高橋 久美子

第2回
迷う阿呆に探す阿呆

最新エッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)も絶好調の作家・作詞家の高橋久美子さんの新しい連載エッセイがスタートします! 彼女にしか紡ぐことのできない言葉たちで、日々の生活を鮮やかに描きます。〈作家・高橋久美子〉の新しいスタートを告げる連載です。毎月第4水曜日の更新になります。


 今年も何食わぬ顔で阿波踊りを見に行ってきた。
 いろいろあったが、踊る人はただただ美しく、鳴り物の音がみぞおちブローの徳島の街は見紛うことなき極楽であった。
 私も大学時代は下手なりに女踊りをしていたし、三年間ではあったが上京してからも有名連の「うずき連」に在籍して締太鼓を叩いていた。
 他県の方が聞くと驚くと思うが、プロの踊り子が徳島には存在し、来週はハワイに、来月は東京の〇〇ホテルにといった感じに阿波踊りだけで生計を立てている。そういう方々はレジェンドであり、神であり、踊りの鬼でもあるわけで。
 自由に音楽をやっていた私としては、吹奏楽部のときの先輩の恐ろしさにプラスされて圧倒的な後光も感じるのだった。おっさんはただのおっさんにあらず。お姉さんも、笠をかぶればそこらのアイドルよりもカリスマ、ひとたび桟敷で踊ればフラッシュの嵐だ。
 うずきのときは部活並みの練習量で、五月頃から週三、夏は毎日練習があった。私はドラマーだったため免除されたが、通例としては、女踊り、男踊りを極めた人しか三味線、締太鼓、大太鼓、横笛といった鳴り物はやらせてもらえない。踊り手の感覚をわかっていなければ踊らせることはできないということらしい。
 ドラムチューナーをしてくれ師匠でもある三原重夫さんと初めて出会ったときも「ドラム練習する前にクラブに行ってきな」と言われた。「自分が踊れないと、人を踊らせることなんてできないよ」と。
 今ならよくわかる。技術も必要だが、それよりもっと大事なことは心から楽しんだ経験があるかどうかだ。
 ジャンルは違えど、阿波踊りの鳴り物衆の中にも、そのイズムが脈々と流れ受け継がれていた。だからこそ、踊る阿呆になってからでないと、踊らす阿呆にはなれんかったのだ。「鳴り物の縦が揃ってない」と、締太鼓の親分から居残り連絡があり踊り子さんが帰ったあともよく練習をした。ドラムのスティックとは持ち方が違うと教わった。ドラムは手首のスナップで叩くが、締太鼓は手首だけでなく腕全体を使って叩く。家でも阿波踊りビートの二拍子を勉強するといいと、練習初日に阿波踊りのCDを貸してくれる熱量だ。これはもう仕事にしているからとかでなくただの踊る阿呆の中の、トップオブ阿呆なのだと思った。人生にこんな楽しい夜があるんだと教えてくれた師匠たち。
 全国ニュースを賑わしている総踊りにも、四度ほど選抜隊として出させてもらったことがある。阿波踊り振興協会等に属している、踊りの卓越した連、いわゆる「有名連」が南内町演舞場に勢揃いし一斉に踊るのだ。そのため全員は出られず締太鼓も各連から数名だ。
 バンドをやっていてステージの上で鳥肌の立つ瞬間に出くわしたのと同じくらいに、この震えるような感動を知った人達は永遠に阿波踊りから逃れられないのだろうと思う。
 総踊りは圧巻。これを廃止だなんて、考えられないことなのだ。文化とか、伝統とか、そういうのはもちろん大事だが、それだけであそこに立っている人はいないんじゃないか。ゲリラ的であっても総踊りを強行突破したのは、あの震える快感を知っているからだと思う。そして、見る阿呆たちに、ただただ最高峰の踊りを見てほしいのだ。笑顔になってほしい。驚いてほしい。格好いいなあって、感動してほしい。踊る阿呆の願いはそれだけのことなのだ。
 総踊りは、たった1つの流れ星を全員で描くような私の人生の中でも十本の指に入る心震える体験だ。

