佐藤文香のネオ歳時記

第1回「パクチー」「キャミソール」【夏】

お待ちかね!(かどうかはわからぬが)「佐藤文香のネオ歳時記」がついにスタート! 「ダークマター」「ビットコイン」「線上降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・夏 分類・生活(飲食)】
パクチー 
傍題 コリアンダー 香菜(シャンツァイ)

 パクチーほど、大好きな人と大嫌いな人に分かれる食材も珍しい。かく言う私も、「生まれ変わっても食べない」と宣言するほどの大のパクチー嫌いだった。カフェでアルバイトをしていたとき、コックさんたちがガパオライス用のパクチーを切っていると、「パク臭がする」と言ってキッチンに入らなかった。まかないも「パク抜き」でお願いしていた。
 ある年の夏、急にトムヤムクンラーメンにハマった。もちろん食べるたびに「パクチーなしで」と頼んでいたのだけれど、言い忘れたらやはり、こんもりとパクチー。避けようとしても、茎の部分は口に入ってしまう。パクチーだ。ああ、パクチーだ。目を三角にしながら食べた。
 後日、またトムヤムクンラーメンを食べるとき、忘れずに「パクチーなしで」と頼んだ。すると、何か足りないのである。その日の夜も、たまたま友人とベトナム料理を食べることになったので、そのときはパクチーも食べてみた。あれ……? うん、これだ。この味、匂い。そのとき食べていたのはカオマンガイだったのだけど、この料理の完成のために、パクチーは必要だった。私はついに、パクチーの存在を肯定した。
 その後、フォーを頼んでパクチーが少ないと、残念な気分になるようになった。輸入食品店にあったパクチーラーメンも買い溜めした。よく行くクラフトビールの店では、パクチー餃子を頼まないと始まらないと思い始めた。知り合いでお店をやっているという人が、パクチーバターをつくったとSNSにアップしていて、気づいたときにはそのお店を予約していた。いつの間にか、私はパクチー目当てでものを食べる人間になってしまっていたのだ。
 パクチーは、酸味や辛味のある食べ物との相性が抜群、暑い地域の食べ物。この猛暑、エスニック料理にもりもりのパクチーで乗り切りたい。大嫌いな皆様には、恐縮です。

〈例句〉 
 パクチーや星を礫として見たい  佐藤文香
 テラス席3名パクチーを別盛りで



【季節・夏 分類・生活(ファッション)】
キャミソール
傍題 キャミ タンクトップ

「夏シャツ」「白シャツ」や「アロハシャツ」は季語で、これはボタンがあるタイプのシャツのことだろうが、「Tシャツ」や「半袖」も、ふつうに夏の季語として用いていいんじゃないかと思う。「ワンピース」だって、年中あるけれど、夏らしい服だと思うので、うまくやれば季語としてもつかえる気がする。近頃流行りの「オフショルダー」もいけるかもしれない。「オフショルや」とやりたい欲望がある。ただ、流行が過ぎ去るとすれば残念である。余談だが、私は白いTシャツが似合う女性が大好きだ。デカいピアスをしているとさらにグッとくる。が、今回はTシャツではなくキャミソールの話である。
 まずぶちあたるのは「キャミソールは下着か、下着じゃないか」問題。いや、わかってはいる。下着としてつくられているキャミソールと、1枚でいけるキャミソールがあることは。しかし、下着だけど柄物のキャミソールもあれば、トップスにしてはやけにシンプルで体型密着型のキャミソールもある。さらに、キャミソール1枚では破廉恥でも、上にカーディガンなどを羽織りさえすれば、見えている分には大丈夫というものもあるし、Tシャツの下に透けていてもキャミなら OK、みたいなのもある。また、キャミソールだと下着っぽいが、上半身同じ形で膝まであるワンピースなら、なぜかそんなにエロく感じない、という場合もある(ただ、どの場合であれ、見せるタイプではないブラ紐が出ていると、ちょっとアウトかも)。タンクトップも1枚で成り立たせるのは難しい。男子がタンクトップを着る場合も、半袖シャツの前を開けたままでいいので、羽織ってほしいのは私だけだろうか。
 でも、考えてみれば、ビキニの水着なんて完全に下着と同じ範囲しか隠せていないし、短パンとトランクスだってそんなに変わらない。要は、堂々とオシャレっぽくさえしていれば、何でもいいのではないか。だって暑いし。だから、キャミソールやタンクトップが仮に下着であったとしても、それで歩いて許されるのが夏という季節なのだ(※個人差はありそうです)。

〈例句〉
 くまモンに腕をまはせるキャミソール  佐藤文香
 父若しタンクトップに乳首透け