世の中ラボ

【第100回】セクハラを未然に防ぐには

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2018年8月号より転載。

 セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)は、そりゃあ昨日今日生じた案件ではない。しかし、二〇一八年の春夏ほど、セクハラ関連のニュースが耳目を集めたこともなかったのではないか。
 まず「週刊新潮」(四月一二日発売)が報じた財務省・福田淳一事務次官(五八歳)のセクハラ疑惑だ。テレビ朝日の女性社員を呼び出して「おっぱい触っていい?」などの発言を繰り返したという次官。四月二四日には辞任するも、本人は「お店の女性と言葉遊びを楽しむようなことはある」「女性記者にセクハラ発言をした認識はない」などと発言。「セクハラ罪という罪はない」と述べた麻生太郎財務相など、この件では周囲の無自覚ぶりも目立った。
 そんな騒動が長引く中、五月二日に発覚したのが群馬県みなかみ町の前田善成町長(五〇歳)のセクハラ疑惑だった。町内の団体職員の女性が「町長に抱きつかれてキスされた」として、沼田署に被害届けを出したのだ。町長は「相手の女性から好意があってのことだと考えていた」などとブログで釈明するも、沼田署は強制わいせつ罪で立件。みなかみ町議会は五月一〇日、辞職勧告決議案を全会一致で可決したが、町長はまだ辞任していない。
 さらに五月二一日には、東京都狛江市の高橋都彦市長(六六歳)のセクハラ疑惑が発覚する。女性職員四人が市長に抗議文を提出。被害内容は、車内で手を握られた、エレベーター内で体を密着させられた、随行先で一時間にわたり尻を触られ続けたなど。市長は会見で「握手のつもりで手を握った」「何らかのはずみで体のどこかに触ったかもしれない」などと釈明。二三日に辞表を提出した際も「自分のやったことはセクハラのレベルとは考えていない」「性的関心を持ち女性職員と接したことはない」と主張した。
 加えて六月二五日には、早稲田大学の修士課程に在籍していた女性が大学に苦情申立書を提出、同大学の渡部直己教授(六六歳)のセクハラ疑惑が発覚した。被害者は指導教師だった教授に「お前の作品を見てやる」と研究室に呼び出され、飲食店で「俺の女にしてやる」といわれたという。教授は雑誌の取材に「過度な愛着の証明」などと答え、その後、辞表を提出している。
 性質は異なるものの、同じ時期には、新潟県の米山隆一知事(五〇歳)が「不適切な女性関係」で辞任したり(四月一八日)、TOKIOの山口達也(四六歳)が自宅に女子高生を呼び出してキスしたとして、強制わいせつ容疑で書類送検されたりもしている(四月二五日。後に起訴猶予処分)。ったく、どいつもこいつもだよ。

