単行本

組織を活性化する原動力とは何か

桑原才介『居酒屋甲子園の奇跡』

「居酒屋から日本を元気にしよう!」──13年前に4人の若者から始まった「居酒屋日本一を決める」試みは、着実に参加店舗が増え、毎年5000名の観客を動員する一大イベントへと成長した。無茶だ無謀だと言われながらも、業界の風を大きく変えることができたのはなぜか。次々に人を巻き込み、組織や地域を驚くばかりによみがえらせる、その原動力とは何なのか。創設から13年、若者たちの格闘の日々をたどったノンフィクション『居酒屋甲子園の奇跡』より、プロローグをご覧下さい。

 2017年11月14日、午前10時。
 パシフィコ横浜のゲート前にはすでに大勢の人が開場を待っている。
 カウントダウンと同時にロープが解かれ、一群の若者たちがわれ先にと入場し、席を埋めていく。まるでアイドルのコンサート風景のようだが、彼らの多くは居酒屋で働く店員たちだ。これからこの場所で、居酒屋甲子園全国大会が開かれる。
 居酒屋甲子園は、12年前に居酒屋日本一を決める大会として始まった。全国各地の繁盛店がわれこそはと名乗りを上げ、予選を勝ち抜いて、このパシフィコの壇上を目指す。そしてその全国大会の勇姿を見に、全国の居酒屋関係者が集結するのである。
 今年はどんな店舗がステージにあがり、何を語るのか。客席の若者たちの顔が期待にあふれている。会場の熱気に、私は自分がまるで場違いなところに迷い込んでしまった気さえした。
 ギターの爆音の中、地区大会で優勝した12店舗が優勝旗を手にステージに登場する。会場を埋め尽くす観客を前に、若き居酒屋店主たちはみな誇らしげだ。
 じつにいい表情だ、と思った。

 2006年の第1回大会は、2000名の観客が日比谷公会堂を埋めた。第2回以降、5000名収容のパシフィコ横浜に会場を移し、やはり毎年満席になる。
 当時の参加店舗は236、スポンサーとなるサポーター企業は60社だった。いまや、エントリーする店舗は1765、サポーター企業は140社を超える。
 エントリーは無料ではない。参加料を納めて、覆面調査を受ける。一般のお客として来店した調査員が、電話対応から入店時の接客、料理の提供時間、清潔度まで、約50の項目をチェックする。結果は点数化され、3回の合計得点で勝ち抜く店舗が決まる。これが予選だ。うちの店が一番、という経営者の自負だけでは勝ち上がれない。日頃の営業における顧客満足度が問われているのである。
 最終的に全国大会の壇上が決まると、20分間のプレゼンで自店の取り組み、日々の営業に向かう想いを観客に訴える。どんな失敗をしたか、なぜだめだったのか、仲間同士で話し合い、試行錯誤の末にどんな工夫をこらし、どんな思いで日々の営業に向かっているかを、スタッフが交代で発表する。
 接客、調理のこだわりだけではない、スタッフ教育の仕組み、チーム作りの成功事例、地域や生産者とのつながり方、挙句には原価率まで、店の経営のすべてを気持ちよく公開する。ノウハウはビジネスの核心だ。肝腎なところはたいてい秘密にしたがるものだが、彼らにそんな様子が微塵もないことに驚いた。
 それ以上に、壇上のスタッフたちの自信に満ちた姿に、素直に感動した。10代、20代のアルバイトも、店長も料理長も経営者も、等しく壇上に並んで、仕事の素晴らしさ、面白さを熱く語る。こんなイベントがこれまであっただろうか?
 居酒屋が好きだ。居酒屋という仕事が好きだ。お客様に笑ってもらえて、喜んでもらえることが何より楽しい──。彼ら、彼女らが壇上で語るあまりに直截な言葉に、私もいつしか、そうだ、その通りだ、と心のなかで快哉をあげていた。
 私と同じように、共感と驚きをもって5店舗のプレゼンを聞いた観客の投票によって、最終的に日本一が決められる。全店舗がステージを降りて客席を通って退場する。敗れた者にも、惜しみない拍手が送られる。
 優勝した店舗が最後の挨拶で、「同じ居酒屋という舞台で働く仲間として」と聴衆に語りかけた言葉が印象的だった。セミナーや勉強会の案内は私のところにも続々と届く。だが、参加者がこのような生き生きした表情をするイベントは他にはないし、同業者のことを「仲間」と呼ぶ集まりもないだろう。
 居酒屋甲子園の集まり方は、明らかに何かがちがう。
 私は長年、外食産業の周辺を取材してきたが、こんな集まりや交流の仕方は、居酒屋業界にもどんな業界にもなかった。
 いったい彼らを突き動かしているものは何なのか。
 彼らはなぜ、このように生き生きと、晴れやかな顔をしているのか。

 居酒屋甲子園の大会を見て、自分たちも同じようなイベントをしたいと他業界に拡がる動きがあるという。介護、旅館、エステ、建設職人、パチンコ、会計事務所、トラックドライバー……多くの業界が居酒屋甲子園にならった自分たちの甲子園をつくりだしている。まちがいなく、居酒屋甲子園の空気に彼らは共鳴しているのだ。
 その共鳴は、海外にまでおよんでいる。日本に経営やオペレーションを学びに来た中国の飲食企業が、居酒屋甲子園を見学した。いたく感激したもようで、翌年、翌々年と見学したいという企業が増えていき、250人が大挙して全国大会の観戦に来るようになった。そうなるとぜひ中国でもやりたいと、2015年に中国版居酒屋甲子園「中国好饗庁」が上海で開催された。覆面調査から書類審査まで、仕組みは日本の居酒屋甲子園をそっくりそのまま使い、初年度から1000店舗のエントリーがあったという。
 業界を越え、国境を越えていく。
 いったい、居酒屋甲子園の何がこのように伝染していくのだろう。

 彼らを取り巻く居酒屋業界の状況は、かならずしもよいとは言えない。
 80年代、90年代にフランチャイズによって急速に店舗拡大し、株式を上場して外食の「産業化」を牽引していたかつてのプレイヤーたちも2000年代に入ると失速し、元気だったころの面影はもはやない。
 長引く不況、人口減に高齢化、若年層の酒離れ、コンビニやスーパーなどの中食の拡大、ちょい飲みに代表される低価格化、食材価格の高騰、人件費の上昇、長時間労働の問題……業界が抱える問題を数え上げれば切りがない。いや、これはもはや業界の問題ではなく、日本社会全体の問題だ。
 今日の社会で、若者が置かれた立場も分がよくない。覇気がない、志がない、夢がない、元気がない、我慢ができない、根性がないと、低欲望社会の元凶のように言われ、あたかも社会の問題をすべて押しつけられているかに見える。若者が叩かれるのは、私自身が若者だった半世紀前から変わらない世の常ではあるが、あまりにもヒステリックに見える。
 居酒屋甲子園の会場の一隅にいると、なにかまったく別の社会や風景を見ているような気分にさせられる。ただ、これが何を意味するのか、私にはにわかに理解できなかった。
 なぜ彼らはこのように元気なのだろう。
 何を求めて、彼らはここに集うのか。
 若者たちの心を摑み、魅了しつづける居酒屋甲子園とは、一体何なのか。
 その誕生から探ってみたいと思う。
 

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