丸屋九兵衛

第9回:クレイジービッチ(ass)エイジャン! 脱亜入欧と、民族・国籍・自意識への無理解

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 映画『クレイジー・リッチ!』の話題から始めよう。

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 この連載を読むような奇特な人は、既に知っているだろう。ハリウッド・メジャー作品としては、出演者の大半をアジア系&アジア人が占める映画*は、1993年の『ジョイ・ラック・クラブ』以来、実に25年ぶりだ。

 これが、予想を裏切って全米興行収入初登場1位となり、予算3000万ドルに対して10月上旬時点での興行収入が7倍強の2億2000万ドル。顧客層としてはもとより、出演者&製作陣としてのアジア系/アジア人のポテンシャルを示すことに成功した、エポックメイキングな作品と言える。

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 我々アジア人やアジア系にとってのこの映画『クレイジー・リッチ!』は、黒人にとっての『ブラックパンサー』なのだ、と思う。

●『ブラックパンサー』の場合。
プロジェクトの中心になったのはアフリカン・アメリカン。
監督もアフリカン・アメリカンだし、主演のチャドウィック・ボーズマンもアフリカン・アメリカン。
でも舞台は主にアフリカ。
アフリカ人俳優もアフリカ系イングランド人も、さまざまなアフリカ系ピープルが大量に参加していて。
黒人監督の作品としては史上最高の興行収入。

●『クレイジー・リッチ!』の場合。
プロジェクトの中心になったのはアジア系アメリカ人。
監督もアジア系アメリカ人だし、主演のコンスタンス・ウーもアジア系アメリカ人。
でも舞台はほぼアジア。
アジア人俳優もアジア系オーストラリア人も、さまざまなアジア系ピープルが大量に参加していて。
アジア系&アジア人キャスト中心のハリウッド映画としては四半世紀ぶり。

 な? 共通するもんがあるやろ?

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 ただし!
 同作の原題は『Crazy Rich Asians』なのである。
 原作小説と同じで。

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 「日本人である以前に関西人。日本人である以上にアジア人」。

 それがウチの家訓で、モットーで、スローガンだ。そしてわたしは、遠からんうちに背中にデカデカとASIAN PRIDEという彫り物を入れようと思っている。

 そんな丸屋九兵衛は当然ながら、『Crazy Rich Asians』が――Asiansの部分を削除して――『クレイジー・リッチ!』として日本で通用することに、怒り心頭・怒髪天! ……と思われるかもしれないが、あにはからんや。
 原題のAsiansが全く活かされない邦題を残念に思わないではないが、叱り飛ばそうとは思わないのだ。

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 それには、いくつか理由がある。
 まずは、ここがアジアだからだ。

 ここ日本で『SPY_N』と題された藤原紀香の映画デビュー作は、原題(中文タイトル)を『雷霆戰警』というが、英語圏では『China Strike Force』と呼ばれる。なぜなら、「China≠英語圏」だからだ。Chinaという単語だけで異物感や異国情緒を演出できる、そんな地域でのみタイトルにChinaが使われる、ということだ。
 中国(あるいは広く中華圏)では、もちろんそれを『China Strike Force』と呼ばない。
 日本ではアメリカンドッグとも呼ばれるホットドッグを、アメリカ人が決してアメリカンドッグと呼ばないのと同様に。

 『Crazy Rich Asians』というタイトルは本来、アジア系が絶対少数派であるアメリカ合衆国に生きる原作者ケヴィン・クワン――中華系**シンガポール系アメリカ人――が、常にある種の異物であることを宿命づけられたアジア系アメリカ人たる我が身を半ば笑いながらつけたもの、とも言える。
 再度見てくれ。『Crazy Rich Asians』だ。そもそも、英語としては微妙な違和感を覚える表現ではないか? ここでのcrazyは副詞的用法、つまり「狂ったように(金持ちの)」ということだろうが、それ自体が文法的には破格の表現だ。
 原作は3部作となっており、続編は『China Rich Girlfriend』という。これまた破格である。「チャイナ・リッチ」ってなんだ? それが形容詞として成立するのか? 最終作は『Rich People Problems』だが、Rich People'sとならないところが、著者の故郷シンガポールの香りが漂う。英語以上に強い孤立語性を備えた中国語マインデッドな英語、という点で。