恋愛関係を主張する、おめでたい男性
 わいせつな言葉を吐いた、触った、抱きついた、キスした……。セクハラの加害者には誰もがなりうるが、右の例でもわかる通り、加害者になる可能性が特に高いのは中高年男性だ。彼らに共通するのは「セクハラの自覚がなかった」という点である。自覚がないから、下手な言い訳をして、さらに墓穴を掘る。
 ただ、「このエロジジイが」と糾弾するだけでは前向きな解決にならない。では、どうするか。私はまず教育からはじめるべきだと思う。セクハラの加害者に私は毛ほども同情しないけど、「事前に少しは学んでおけばよかったのにね」とも思うのだ。
 たとえば、鈴木瑞穂『職場で役立つ! セクハラ・パワハラと言わせない部下指導――グレーゾーンのさばき方』は管理職向けの本である。〈セクハラもパワハラも、その本質は「職場を運営していく上であってはならない言動」です〉とまず著者は釘を刺す。
 現行の男女雇用機会均等法は、セクハラを「対価型セクハラ」と「環境型セクハラ」の二種類に分類している。対価型セクハラとは、①上司が部下を誘い、②部下が誘いを断り、③それを理由に上司が部下に不利な労働条件を課す(降格させる、配置転換をする、辞めさせるなど)のようなケースを指す。それ以外の「職場における性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」が環境型セクハラで、ここには加害意識を持って故意に相手を傷つける「意図的なセクハラ」と、当人にはセクハラをする意図も認識もない「無自覚セクハラ」が含まれる。ただし今日、対価型セクハラや意図的なセクハラは激減しているという。〈その原因は「情報の周知と共有による心のブレーキ」だと考えています〉。
 ほんとかな、とも思うけど、〈いったん対価型セクハラが生じたら、それは現場の管理職が扱うべき問題ではなく、会社として取り扱うべき問題です〉と著者は断じる。それは会社の存続に関わる重大事実。〈したがって、対価型セクハラの行為者は絶対に見逃さず、組織規定に則った処罰をしなければなりません〉。
 一般企業の認識は、すでにここまで来ているのだ。
 ではなぜ、先にあげたような露骨なセクハラが、官庁や政治家や大学では横行しているのか。そのへんの微妙な線に踏み込んでいるのが、牟田和恵『部長、その恋愛はセクハラです!』(秀逸なタイトル!)である。ここでも、じつは〈「絵に描いたような」セクハラ男はめったに存在しません〉と著者はいう。
 ことに重要な知見を含んでいるのが「恋愛型セクハラ」に関する実例だ。前田みなかみ町長や渡部早稲田大学教授は、相手も自分に好意を持っていると思い込んでいた。こういう人は存外多く、訴えられても、合意の上だ、恋愛関係にあった、と主張することが少なくない。そんなおめでたい男性に著者は厳しい警告を発する。
〈役付きならなおのこと、平社員でも、同じ職場の派遣社員や契約社員、臨時職員の女性と「大人の関係」を持っているなら、要注意です。性関係や恋愛関係にはなくとも、きわどい話で職場の女性を楽しませているつもりなら、それもキケン。その関係や言動は、後で「セクハラ」として被害を申し立てられる可能性があります〉。
 先のセクハラ野郎たちに聞かせてやりたいよ。
 根底に横たわるのは両者の認識の差である。
 恋愛妄想にとらわれた男性は、自分は恋愛をしているつもりだから、訴えられると「まさか!?」と思う。女性は「しつこく交際を迫られた」「上司だから断れなかった」「性関係を強要された」と訴えているらしい。彼は抗議する。〈無理にキスやセックスを迫ったなんていうのはデタラメで、彼女だってOKしていた〉。
 しかし、女性の側にしてみたら、恋愛も交際もしているつもりはまったくないので〈上司だから親しく接していましたけど、特別な関係になろうとは思ってませんでした。それなのに……〉〈先生が私のことを恋愛対象として見ていたなんて思ってもいなかったのにショックでした〉という話になる。
 男性側の言い分はおそらく「嫌なら嫌だとはっきりいえばいいじゃないか」だろう。勘違いさせた女が悪い、という論法である。だが(一見もっともな?)そうした主張も、本書は退ける。
 職場の飲み会で「今度デートしてくれよ」と部長が身体を寄せてきたとしよう。部下は内心「冗談じゃない」と思っても、相手は部長だし酒席の冗談かもしれない。そこで曖昧な微笑でゴマ化したり、話をそらすことでNOの意思表示をする。ところが〈男性にしてみれば、女性の「感じよい沈黙」は、男性のアプローチを女性が「恥じらいながらも受け止めた」か、「まったく気付いていない」ということであって、まさか「内心の不快感を押し殺してにっこりしているだけ」「無視することでノーの意思表示をしているつもり」とはなかなか想像がつかない〉。そこが問題なのである。
 セクハラは上司と部下、指導教授と学生のように、力関係に差があるところで生じる。「断れば次の契約が危ないかも」「従わなければ指導してもらえなくなるかも」という暗黙の威圧感の下に彼女たちは置かれている。〈男性側が感じていた女性の側の好意、同意は、男性との力関係の中で生み出されているもの。上司だから、仕事上の関係が大事だから、従っているのです〉。