 妹も徳島の大学に通っていて、大学時代を阿波踊りに捧げた。今年を最後に愛媛に帰ることになったので母とバスで妹の最後の踊りを見に行った。愛媛で生まれた姉妹が、二人揃って徳島に心奪われて、踊り、鳴らし。徳島とよほどの縁を感じてしまう。人同士と同じで、私達姉妹は徳島県と相性が良かったのだ。人生は出会いが全てなんだと改めて思う。
「ミカはあれよな?」と全然違う子を指差す母は、運動会のとき違う子をビデオに撮り続けていたのと相変わらずだ。皆同じ笠をかぶり一糸乱れず踊っているので上手い連ほど個々が分かりづらいというのもある。
「ちがうよ。あっち、左の」と私は妹を指差す。
 カメラで必死に追いかける母だが、
「撮ろうと思うたらもう後ろむくんよ」と。
「いいやん、撮らんでも。ように見たらそれがいいよ」
 妹は、ソロを任せられるほどとても美しく踊っていた。普段あまり喋らないが、踊ることで解き放たれるものがあるのだろう、指先からつま先からほとばしる生の喜びを見た。本当にこの街を去るのか疑わしくなるほどに、徳島の女であった。妹の追っかけをして、ついでに私も輪踊りに入ってリュックを背負ったまま踊って、くたくたになってきたので妹の家に母と先に帰ることにした。
「ミカに挨拶しにいこう」
 妹の連が次の桟敷に移動していくのを追いかける。ふと後ろを見る。あれ? お母さん? きょろきょろ探してみるが、どこにもおらん。
 こういうときの携帯電話だ。
「おかけになった電話は電波の届かないところにあるか……」
 はい、電源の方です。絶対に充電切れてます。ええと、携帯ないときの迷子ってどうしてた? しかも祭りだよ。
 とりあえず、その辺を十分くらい探すもかくれんぼしているみたいに綺麗にどろんだ。
 犬だって元の場所に帰ってくるっていうし、そのうち来るかな。
 五分、十分……来ない。人間だから、先回りして考えているのか。むむ。
 妹が通りかかったので
「お母さんおらんくなった」と言うと、
「えー! また!?」と。
 そういえば母は頻繁に迷っている気がするな。
「本部席で呼び出してもらうしかないんやない?  ぴんぽんぱんぽーんって」
 こんなときだが二人とも笑っている。
「私、次の桟敷あるから、また何かあったら連絡して」
 と言い残して妹は行ってしまった。日本は平和である。
 放送かー、これだけの喧騒の中では聞こえないだろうなあ。携帯なかったときってどうしてたんだっけ。掲示板とか? 警察?
 私は人の顔を確かめながら、祭りの中を母を探して歩いた。今年は観光客が少ないとはいえ、何十万の中の、たった一人を見つけることは途方もなかった。一つとして同じ顔は、同じ生命は存在しないし、変わりになることもないのだと、赤と黄色のちょうちんが風にゆれて、眉山の脇に三日月はおとなしく、少しだけドキドキしていた。
 四〇分くらい経っただろうか。ふいにポケットが震えた。スマホを出すと、通知欄に「徳島県」と出ている。
「はいもしもし」
「久美子ー、お母さんです」
 笑っておる、母よ。
「あんたの後ろ姿がすーっと人混みに消えていってなあ」
 なにドラマみたいなこと言いよる!
「ちょっともう! どこにおるんよ」
「今な、あたりやさんから電話かしてもろてかけよる」
「ええ? あたりや! 大判焼きの?」
 犬は元に戻ってくるが、母は駅前まで移動していた。一キロくらいある。
 人混みをくぐり抜けながら駅前へ急いで、あたりやの引き戸をガラガラとあける。ここに来るのは昨日と今日で三回目。
 あたりやさんは大学時代から大好きなお店で、チャット時代も帰ってきたら必ず行っていた。ガラス越し大判焼きが一つ一つマシーンの中で焼けていくのを見るのも楽しい。前日母と食べに行き、今日も昼間に友人と食べにいったのだった。「チャットさんのお客さんがよく来てくれてね、とてもいい子で。私達にも話しかけてくれてねえ、ほんとに可愛らしいのよ」と言ってくれていた。もちもちサクサクの生地、甘すぎないあんこ、ここの大判焼きはとにかくとても美味しい。人も気さくで温かい。そんなあたりやさんに母が向かったのは人間の勘として大正解だと思った。ほっとした。
