ちくま新書

美術鑑賞の誤解

PR誌「ちくま」9月号より、青い日記帳 『いちばんやさしい美術鑑賞』(ちくま新書、8月刊)の青い日記帳の「中の人」による書評を公開します。 『いちばんやさしい美術鑑賞』への最良の入り口、ぜひお読みください。

 人間関係には誤解がつきものです。他人のことを思い違いしていたり、相手が自分のことを誤認していたりと毎日の生活の様々な場面で誤解が発生しています。友人とのトラブルや職場や学校での人間関係でギスギスしていると感じるのは日常茶飯事です。それと同じように美術鑑賞においても多くの誤解が存在しているのが現実です。「知らない画家の展覧会はつまらない」「美術館では声を押し殺して黙々と凝視しなければならない」「展覧会会場には観るべき決まった順路がある」などなど、人間関係以上に枚挙にいとまがないほど多くの誤解が美術鑑賞の前に立ちはだかっています。思い込みというのは怖いもので、誤解という名の壁に阻まれ美術館へ足を運べずにいませんか。その中でも最も大きな誤解が「展覧会は観に行っても面白くない」というものでしょう。
 確かに好きな俳優が出ている映画や推しメンがいるグループのライブに比べれば、展覧会は面白味にかけるかもしれません。しかし、そうした直感的に楽しめるエンターテインメントと、そもそも美術鑑賞は同じではなく、どちらかと言えば小説に隠された複雑なメッセージを読み解くことで、快味を享受していくタイプのものにあたります。だから一度や二度足を運んだだけでは展覧会の愉しさを存分に満喫することは出来ません。幾ばくかの経験を必要とするのです。そこを敷居の高い趣味として敬遠されてしまい、このような誤解を生む要因となっているのです。
 さて紙面の許す限りありがちな誤解を正して参りましょう。まずは「知らない画家の展覧会はつまらない」ですが、知らないからこそ未知の発見があり楽しいのです。かえって画家の名前を知らない方が色眼鏡無しで作品と向かい合えるので逆に好都合で、自分など喜んで出かけるようにしています。次に「美術館では声を押し殺して黙々と凝視しなければならない」は、確かにみんなとにかく会話もせず、時に腕組みなどして作品と向かい合っています。けれども美術を観るとき、関係のないお喋りはご法度ですが、作品を観て発見したことや感想で盛り上がるのはいいことです。自宅のリビングで寛いでiPadの画面を見るのと同じように、展覧会会場でも、もっと肩の力を抜いてリラックスしましょう。最後の「展覧会会場には観るべき決まった順路がある」など全くもってナンセンスな誤解でしかありません。進行通り(受動的)に楽しむ映画やライブとは最も違う点が実はここにあります。展覧会は自らの足で歩き回らなければなりません。つまり美術鑑賞はとても能動的なエンタメなのです。不慣れなうちは順番に従って観て行くのもよいでしょう。でも会場の雰囲気に慣れてきたらとにかくあちこち動き回ってみることです。例えば作品A→B→Cと観るのとその逆では見え方感じ方もはっきりと違うものです。
 この他にも美術鑑賞に対する誤認識はまだまだたくさんあります。展覧会へ行く障壁となっているそれらの誤解を取り除くべく、日本国内にある十五の作品を通して美術鑑賞のイロハから知っておくと得をする鑑賞術をまとめた一冊が『いちばんやさしい美術鑑賞』です。西洋美術、日本美術それぞれ絵画から立体物まで、これまで自分が、年間三百~四百の展覧会へ足を運び実践してきた鑑賞術を惜しみなく伝授しています。美術の専門家ではない、一アートファン目線で綴っているので読みやすく「うんうん」と納得していただける箇所も多いと思います。また少し目の肥えた方にも読み応えがあると同時に、誰かに話したくなるネタも多く盛り込んでいます。この本を読めば美術鑑賞に対する誤解も瓦解すること間違いなしです!

2018年9月20日更新

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中村 剛士(なかむら たけし)

中村 剛士

1968年生まれ。1990年國學院大學文学部文学科卒、Tak(タケ)の愛称でブログ「青い日記帳」を主宰する美術ブロガー。展覧会レビューや書評をはじめ、幅広いアート情報を毎日発信する。

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