ちくまプリマー新書

『植物はなぜ動かないのか--弱くて強い植物のはなし』

強さとは何か?

 植物にも強い弱いがある??

 植物学というと無味乾燥でつまらないというイメージがあるかも知れない。

 学生時代に私が植物を研究することになったきっかけも、正直に言えば、植物が扱いやすいということも理由の一つであった。何しろ植物は勝手に動き回ったり逃げ出すことはないし、切り刻んでも痛がったりはしない。しかし、植物を研究し、植物について知れば知るほど、植物のダイナミックでドラマチックな生き方に惹かれるようになった。

 植物は争いのない平和な生き方をしているように見えるかも知れないが、そうではない。太陽の光を巡って植物どうしは激しい戦いを繰り広げているし、土の中では根っこどうしが水を奪いあって熾烈な戦いを繰り広げる。牙を剥いたり、角を突き合わせるようなことはないが、植物も互いに戦っているのだ。

 植物の中には、強いものもあれば、弱いものもある。中でも弱い植物の代表格が雑草である。雑草は強いというイメージがあるかも知れないが、植物学では、雑草は弱い植物とされているのである。雑草は、他の植物との戦いに弱いから、他の植物が生えることのできないような場所に生えている。それがよく踏まれる道ばただったり、草刈りされる公園だったり、よく耕される畑だったりするのである。他の植物との戦いからは逃げているが、逆境の環境と戦っているのだ。植物は何気なく生えているような気もするが、実際には自分の得意な環境を選んで、勝負をしているのである。

 雑草は踏まれても踏まれても立ち上がるというイメージがあるかも知れないが、実際には雑草は何度も踏まれると立ち上がらない。そもそも、どうして立ち上がらなければならないのだろう。植物にとって、もっとも大切なことは、花を咲かせて種を残すことである。そうだとすれば、踏まれても立ち上がるという無駄なことにエネルギーを使うよりも、踏まれながら種を残すことの方が大切である。だから、雑草は立ち上がらないのである。

「強さ」とは何だろう?

 植物の生き方を見ていると、そう考えさせられる。

 筋肉むきむきで、けんかに負けないことも強さだが、じっと歯を食いしばって耐え抜く強さもある。いやなことを毎日コツコツとやり続けるというのも強さだ。そして、踏まれても蹴られても、大切なことを見失わないという強さもある。

 

 そんなことを考えていたとき、筑摩書房の編集者から「弱くて強い」をテーマに、若い人に向けた植物の本が書けないかという企画をいただいた。最初は「弱くて強い」というイメージがわからずに、何度も質問攻めにしては、編集者をずいぶんと困らせたものだ。

 しかし、迷いながら書き進めるうちに「弱くて強い」という言葉こそが、植物の生き方にふさわしいと気が付いた。植物は動けないし、虫や動物に食べられ放題だが、強く生きている。「強い者が生き残るのではなく、生き残った者が強い」という言葉が正しいとすれば、これだけ繁栄している植物は、まちがいなく強い存在だ。

 私の人生を振り返ってみると、迷ったとき、悩んだとき、いつも植物の生き方からその答えを学んできたように思う。私の経験から言えば、植物学は、じつは社会を生き抜く上でとても役に立つ学問なのだ。

 植物の生き方はダイナミックでドラマチックである。だから、植物学はおもしろい。本書では、理科の教科書に書かれた植物の裏側に隠された植物の魅力的な生き方を紹介したつもりである。そして、これからの未来を強く生き抜いてほしい読者の方に伝えたかったメッセージこそが、「弱くて強い」という植物の生き方だったのである。

(いながき・ひでひろ 植物学者/静岡大学教授)

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