漫画家入門

第6回 隕石とたまごっちと同胞

2018年7月25日~8月3日

「同胞」というのは、とてもよい言葉だと思いました。

7月25日(水)

 すっかり度を超した夜型になってしまい、昼過ぎに寝て夕方起きるという謎サイクルになってしまった。そうなると当然明け方になっても寝れるわけがなく、持て余した僕は久しぶりに近所の公園へ走りに行った。まだ朝7時前だが、このところの異様な猛暑は早朝でも目玉が煮えているんじゃないかと思うほど暑い。日頃の運動不足が祟ってか半周ほどで力尽き、他の早朝ランナーを尻目にとぼとぼと歩いた。
 公園の入り口付近にある、座面が回転するストレッチ用の椅子にへたり込んでいると、向かいの同じく回転する椅子に高齢の男性が座った。ぐいぐいと腰を回し始めたので、僕もつられてぐいぐいと腰を回したが、その男性と微妙に目が合い気まずくなった。その場を離れ、手持ち無沙汰の自分は木陰でエゴサーチをしてみるも、こんな時間に自分のことを呟いている人などもちろんいない。
 そうこうしているうちに、その公園内にある野球場にユニフォーム姿の若者たちが集まりだした。平日の朝から元気だなと感心したが、世間の学生はすでに夏休みだ。祝日とは無縁の仕事柄か、外出でもしないかぎり体感的に夏休みを感じることはまずない。夏休みが自分と無関係になってもう何年経つだろう。ひるがえって、このメリハリのない生活は年中が夏休みといえなくもないが、だとしたら僕は明らかに宿題を後回しにしているタイプの子供だ。
 昼に蘭ちゃんと栗原くんがやって来た。昼になると昨日までの暑さほどではなかったとはいえ、折しもエアコンの効きが悪く二人とも暑そうだ。僕は結局寝れなかった。寝れなかったことはいいとして、さっきから両腕が不自然に痺れているので「これ熱中症かな?」と聞くと、蘭ちゃんが「更年期障害じゃないですか?」などという。蘭ちゃんは僕をどうしても年寄り認定したいらしい。少し朦朧としてきたので、二人に今日分の仕事の指示を出し、久しぶりにベッドで寝た。
 夕方に起きると痺れは治っていた。寝ればだいたい治るというのは自分の良いところだと思う。夜に彼女の家でご飯を食べる約束をしていたので、二人に家の鍵を任せ、車で彼女の家へ向かった。
 予定より少し遅れて家に着くともう夕飯の準備ができていて、彼女と彼女の息子、それと僕の三人で鉄火丼のようなものを食べた。彼女の家のテレビは大抵ディスカバリーチャンネルが流れていて、今日もそれを三人でぼんやりと眺めていた。
 番組の中で隕石の解説が始まった。僕は内容もわからないまま、気持ち半分で画面を見ていたのだが、彼女の息子が「直径10㎞の隕石が落ちて来たら、東京はどれくらいの被害が出るか」と聞いてくる。僕は少し考えてみたが、もちろん正確に答えられるわけもなく、「速度にもよるけど、そんなに大きかったら東京は消し飛ぶんじゃない?」と適当に返答した。すると「ふーん」といった表情で、僕の答えに満足していない様子だ。しばらくすると今度は「1ミクロンの隕石が時速1兆キロで落ちて来たらどうなるか」と無茶苦茶な単位の質問をしてくる。一応真面目に考えて「一瞬で地球を貫通するけど小さすぎて誰も気づかない」と僕が答えると、彼女の息子はゲラゲラと笑った。子供の笑うツボはよくわからないが、悪い気はしなかった。じゃあじゃあと言わんばかりに今度は「直径1000兆キロメートルの隕石が地球に落ちて来たら」と聞いてくる。僕はパッと閃いて「それは隕石が地球に落ちているとは言わない。隕石に地球が落ちている」と、とんちの効いた回答をしたつもりだったのだが、あいにく彼女の息子はノーリアクションだった。もう隕石の話はいいよと僕は思った。