 閉店した店の椅子に座って母は待っていた。隣ではお店のみなさんがマシーンの片付けをしている。
「ごめんなさいね、母がご迷惑おかけしました」
 わはははと気持ちよく笑いながら奥さんと大奥さんが、
「いえいえ。そやけどお母さんね、久美子さんの携帯番号覚えとったんよ。私、感心してー」とびっくりしている。
「ええ! 覚えてたん? すごいなそれ」私はてっきりメモ帳を見たのだと思っていた。
「へへへ、すごかろー」
 姉のも父のも覚えてないが、私のだけ覚えていたそうだ。ここでは書けないが私の番号、なぜか同じ数字が並んでいるのだ。ちなみに後で妹のも思い出した。県外に住む二人の携帯番号を家の電話から何百回と押してきたからだ。
あたりやの奥さんが、
「お母さんを怒らんとってあげてね」と言うので可笑しくなって
「なんか親子逆転やねえこれ、小学校のときみたいじゃわー」と三人で笑った。
 公衆電話を探して歩いたけど見つからなくて、いろんな人に事情を説明しても「この辺には公衆電話ないんですよー」と言うばかりで、自分の携帯使いますか? という人はついに現れなかったそうだ。
「『携帯貸してもらえますか?』って言うたら良かったんじゃないん?」と言ったが、そこまではようせんかったそうだ。
 帰ってきた妹にその話をすると、迷子になった場所の目と鼻の先に公衆電話あったよという。そういやそうだ。東新町商店街の入り口に昔からあるではないか。
 コンビニでも、お店でも、電話は置いてないと言われ、電話難民……。
 何十万人分の携帯電話がうじゃうじゃある阿波踊りの渦の中、公衆電話を探して歩きまわったのだ。人と人の距離は不思議だ。
「あたりやに昨日いったとき、なんとなく公衆電話を見た気がしてね」
 本部席でも、警察でもなくて、母が悩んだあげくに選んだ場所は、ほかほかの大判焼きを焼き続けて六十年以上の老舗お菓子屋だったのだ。
 バスの中、電話番号をどのくらい覚えているか言い合いながら帰った。私は幼馴染の家の電話番号は七軒くらい覚えていた。
 市内から離れた妹のアパートで、網戸から入る初秋の風と一緒に鳴り物が轟く音が聴こえた。これは総踊りの音だ。
「こんなとこまで聴こえるんじゃねえ」
 くたびれて、二人して床に寝転びながらさっきまでいた場所を思い出していた。

次回の更新は9月26日(水)です

2018年8月22日更新

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高橋 久美子(たかはし くみこ)

高橋 久美子

1982年、愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラマー・作詞家を経て、2012年より作家・作詞家として活動する。
作詞曲にチャットモンチー「シャングリラ」「ハナノユメ」「風吹けば恋」「バスロマンス」「サラバ青春」、ももいろクローバーZ「空のカーテン」、東京カランコロン「泣き虫ファイター」など。著書に詩画集「太陽は宇宙を飛び出した」、絵本「赤い金魚と赤いとうがらし」など。
2017年、翻訳を担当した絵本「おかあさんはね」が第九回ようちえん絵本大賞を受賞。ミュージシャンとの詩の朗読✕音楽のセッションや、創作人形浄瑠璃の脚本、ラジオパーソナリティーなど多方面で活躍する。
オフィシャルホームページ http://takahashikumiko.com/profile
オフィシャルツイッター https://twitter.com/kumikon_drum

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