遠い地平、低い視点

【第50回】反知性より無知性がこわい

PR誌「ちくま」8月号より橋本治さんの連載を掲載します。

 俗に「おやじ系週刊誌」と言われるものがあった。今でもまだあるが、相変わらず「おやじ系週刊誌」と言われているのかどうか分からない。「そういうものがあったはずだが、どうしてるんだろう?」と思ったのは、「おやじ系週刊誌」とは同種の「出版社系週刊誌」である「週刊文春」や「週刊新潮」がスクープを飛ばしているような時期だったから。
 森友学園の問題で財務省の文書改竄が問題になり、加計学園問題で「あそこの獣医学部新設は「首相案件」だと総理秘書官が言ってたぞ」と愛媛県知事が告発し、大臣に次ぐ財務省の№2事務次官が女性の取材記者相手にセクハラ問題を起こし、日本レスリング協会でパワハラ問題が起こり、日大のアメフト部は試合中に暴行まがいのタックルを試合相手の選手に仕掛け、そのシーンが公になって、それをやった選手が謝罪の会見をして「監督やコーチの指示だ」と言ったにもかかわらず、監督やコーチは「辞めた」だけで、なにがあったのかを明らかにしない。そのことから日大の理事長ワンマン体制が問題になったけれども、理事長は出て来ない。
 スポーツ関係の愚行は別として、これだけのスキャンダルが続発したし、内閣が倒れても不思議はない。なにしろ、森友、加計の両学園問題は、総理大臣が「知らない、関係ない」と言い続けていることによって曖昧になっているだけだから、倒閣問題に発展しても不思議はない。「これで内閣が倒れないのは、野党がだらしないからだ」などと、物を識る人達は言うみたいですが、そうでしょうかね? 私は、騒ぎ声が小さすぎるからだろうと思いますね。
 野党の力が弱いのは、それを支援しようとする国民の声が小さいからで、そうなったらもう煽り立てるしかない。昔は、なにかスキャンダルめいたことがあると、新聞の下三分の一くらいの週刊誌広告が載るスペースが、一斉に喚き立てていた。ついでにテレビのワイドショーも騒いだが、堅いスキャンダルは文字メディアの方が強い。その声のでかさが事態を動かしていたこともあるんだから、かつてはその一翼を担っていた「おやじ系週刊誌」はどうなってるのかなと思った。そしたら、ひょんなことからその「おやじ系週刊誌」が送られて来て、見てびっくりしてしまった。「社会に対する関心」というのが、まったくない。
 読者というのは、かつてのサラリーマンあるいは今もまだサラリーマンの、定年前後の男達なんだろうが、彼等の関心事は第一に金――「こうすれば財産が増やせる」あるいは「こうすれば相続で損をしない」。続いては、健康。「こうすればまだやれる!」のSEX記事。ヘアヌードや袋綴じも健在だが、往年の生色はなく、最も輝いているのが、おやじ達の青春を輝かせたかつてのアイドルの、その昔の水着写真だったりするから唖然とする。唖然としながら思い返して見直すと、現実の社会で起こっていることを伝えるような記事がほとんどない。年取れば視野が狭くなるとは言うけれど、閉じつつある自分のことにしか関心が持てない男達が、ある程度の量確実にいることを知らされて、「それでいいのかよォ!」と言いたくなる。
 でもそれは、オッサンだけではない。安倍内閣の支持率は、若い人間ほど高いという。首相のスキャンダルを野党が追及しようとしても、非難されるのはスキャンダルの中心にいる首相ではなくて、いつまでも同じことを飽きもせずに追及している野党の方だという。「方向が違うだろうが」と思い、「なんでそうなるんだ?」と思い、自分がバカな高校生だった頃の頭の具合を考えた。
 そうすると話は簡単で、思考する頭のキャパがそんなにないところへ、「なにが真実か」を曖昧にするようなデータがダーッと流れ込む。「これ、前に聞いたぞ」と思うようなことが何度も繰り返されて、結論は出ない。「誰が悪いことをしたのか」は伏せられて、「これらの細かい雑多なデータから結論を導き出しなさい」と言われているような気がして、腹が立って来る。誰に腹が立つのかと言えば、事実を曖昧にしている首相周辺にではなくて、雑多なデータをやたらと押しつけて来る野党とか、ジャーナリズムに対して。自分が○か×かの印がつけられるような問題の出し方をしてくれないと、問題を出す方に対してキレてしまう。要は、考える能力がないってだけなんですけどね。
 反知性主義というのは、欲求不満に陥ったおやじ達が野放しにする妄想的な世界観だとしか思えないが、欲求不満になる人間は、考えてみりゃ、まだ頭を外に向けてるんだな。自分の目を外に向けなくなったら、もう無知性だ。「考えろ!」と言うデータの山を「うるさい!」と言って撥ねのけていたら、知性というのは育たないんだが。

PR誌「ちくま」8月号

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