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 邦題『クレイジー・リッチ!』にわたしが怒らない、もう一つの理由。
 それは――先ほどの「ここがアジアだから」と矛盾するようだが――『Crazy Rich Asians』というタイトルそのままで通した場合、その中の「Asians」の部分に、日本人が感情移入できるか否か、確信が持てないからだ。

 時おり日本人は、こう発言する。
 「アジアで横行するコピー商法」。あるいは「アジア人はマナーが悪い」。

 うむ、往年の特撮番組『猿の軍団』から●●書店まで、日本には世界に誇るべき模倣歴がある。また、かつて日本人は「観光地を荒らす不作法なエコノミック・アニマル」と呼ばれていたことを考えると、マナーの悪さもワールド・フェイマスだ。
 では、「アジアで横行するコピー商法」「アジア人はマナーが悪い」という発言は、そうした過去(だけではないが)を省みた自重や自嘲や自戒だろうか?

 否。
 それらは、あくまで「日本以外のアジア」を標的とした発言だ。彼らの多くにとって「アジア」とは日本を含まない地域であり、日本はアジアではないサムシング・エルスだから。
 そんな彼らがマジョリティだとして、この映画が『クレイジー・リッチ・アジアンズ』と題された場合、日本マーケットではどうなるか?
 彼らの脳内は「爆買い中国人」のイメージで埋め尽くされ、シンガポールを築いたプラナカン(Straits-born Chinese)の歴史なんて吹っ飛ぶだろう。
 もちろん、その認識自体がビッチアスなのだが。

 先ほども書いたように、この『クレイジー・リッチ!』は、Asian Americanを中心に世界各地のAsian(アジア系&アジア人)が集って作り上げた作品である。
 今一度、このAsian Americanというタームに注目されたい。これは、広く東アジアや東南アジア、さらに南アジアを故地とするアメリカのマイノリティが――「日系」「中華系」「韓国系」「フィリピン系」等の出自によって分断されるのではなく――共に苦しみ、共に虐げられてきた者として団結できるよう、1960年代に考案されたものだ。
 発案者は学者にして人権活動家、日系人のYuji Ichiokaなのだぞ!

 まあ、日本人は日系人にすら冷たい印象もあるからな。

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 9月後半。その映画『クレイジー・リッチ!』の試写会でトークをした。翌日、この映画に関するツイートを見てみたのだが……
 国籍/民族/文化/アイデンティティに対して日本人が抱いている意識の低さを思い知った。

恋人の母親(中国人)がヒロイン(中国系アメリカ人)に言い放つセリフ「あなたはバナナ。外見は中国人でも中身はアメリカ人」が印象に残りました。これをハリウッド作品で描くのは、とても意義深いことかと。
https://twitter.com/kasa919JI/status/1042091991788544000

 ……ヒロインを「中国系アメリカ人」と呼ぶなら、恋人の母親だって「中国系シンガポール人」とせねばおかしいだろう。

 さらには、こんなタイトルがついた記事まである。

 『クレイジー・リッチ!』は、いかにしてアジア人だけの映画で全米3週連続第1位を成し遂げたのか?アジア系ポップカルチャー評論家 丸屋九兵衛氏が解説!
http://cinefil.tokyo/_ct/17206820


 「アジア系ポップカルチャー評論家」は、このトークショーのためにわたしが捏造した肩書きだから、無視してくれ。
 問題は「アジア人だけの映画」という部分だ。
 わたしゃ、そんなことは一回も言っていないのに。

