ちくま新書

覚せい剤使用バッシング報道を前に、知っておくべきこと

9月新刊の松本俊彦『薬物依存症』(ちくま新書)の「はじめに」を公開いたします。報道や薬物乱用防止教育で広まった「薬物依存症」への誤解やステレオタイプなイメージを打ち破る本書。 「はじめに」だけ読んでも、気づくことが多くあります。ぜひお読みください。

†つくられたイメージ
 この「土の中に埋めてやる」と発言された方は、薬物依存症者について、「やめようと
思えば根性でやめられるのにやめられない、だらしがない快楽主義者だ」と思っていたの
でしょう。これは現在の日本社会でも一般的なイメージで、薬物依存症について多くの方
が「怖い」「だらしない」「意志が弱い」「ダメ人間」「快楽主義者」「反社会的組織の人」などのイメージを持っているように思います。どれもネガティブなイメージばかりです。
 しかし、よく考えてみれば、そのようなイメージには根拠がないことがわかるはずです。たとえば、皆さんの知り合いに、覚せい剤や危険ドラッグ、大麻といった薬物に手を出して依存症になってしまった人、もしくは薬物依存症者に振り回されて大変な思いをした、という人はいますでしょうか?  ほとんどの方が、そんな人は知り合いにいない、と答えられるのではないでしょうか。
 もちろん、そういった人が知り合いにいる、という方もいるでしょう。しかし、そのよ
うな方は、わが国ではかなり少数派の部類に入るはずです。というのも、幸いなことに、
欧米諸国に比べると日本では薬物問題はさほど深刻ではなく、国民の多くは薬物とは無縁
の人生を送っているからです。
 日本では、だいたいの人は、「生の」薬物依存症者をじかに知ることもなく、薬物依存
症の何たるかを直接知る機会を持つことはありません。つまり、多くの人は、薬物依存症
者に対するイメージを、どこかで聞いた伝聞的な情報をもとにつくりあげているのです。
 それでは、薬物依存症のイメージをかたちづくるうえで、多くの人に素材を提供してい
る情報源としては、どのようなものがあるでしょうか。
 おそらく中高年の方であれば、1980年代に日本民間放送連盟が麻薬撲滅啓発キャンペーンで制作したCMのキャッチコピー、「覚せい剤やめますか、それとも人間やめます
か」の印象が強いかもしれません。一方、比較的若年の方であれば、中学・高校時代に学
校で行われた、「ダメ。ゼッタイ。」で知られる薬物乱用防止教育でしょうか。
 それから、年代を問わず、薬物事件で逮捕された芸能人やミュージシャン、スポーツ選
手といった人に関するニュース番組やワイドショー番組、あるいは週刊誌の記事などの影
響もかなり大きいでしょう。そのような情報を通じて、薬物依存症に関する自分なりのイ
メージを形成したという人は、相当に多いのではないでしょうか。
 なかには、凶悪な殺人事件の犯人がたまたま過去に違法薬物の使用歴があったなどとい
った情報から、薬物依存症に対するネガティブなイメージを抱くにいたったという人もい
ることでしょう。
 しかし、これらの情報は、薬物依存症の本当の姿をどこまで正しく伝えているのでしょ
うか。