ちくまプリマー新書

小説は、役に立つ

藤谷治『小説は君のためにある』「はじめに」より

小説はあなたがあなたであることにとって重要なものを与える、それは小説が特別なものだから、と小説家の著者は述べます。では小説を特別なものにするその特性とは何か、また小説の役割とは何かを考える、9月刊行のちくまプリマー新書『小説は君のためにある よくわかる文学案内』の「はじめに」を抜粋して公開します。

 これから、小説について考えていこうと思います。
 小説というものがあることは、誰でも知っている。
 どんなものか、ということも、たいていの人は知ってるんじゃないだろうか。みんな 少なくとも、なんとなくはわかっている。読み物だ。読んだことのある人も多い。
 だけど、小説なんか読んでなんになるのか、と思う人も、けっこういるんじゃないか と思うんである。小説を読んだところで、何か得することでもあるのか。
 なんで小説なんてものがあるのか。

 損か得か、なんていう言い方をすれば、なんだか、どんなことにも利益を求めるケチ 臭い品定めのようだけれども、言葉を変えればそれは、こういう疑問だ。
 小説を読むことは、自分の人生にとって、どんな役割を持っているのか。
 そもそも、小説が人生に、何かの役に立つだろうか。。

 役に立つ。
 これからその話を、ここに書く。
 そのために、この本では、小説というのがどんなものなのかを考える。
 なぜなら、小説という読み物が、どんなものかが明らかになれば、それを読む意味も、同時にわかってくるからだ。
 小説は、ほかの読み物にはない特性を持っている。
 小説が、僕や君の人生に意味を持ち、役割を持っているのは、その特性のためなのだ。

 小説が、たとえば、「知らないことを勉強できる」とか、「人と同じものを読んでおけば話題になる」とか、「情報を取り込める」とか、そんなことのために役に立つと、僕は考えていない。そういう意味で役に立つ小説もあるだろうけれど、そんな役立ち方は小説でなくてもありうるし、安っぽい。
 小説は、「君が君であることにとって重要なもの」を与えてくれる。人と比べてどうだとか、情報量の多い少ないとか、そんなミミッチイことじゃない。小説は君が物を考える幅を広げ、人を見つめる力を養い、独自の判断力や価値観を作り上げるのを助ける。
 何より、小説には、君が君について考えるヒントがある。
 小説という文章の持っている特性は、読む人間を自然とそのように導いていくものを持っているのだ。
 もちろん小説といっても広い。すぐれた小説もあれば、くだらない小説もある。
 それは、個々の小説が、小説の特性をどれくらい活用できているかの違いだと思う。
 そして「どれくらい活用できているか」を判断するのは、一人ひとりの読者だ。それで同じ小説でも、評価が違ってくる。
 この文章ではこれから、小説の特性と、それが小説を読む君にとってどのような役割を持ち、君にとってどんな可能性を持っているかを考えていく。
 なお、ここまでの文章の感じですでにばれているかもしれないが、僕はこれを君に読んでもらいたくて、アガッている。君はこれを読んでくれるだろうか。付き合ってくれるだろうか。好きな人に手紙を渡すような気持ちで書いている、といっても過言ではない(過言ではない、とかいってるよ俺)。
 なるべく肩の力を抜いて、わかりやすく書いていこうと思います。