加納 Aマッソ

第6回「売れたら、どの番組に出たいですか?」

 芸人になってもうすぐ10年が経とうとしているが、テレビや芸能界に対して抱く感情が、小さい頃も今もさほど変わっていないな、とふと考えた。そしてこの自己認識には、多少の気持ち悪さが伴った。それは、そんなはずはないと思うからである。しかし、数少ない番組出演の中で得られたものがほとんどといっていいほど手の中に残っておらず、現在もアプローチの糸口を掴んでいるようないないような、少し首をかしげたように過ごしているといった頼りないこの状態が、かつて思い描いていたものとの違和感を、いまの自分にどうやら感じさせていないようである。
 テレビの世界には面白い人や綺麗な人がわんさかいて華やかだが、その一方で仕事は仕事。その場で求められる能力が高い人が偉い。莫大なお金も動く。黒い部分も少なからずあるだろうけど、そんなことはもちろん周知の事実。売れたらその時点でゴールなわけでもないし、栄枯盛衰、常に不動のものはない。面白い番組も視聴率が悪ければガンガン終わる。こう書いてみると、さも私が昔からテレビになんの理想も持たずに冷静に見ていたように思える。そうではない。「目が悪くなるから離れろ」と言われるくらい、文字通りかじりつくように見ていた日々は決して短くはなかった。では私は今まで、一体テレビの何を見ていたのだろうか。

 思い返せば、多くの場合それは「ライブ」だった。お客さんが入った状態での漫才番組やトーク番組、そしてそもそもが劇場の舞台で行われている新喜劇。ダイレクトに反応が返ってくることで、演者はお客さんからその瞬間瞬間に必ず「ウケ」というジャッジを下されていた。そのジャッジは他のどんな番組と比べても、とてもクリアでシンプルだ。そして、それを見ていた私を含むお調子者の中学生達は、友達(客)がいれば演者になれることを知った。そして、演者になることに夢中になる。毎日が彩られていくのを肌で感じた。そう、テレビは面白いし、何よりありがたいものだったのだ。いわば生きる上での楽しみ方を教えてもらっていたようなもので、「飛び込みたい場所」とは考えていなかった。芸人になりたいは、そんな休み時間をずっとしていたいと同義だったように思う。
 そんな具合であるものだから、芸人になって以来、オーディションや取材で何度も投げかけられて何度もぶち当たってしまう質問がある。
「売れたら、どの番組に出たいですか?」
 これだ。これにはとにかく閉口する。出たい、と思ったことがなかったからである。しかしキャスティングする側からすれば当たり前の質問であり、何をやりたいのかはハッキリと明示してもらわないと困る。でもこちらとしては、適当な番組名を言うことの不誠実をなかなか振りかざすことができないもので、とても歯切れが悪いとは分かりながらも「うーん、そうですねぇ」となってしまい、毎回なんとも言えない顔をさせてしまうのだ。やりたい番組ならあるんですが……というところまでは、ペーペーは到底いけない。

 数年前に、売れた先輩とまだ売れていない先輩と私の3人で、食事に行ったことがあった。売れた先輩が仕事での苦労を話した後、売れていない先輩が不満そうに「ちょっと! 売れたなら、もっと楽しそうにしてくださいよ!」と言った。売れることだけを目標にしている身からすれば、売れても辛いという現実は受け入れ難く、その言葉はとても切実だった。「色々あるんだよ」と漏らした売れた先輩の言葉も、私には「思っていたのとちゃうかった」と言っているように聞こえた。私はどちらの気持ちにも寄り添い切れず、目の前にあった、売れていない芸人なら誰でも大好きな唐揚げが、手をつけられることなく冷めていくのを眺めていた。唐揚げは、頼まないか、ばくばく食うか、二択でないとあかんよなぁ、と漠然と思っていた。
 それにつけても、媒体はネットを中心に広がっていくばかりだ。お笑い番組が少なくてやりたい事をやれない、は言い訳にしかならない時代がきた。テレビで見てきたものと、これから表現していくものは、どんどん異なってくるかも知れない。何を指針に、どのフィールドで、いかようにして。2W1H。
 楽しく売れることを目指すことは、良くないことだろうか。  

 

次回の更新は11月28日(水)です