piece of resistance

31 サポートサービス

なんでそんなことにこだわるの? と言われるかも知れないが、人にはさまざま、どうしても譲れないことがあるものだ。奥様とは言わない、本に書き込みはしない、ご飯は最後の一粒まで食べる、日傘は差さない……等々。それは、世間には流されないぞ、というちょっとした抵抗。おおげさ? いやいや、そうとは限りません。嫌なのにはきっとワケがある。日常の小さな抵抗の物語をつづります。

「ねえ、ちょっとパソコンを手伝ってほしいんだけど」
 近所に住んでるばあちゃんからのSOSを受け、大学の授業とサークルとバイトの合間を縫って駆けつけた。
「で、何を手伝えばいいの」
「案内状をね、作りたいんだよ。今度、ほら、ユキムラさんの会があるもんだから」
「ふうん。で、何がわかんないの」
「作り方。やったことないもんだから」
「簡単だよ。ワードは入ってんでしょ」
「ワード?」
「そういうの作るソフト」
「ソフト?」
「知らねえの? マジか」
「パソコンめったに使わないんだよ」
「じゃ、いいよ。案内状、俺が作ってやるよ。ほら、このアイコン押すとワードってソフトが立ちあがるってわけ」
「ほーっ」
「感心するとこじゃないから。で、案内状ってどんな感じ? A4サイズくらいでいいの? A4ってこれくらいね」
「ああ、ああ、いいよ。任せるよ」
「案内状のタイトルは?」
「へ」
「ユキムラさんの何の会?」
「ユキムラショウゾウさんのアルバトロスを祝う会」
「マジ? ユキムラさんすっげーじゃん」
「二十年くらい前にもユキムラさんはホールインワンを出したことがある」
「いい人生送ってんなあ。で、ユキムラのユキの字は?」
「幸せ」
「幸せの村、か。ショウゾウはどんな字?」
「んー。ゾウは、クラって字だったけど、ショウはどうだったか……」
「正しいの正? 昭和の昭? 森昌子の昌?」
「んー。アキちゃんが住所録を送ったって言ってたから、それを見ればわかると思うんだけどねえ」
「住所録か。メールに添付で来たの?」
「テンプ?」
「頼むよ、ばあちゃん。マジなんもわかってないじゃん。こんなんでよく初期設定とかできたよな」
「しょきせってい?」
「パソコン買ったあと、使うまでになんだかんだあるじゃん、設定が」
「ああ。それは、ほら、あのサポートなんとかっていうのが、遠隔なんとかで、電話で、やってくれたから」
「サポートなんとか……サポートサービス? まさか有料の?」
「そうそう、このパソコン買ったときにね、最初にいろいろ難しいから、それに入ったほうがいいですよって言われて」
「入ったの?」
「入った。たしか月々千円くらいで、最初のいろいろもぜんぶやってくれるっていうんでね」
「月々……」
 俺はパソコンのメールボックスから添付ファイル付きのメールを探していた手を止めた。
 そこはかとなくいやな感じがする。
「ばあちゃん、このパソコン買ったのっていつ?」
「さあ。二年くらい経つかねえ」
「そのサポートサービス、解約した?」
「へ」
「もしも契約解除してなかったら、ばあちゃん、めったに使わないこのパソコンのために、月々千円ずつ払い続けてることになるんだよ」 
「ええっ」
「今すぐ解約しよう、ばあちゃん。いや、俺がしたる」
 鼻息荒く俺はスマホを手に取った。
「サポートサービスの番号は?」
「それがねえ。たしか、おばあちゃんの携帯の、その、電話番号のところに入れてあるはずなんだけど……」
「あ、このスマホ? ばあちゃん、ついにガラケーやめたんだ。ちょっと見せてもらうよ……って、ばあちゃん、パスワードは?」
「ああ、それが、そのねえ」
「なに」
「ちょっと使ってなかったら、忘れちゃったみたいで」
「はあ? 何やってんの。どうすんの。メモとかしてないの?」
「そういうのは、どうもなんだか、ちょっとほら……まあ、焦りなさんな。大丈夫。買ったとき、安全サポートなんとかに入ってるから、何があっても安心……」
「ええっ、ばあちゃん、スマホもサポートサービスに入ってんの? いつから? 月々いくら? 実際にサポートしてもらったことある?」
「そういっぺんに聞かれたって」
「じゃあ最後のだけ。ばあちゃん、サポート受けたことある?」
「……ない、ねえ」
 俺は即座に自分のスマホでばあちゃんが契約した会社のサービス窓口を調べ、電話をした。が、流れてきたのは電話が混みあっているのなんのの機械的な音声だ。「順番におつなぎします」とくりかえされるほどに、悠長にちんちろ流れるオルゴール音までが消費者を小バカにしているように思えてくる。
 いったい有料のサポートサービスとはなんなのか。サービスとは本来、無償の奉仕を指すのではないのか。そんなオプション契約を年寄りに勧める接客係は、彼らが最新の電子器具に結局はなじめず使わなくなり、サポートのための金を月々払いつづけていることも忘れてしまう、という可能性を考えないのだろうか。あるいは逆に考えぬいた上で、あえて彼らにそんな契約を勧めているのか。
「もしもし、大変お待たせいたしました」
 十分以上待たされた末、ようやくオペレーターの声を聞いた俺は、相手が一本調子にしゃべりはじめた「お客さまへのサービス向上のために録音を……」云々を最後まで聞かずに一喝した。
「年寄りにはタダで親切にしろ!」