世の中ラボ

【第102回】鉄道の未来を考えてみる

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2018年10月号より転載。

 はたして鉄道に未来はあるのだろうか。
 唐突にそんなことを思ったのは、ここ数年、渋谷駅周辺の再開発を間近に見てきたからだ。もともと迷路みたいだった駅構内はますます複雑怪奇になり、周囲にはこれ見よがしにどでかいビルが何本も建設中だ。この人口減少時代に何考えてんの?
 いや、渋谷はまだ大都会のど真ん中だからいいですよ。しかし、地方はどうなのか。駅前商店街の廃れっぷりはもはや見慣れた光景だけど、地域の足だったローカル線や寝台列車の廃止が進む一方で、新幹線は北陸へ、北海道へと伸び、たわけた値段の豪華観光列車も大はやり。東京駅舎は立派に生まれ変わったけど、新幹線ホームは過密状態。なんだかすべて、ちぐはぐに思える。
 国鉄の分割民営化(1987年)から三〇年余。そういえば近頃の鉄道事情はどうなってんの? 民営化で赤字は解消されたのか。サービスは向上したのか低下したのか。乗りかかった列車である。この機に考えてみることにした。

収益が上がればそれでいいのか
 まず、石井幸孝『人口減少と鉄道』から。著者はJR九州の初代社長で、私が想像していたのとはだいぶちがう本だった。が、いまのJR各社がどうなっているかは、なんとなくわかった。
 先に整理しておくと、87年の民営化で旧国鉄はJR七社(北海道・東日本・東海・西日本・四国・九州・貨物)に分割されたが、貨物はひとまずおくとして、旅客六社は異なる条件の下でスタートした。本州三社(東日本・東海・西日本)が当初から黒字が見こめたのに対し、「三島会社」と呼ばれる本州以外の三社(北海道・四国・九州)は構造的に赤字が必至とされていたのだ。
 三島会社が赤字になる理由は、過疎化すなわち人口減少である。鉄道の採算は人口密度によると石井はいう。一平方キロメートルあたりの人口密度が三五〇人以上なら黒字、それ以下は赤字。2015年現在、もっとも利益率の高いJR東海は五一一人、もっとも厳しいJR北海道は六八・二人。しかし、いまは黒字の本州三社も楽観してはいられない。人口減少時代に入った現在、本州三社も三島会社と同じ道をたどることは明らかだからだ。
 かくて「成功例」として紹介されるのが、自らが変革の指揮をとったJR九州のケースである。JR九州エリアの人口密度は一平方キロメートルあたり三〇七人で、三島会社の中では恵まれている。だが、九州では高速バスが発達しており、輸送業だけではとても太刀打ちできない。全国に先駆けて人口減少の局面に入った九州は待ったなしだった。そこで彼は二つの打開策に出た。
 ひとつは車両の一新である。工業デザイナーの水戸岡鋭治を起用。89年に運行がはじまった観光列車「ゆふいんの森」を皮切りに、特急「つばめ」「ソニック」「かもめ」など、次々に斬新なデザインの車両を開発。この延長線上で、2013年には「世界一の寝台列車」をうたうクルーズトレイン「ななつ星in九州」の運行がスタートする。三泊四日コースの料金は五〇~八〇万円と高額だが、人気は沸騰、現在も平均予約倍率は二〇倍である。
