場で買ってきたレゴブロックの、自分たちが気に入ってよく見ているアメリカのアニメのキャラクターをつくるセットをふたりで次々と計7体組み立て、その後子供が食べたいというフォーと、自分の食べたかったタイ風サラダをつくって食べた。息子はつくったものをよく食べるほうだが、やはり痩せっぽちである。身長も、クラスで一番くらいに小さく本人も気にしている。私の小学生のときと、同じことをコンプレックスにしている。気にしなくて良いのだ、気にしたところでどうなることでもないのだから。大人になって、もう人と比べられなくなった私はいまだからそう思う。
 もしかしたら、子供も私も学校が嫌いな一番の理由は、常に他人と比べられることにあったのかもしれない。誰かと比べられることは、いまでも一番嫌いなことのひとつだ。
 明日はそろそろ漫画をやらなければ。

関連書籍

こちらあみ子

鳥飼 茜

漫画みたいな恋ください

筑摩書房

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入