ちくまプリマー新書

幸福の星のもとに生まれた本

『幸福とは何か――思考実験で学ぶ倫理学入門』刊行記念エッセイ

PR誌「ちくま」より、9月刊 『幸福とは何か――思考実験で学ぶ倫理学入門』(森村進 著、ちくまプリマー新書)の新刊紹介を公開します。なぜ、いまこの本が必要とされているのか? そして、私たちは自分の幸せについてどう考えていけばいいのか? ヒントが満載のエッセイです。

 一人の成功した実業家がいて、彼はその財力のために親類縁者や知人や部下からいつもうやうやしく機嫌を取られているが、実は彼らはみな蔭ではその実業家を軽蔑し嘲笑している。だが、本人はそのことを知らず自分はたくさんの人々に愛されている幸せ者だと信じ切っている、と想像してみよう。この実業家ははたして幸福だろうか?
 当人が幸福感にひたっている限り、彼の知らないこと・感じていないことがその人を不幸にすることはありえないから、この実業家は現に幸福なのだ、と考える人がいる。反対に、彼が自分を幸福だと思い込んでいるのは間違いで、彼は周囲の人々に騙されているのだから本当は不幸なのだ、と考える人もいる。だがもしそうだとしたら、周囲の人々がこの実業家に対する正直な考えを隠さなくなれば、真実を知った彼は不幸でなくなるだろうか、それとも一層不幸になるだろうか?
 このたび私がちくまプリマー新書から出させてもらった『幸福とは何か』は、このような問題を考えながら、われわれの誰もが持っている「幸福」という観念の内容を明らかにしようとするものだ。
 私は大学で法哲学の講義を担当しているが、その中でたいてい2、3回にわたって幸福(≒福利≒効用)の観念について話している。というのは、「最大多数の最大幸福」を社会制度の究極の目的とする功利主義を説明する際、そこでいう「幸福」の内容を明らかにする必要があるし、功利主義以外の正義論も程度の差はあれ幸福を無視できないからだ。
だがその時いつも残念に感じていたのは、幸福とは何かという問題について最近の英語圏の哲学界では活発で有益な議論がなされているにもかかわらず、それを一般読者向きに紹介する本が日本語で1冊も出版されていないということだった。人生論的な幸福論なら汗牛充棟もただならぬほど出版されているが、その大部分は最初から議論や批判を予想しない「個人の感想」を述べた随筆や、根拠の乏しい断定にとどまる。
 そこで私はこのテーマについて自分で入門書を書いて今日の理論状況をわかりやすく説明しようとしたわけである。さらにその際、幸福をめぐる議論の紹介を通じて、若い読者に哲学・倫理学の議論と思考の仕方を学び、会得してもらおうという欲ばった目標もたてた。この目的のため、本書では最初にあげたような親しみやすい思考実験をたくさん利用することにした。それらの思考実験の中にはすでに哲学書の中で使われてきたものもあるが、私の自家製もまた多い。それを考え出すにあたって私はG・K・チェスタトンの小説、特に中篇集『四人の申し分なき重罪人』(ちくま文庫に収録)から少なからず影響を受けたから、本書が私の期待するように興味深く読んでもらえるとしたら、それはチェスタトンのおかげによるところが大きい。
 「幸福とは何か」はすでに私が何年間も授業で話してきたテーマだから、書くべき内容の蓄積はあった。また今述べたように日本語による概説的記述がほとんど存在しないので、先行文献との類似にこだわらず自由に書くことが可能だった。そのため本書は私の著書の中でも最も順調に、また気持よく執筆できたものと言える。結果として本書は私にとって幸福の星のもとに生まれた会心の著書になった。
 残るのは本書が理解ある読者に恵まれることだけだ。そこで私は最後に、ジョン・ロックが今から329年前に『人間知性論』の序文「読者への手紙」の冒頭で書いた文章を引用することにしよう。
 「幸いにも、あなたの少しの間でも気晴らしになって、私がこの本を書いたときの半分の楽しみでも皆さんが読んで感じてくださるなら、私がむだ骨を折ったと思わないのと同じように、あなたもむだな金を使ったとはお思いにならないでしょう。」