 もうひとつは多角経営の導入だ。石井はそれを近鉄グループに学んだという。他の私鉄とちがい近鉄はローカル線も抱えているが、旅行会社、ホテル、百貨店など、鉄道事業の一〇倍近い規模の多角経営し、そのすべてがブランドとして確立している。「これだ!」と思った石井は、JR九州の社員を多様な業種に出向させて見聞を積ませた結果、みごと多角化に成功。〈JR九州では、いまや鉄道と並び大型不動産の開発・販売・賃貸業が主な収益源になっている。なかでも駅ビル開発と店舗賃貸、それにマンション事業が利益の中核だ。ホテル・飲食業がそれに続く〉のだそうだ。
〈輸送業で食える本州はそれでいい。しかし九州は過当競争だからそれだけでは選ばれない。「かっこいい」とか「洒落ている」「話題性がある」という「感性的価値」で人が動く〉と石井はいう。〈とっくに超高齢化社会に入っているのに鉄道業界の対応は遅いと言わざるを得ない〉と。
 観光開発と経営の多角化。「プロジェクトX」というか「カンブリア宮殿」というか、経営者の発想では、まあそうですよね。JR九州の車両が魅力的なのは鉄道ファン以外にもよく知られるところだし、経営の多角化による収益が赤字路線の維持を可能にするという論理も理解はできる。だけど、何かどこかがズレている気がするのよね。石井はJR九州が開発したパン屋の人気を自慢するが、パンはパン屋に任せておけばいいじゃん。
 その点、上岡直見『JRに未来はあるか』は逆。徹底して乗客目線、市民目線でJRを批判した本である。
 上岡はまず、国鉄分割民営化の理由付けになった「ローカル線と赤字」の問題をとりあげる。70年代以降、モータリゼーションの到来で国鉄の業績はたしかに低下したが、その原因は必ずしもローカル線ではなく、新幹線の建設費などがかさんだ結果だという。そのしわ寄せは在来線に来て、80年代には新幹線以外のスリム化が求められ、軌道の総延長も車両数も低下した。都市のラッシュ時の詰め込みなどは、そのためだというのである。
 収益至上主義の体質は、現在のJR各社にも残っている。
 石井が胸を張る多角経営にも、上岡は批判的である。人口減少化社会で、JR各社が存続するために関連事業に手を出すのは仕方がないとしても、逆にいえば、本体である鉄道事業そのものへのインセンティブは下がっている。2016年に自社の鉄道ネットワークの半分を放棄すると発表したJR北海道でさえ、札幌駅前に三八階建ての「JRタワー」を建設した。〈このような現状は、株主からは高い評価を受けるかもしれないが「利用者の立場に立った足になった」という評価に相当するであろうか〉。
 豪華観光列車にも、彼は厳しい。JR九州の「ななつ星」、JR西日本の「瑞風」、JR東日本の「四季島」など新しいビジネスとして注目されているクルーズトレインは在来線を走っている。つまりは〈JR各社が経営の負担として極限までサービスレベルを低下させている赤字線がなければ成り立たない〉「廃線商法」で、周遊先では若干の観光収入が期待できても、抜本的な解決策とはいえず、地域の交通機関としては意味がない。むしろ〈「金持ちの遊び」「鉄道マニアの郷愁」という反感を招いてローカル線不要論を加速する契機になりかねない〉と。
 わっ、そこまでか! とは思うが、これは鉄道の本質にかかわる批判といっていいだろう。鉄道はそもそも格差是正のシステムだったのだと上岡はいう。現代の生活に即していうと、最寄りの医療機関や食品スーパーに公共交通機関で行けなくなれば、生活の質の低下、つまり格差の拡大を意味するのだ。高速道路も赤字なのに、鉄道だけがいつも廃止論にさらされる。路線ごとの収支だけを基準に「存続の意義がない」と評価することはできないという。まったくその通りだ。しかし、では鉄道を再生させる道はあるのだろうか。