 彼女の息子が寝たので、リビングで彼女ともう少し大人の会話をしていた。しばらくしたのち、彼女が脈絡なく「負けず嫌いでごめんね」と言い出した。僕ははじめその言葉の意味が理解できず、「そうですか」と生返事をしていたが、よく聞いてみると、先ごろから何度か沸き起こっている運転中の意地の張り合いことを言っているらしい。一人で運転し、この家に通っている僕に対して、未だ一人で運転する自信のない彼女は、いよいよ自分に運転の才能のなさを認めざるを得なくなったようなのだ。僕に詫びたいようだが、実際そこまで卑屈になる必要はないように思う。すぐに慣れるよ、と僕はできるだけ優しく励ましたにも関わらず、「いや、自分には運転の才能はない」と言って聞いてくれない。なんて負けず嫌いな人だろう。
 しかし元来、僕もなかなかの負けず嫌いなのだ。運転中の不慮の事態に備えて耐性を身につけようと、免許取得後、YouTubeで「危険運転まとめ映像集」を何十時間も観ている。一応そういう努力はこそこそと続けていたのだ。おかげで運転時に大クラッシュし、横転し、トラックに挟まれ無残な死に様となった自分の情けない姿が一日中脳裏を渦巻いている。
 午前1時を回ったあたりで彼女の家を後にした。帰り道はもう慣れたものだ。自宅の玄関先へ入る路地で一時停止し、ギアをバックに入れる。いつもはバックモニター頼りで駐車しているのだが、今日は目視で駐車してみようと急に思い立った。後方に見えるドアとの距離感を頼りに、できるかぎり慎重に後退したつもりだったが、そろそろいいかなと思った矢先に後方からベコンと大きな音がした。
 スッと血の気が引き、ギヤをドライブに戻し前進すると再びベコンと音がした。しばらく逡巡し、強烈にタバコが吸いたくなったが、この車は禁煙者だ。車を降り確認をすると、右後方のテールライト付近に塗装が剥がれた太い跡がはっきり刻まれていた。バンパーくらいは外れたかもしれないと思っていたが、特に大きく変形している様子はない。玄関先のインターフォンが取り付けてあるコンクリートの柱に一度めり込み、そして元に戻ったらしい。どういう素材なのかよく知らないが、最近の車はよくできているんだなと感心してしまった。僕自身はまっすぐ走ってくれるならこの程度の傷は気にならないのだが、これは自分の車ではなく彼女のものだ。画像付きで彼女に「ごめんね」とメッセージを送ると、「きゃーは」とすぐに返事があった。どういうニュアンスなのか判断しづらいが、怒ってはいないようなので安心した。しかし明らかに初めての運転ミス。自分のショックの受けなさが逆に意外だった。YouTubeの見過ぎで感覚が麻痺してしまったんだろうか。
 部屋に戻るとうなぎが仰向けになって寝ていた。白目を剥いているのではじめは死んでいるんじゃないかと驚いたが、よく考えるといつもうなぎはこういう顔で寝ている。腹を優しく撫でてやり油断させたあと、一気にヘッドロックをして薬を与えた。うなぎは薬を飲み込むと一目散に逃げていったので、今度こそ嫌われたかなと心配になったが、数分後には僕の足元で何食わぬ顔で寝始めた。
 自分が想定していることと、現実で起こること、そしてそれに対する自分の感想が、どうもいまいち噛み合わない。もう全部熱中症のせいにしてしまおうか。もしくは更年期障害の始まりか。

 

7月27日(金)

今日はこの日記連載の公開初日だった。本来は畑違いであるはずの活字の仕事だ。読者の反応が無風であろうことは覚悟していたので、いつもよりエゴサーチは控えめにしておいた。
 今日はゆかちゃんと富田くんが手伝いに来てくれている。ゆかちゃんが日記読みましたよと言うので、感想を聞くのも野暮かと思い、「読む人が癒されるような連載にしたい」とだけ伝えると、「ただの神経質な人の日記」と返された。
 そうですか。

関連書籍