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 前出の原作者ケヴィン・クワンを例にとろう。

 先ほど「中華系シンガポール系アメリカ人」と書いたが、それはつまり、「エスニシティは中華系**で、生まれ育ちはシンガポール、現在はアメリカ市民権を持つ」ということだ。
 ややこしい?
 いや、世界にはこの程度の複合的な出自を持つ人間はナンボでもいるぞ。

 元祖ミスター・スポックことレナード・ニモイはユダヤ系ウクライナ系アメリカ人だ。エスニシティはユダヤ、父母はウクライナ生まれでアメリカに移民し、ボストンで生まれたのがレナード、ということである。
 一方、元祖カーク艦長ことウィリアム・シャトナーは、ユダヤ系オーストリア・ハンガリー帝国&ウクライナ&リトアニア系カナダ人である。この場合は、祖父母の全員がエスニシティはユダヤだが、それぞれオーストリア・ハンガリー帝国やウクライナやリトアニアの出身あるいは在住歴を持ち、本人はカナダ生まれでカナダ国籍、ということだ。

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 映画『クレイジー・リッチ!』に戻ろう。
 金持ち一族のメンバーを演じるロニー・チェン(Ronny Chieng)という男がいる。いま最も旬なアジア系コメディアンの一人で、主な活躍の場はアメリカだ。だが実際には中華系マレーシア系オーストラリア人。つまり、エスニシティは中華系、生まれはマレーシア、その後でオーストラリア国民となったようだ***。ここまではシンガーのChe'Nelleと同じである(彼女の姓はLim、つまり林だ)。
 ただしロニー・チェンが育ったのはアメリカ合衆国ニューハンプシャー州とシンガポールだったというから、当方の予想を超えるインターナショナルさ! 彼の番組が『Ronny Chieng: International Student』と題されているのは伊達ではないのだなあ。

 つまり。
 彼にせよ、主演のコンスタンス・ウーにせよ、監督のジョン・M・チュウにせよ、「アジア系」ではあっても「アジア人」ではないのだ。だって、アメリカ人もしくはオーストラリア人なのだから。
 アジア系アメリカ人を「アジア人」と呼ぶならば、アフリカン・アメリカン(アメリカ黒人)のことは「アフリカ人」、アメリカ白人のことは「ヨーロッパ人」と表現してくれ。それならわたしも納得する。

 まあ、「アメリカ英語で単にAsianと表現した場合でも、それがアジア系アメリカ人を意味することもある」という現状が、話をさらにややこしくしている。確かに、それは事実だ。
 だが、それを日本語で考えるときに注意を払うのは我々のほうの責任だろう。
 「~人」という言い方はもとより曖昧なものだし、日常会話なら曖昧なままでいい。だが、こういう話題の時は、より繊細に使い分けるべきではないか。

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 その土地に住んでいる人は、「国名+人」「大陸名+人」。
 その土地にルーツがある人は、「国名+系」「大陸名+系」。

 エスニシティはエスニシティ。
 国籍は国籍。
 ルーツはルーツ。
 現在地は現在地。
 だって君たちホモ・サピエンスは、移住する動物なのだから。

 その事実に対する無理解が、宮本エリアナに対する逆風だったり、古くは黒シール事件だったり、新しくは大坂なおみ記者会見のアレコレやったり……を生んできたのだと思う。

 そのあたりを突き詰めると長くなりそうなので、またの機会に。

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【注釈】

*細かく言うと「出演者の大半をアジア系&アジア人が占める映画で、現代を舞台にしたもの」として25年ぶり、らしい。よくは知らない。わたしに映画リテラシーを求めるな。

**中国系ではなく「中華系」と表現しているのは、中華人民共和国の成立以前、おそらく清帝国の時代にマラッカ海峡領域へとやってきた移民の子孫と思われるから。

***マレーシア国籍も保持している可能性はある。

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