人口減少時代に必要な鉄道とは
 ひとつのヒントとなるのが田中輝美『ローカル鉄道という希望』だろう。著者は巻頭で〈ローカル鉄道こそ、いま、ローカルにイノベーションを起こす最前線となっているのです〉と豪語する。これは単なる希望的観測ではなく、意外にも2013年度、全国八二のローカル鉄道のうち、六割で乗客数が増えている。
 全国のローカル鉄道の撤廃や廃業の流れができたのは、そんなに古い話ではない。キッカケは2000年。鉄道事業法が改正され、国土交通大臣の許可が必要だった路線の撤退が、廃止届けを提出するだけでできるようになったのだ。その結果、全国で三五路線、六七三・七キロメートルの鉄道が廃止された。
 そうか、大規模小売店舗法の改正(1992年)が商店街を廃れさせ、鉄道事業法の改正が鉄道の廃線を加速させたのか……。
 現在でも〈ローカル鉄道は、何も手を打たなければ、乗客が減るのが当たり前の環境にある〉のは変わらない。しかし、中には乗客がV字回復した鉄道も存在する。
「ぬれ煎餅」で人気になったものの脱線事故でピンチになり、地元の高校生がクラウドファンディングで車両の修理費を集め乗り切った銚子電鉄(千葉県)。住民の寄付を募って大正時代の駅舎の横に三〇〇~五〇〇万円かかるトイレを新設、これを機に住民参加の運営が進んだ北条鉄道(兵庫県)。乗客をサポートするアテンダントを乗せて、高齢者へのサービスを向上させたえちぜん鉄道(福井県)。自転車が積める車両を運行させ、列車とバスの時刻の連携を進めた熊本鉄道(熊本県)。いずれも一度は廃線の危機に直面したローカル鉄道だ。
 成功の要因はいろいろだが、共通しているのは、どのローカル鉄道も地域の特性を徹底的に吟味したうえで、地域住民との連携をはかっていることだろう。要は地域ファーストだ。
 もちろん長距離移動を担う大企業のJR各社と、小規模経営理の地方のローカル鉄道とでは事情が異なる。だが、人口減少時代の鉄道を考えるなら、著者の田中がいうように、車もバスもタクシーも〈他の交通は「ライバル」ではなく、手を携えて共存すべき「仲間」なのだ〉という方向への発想の転換が必要だろう。ローカル鉄道の運営者たちが口にする〈鉄道会社の仕事は、駅から駅へ人を運ぶことだけじゃない〉〈地域をこれ以上、さびれさせない。その手段が鉄道なんだ〉などの言葉は傾聴に値する。
 多様化が求められる時代である。経営の多角化で集客力のある駅ビルを、なんて発想自体が、なんか古いんだよね。

【この記事で紹介された本】

『人口減少と鉄道』
石井幸孝、朝日新書、2018年、760円+税

 

著者は1932年生まれ。東大卒業後、国鉄に入社。87年から2002年までJR九州の社長と会長を歴任した。経営を軌道に乗せた立役者だけあり自慢タラタラだが、国鉄がなぜ凋落したかという原因も鋭く言及。長距離トラックに対抗すべく新幹線の大動脈を物流に活用せよ、深夜の時間帯もフルに活用して夜間の「走るホテル」などの観光列車を強化せよ、といった具体的提言も。

『JRに未来はあるか』
上岡直見、緑風出版、2017年、2500円+税

 

著者は1953年生まれ。79年の当時の国鉄全線を完乗した鉄道研究家。現在のJRは「親方日の丸」から「親方株主」へ、「画一的なサービス」から「格差の拡大」へ、だなどと批判。サービス、安全性、ローカル線切り捨ての構造など、あらゆる角度から、分割民営化後のJRの三〇年を検証する。全体に辛口すぎるきらいはあるが、データを駆使して相手に有無を言わせぬ姿勢に脱帽。

『ローカル鉄道という希望――新しい地域再生、はじまる』
金田中輝美、河出書房新社、2016年、1500円+税

 

著者は1976年生まれ。山陰中央新報記者を経て、現在は島根在住のローカルジャーナリスト。96年から二〇年かがりでJR全線を完乗した「乗り鉄」。一五のローカル鉄道を自ら取材し、紹介する。各鉄道を紹介したレポートも興味深いが、ローカル鉄道には中(地域住民)と外(観光客など)の両方を意識しなければならないと指摘、ローカル鉄道の意義を説いた総論も説得力大。

PR誌ちくま2018年10月号

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