「YESがなければ同意ではない」
 同意があった/なかった問題は、性暴力事件、レイプ事件の際にも大きなネックとなる。その点で大きな示唆を含んでいるのは伊藤詩織『Black Box』だろう。就職活動中の著者は元TBS社員の山口敬之にレイプされた(しかし山口は不起訴処分になった)。その事件の経緯を子細に明かして話題になった本だけど、〈私が本当に話したいのは、「起こったこと」そのものではない。/「どう起こらないようにするか」/「起こってしまった場合、どうしたら助けを得ることができるのか」/という未来の話である〉と著者自身も記しているように、この本は単なる告発の書ではなく、レイプ被害者の心理と周囲の対応を克明に綴った提言の書といえる。
〈私が一度でも、職権を使ってあなたを口説いたり言い寄ったりしましたか?〉〈意識不明のあなたに私が勝手に行為に及んだというのは全く事実と違います〉という山口のメールは、セクハラ加害者たちがこぞって口にする弁明にまんま重なる。こうした事態を踏まえ〈社会に対して、「NOと言わなければNOではない」ではなく、「YESがなければ同意ではない」という教育もしていかなければならない〉と著者はいう。
 もとをただせば、福田元事務次官の事案をはじめ、最初にあげたようなセクハラ事件が表に出たのも、彼女の告発があったからこそだろう。「MeToo」運動は人々の意識を変えつつある。
〈グレーゾーンのセクハラは、その後の対処次第でどちらにも転びます〉〈対処を間違えると、「たしかにマズいけれどまぁ許容範囲」で済むことが、真っ黒のセクハラになってしまうのです〉(牟田)という警告を噛みしめたい。何度でもいうけど、明日はわが身。セクハラは誰にとってもけっして他人事ではないのだ。

【この記事で紹介された本】

『現場で役立つ! セクハラ・パワハラと言わせない部下指導』
鈴木瑞穂、日本経済新聞出版社、2016年、1600円+税

 

相手の感じ方に合理性、妥当性がある場合に限られるが〈今のご時世において、無自覚セクハラ(略)は、相手がセクハラだと感じるがゆえにセクハラになると理解しなければなりません〉。著者は企業コンプライアンスなどの講師を務めるインストラクター。管理職向けのマニュアルに徹した本のため、踏み込み不足の部分もあるが、企業研修でもここまではやっているのだという見本。

『部長、その恋愛はセクハラです!』
牟田和恵、集英社新書、2013年、820円+税

 

〈セクハラのケースでは、男性は相手が嫌がっているとは思わなかった、ということがありがち。それは鈍感というよりも、相手の受け止め方など気にもしていなかった、というのが大半です〉。著者はセクハラという語を広めた福岡セクハラ裁判(一九八九年)からこの問題にかかわる社会学者。これを読んどきゃ、みんなあんな事件は起こさなかったのにね、と思わせる万民の必読図書。

『Black Box』
伊藤詩織、文藝春秋、2017年、1400円+税

〈私は自分が被害者になるまで、性犯罪がどれほど暴力的かを理解していなかった。/頭ではわかったつもりでいても、それがどれほど破壊的な行為であるか、知らなかった〉。著者はフリーのジャーナリスト。首相とも親しい関係にある男性にレイプされ(二〇一五年四月)、その経緯を詳述。病院、警察、司法、メディアの対応の悪さなどにも言及した、性犯罪との向き合い方を教える良書。

PR誌ちくま2018年8月号

関連書籍

こちらあみ子
こちらあみ子

斎藤 美奈子

ニッポン沈没 (単行本)

筑摩書房

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入
こちらあみ子

斎藤 美奈子

本の本 (ちくま文庫)

筑摩書房

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入