世の中ラボ

【第103回】「平成史」本から何を知りたいか

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2018年11月号より転載。

 2019年4月30日まで約半年。平成の三〇年を振り返る本が出はじめた。明治は富国強兵、大正が大正ロマン、昭和が戦争と高度経済成長の時代だったとしたら、平成は?
 思い起こせば、平成に入ってからの世界史と日本史は一〇年ごとに激震に見舞われている。西暦でいうと、ベルリンの壁崩壊(89年)からソ連崩壊(91年)に至る冷戦の終結、01年の米国同時多発テロ(9・11)、11年の東日本大震災と福島第一原発の事故(3・11)。そのたびに右往左往して気がつけば三〇年という感じである。よし、勉強し直すか。
 用意したのは『池上彰の世界から見る平成史』、後藤謙次『10代に語る平成史』、片山杜秀+佐藤優の対談『平成史』
 さあ、どの本がいちばん役に立つかな。

「安倍一強」の元凶・小選挙区制はだれが導入したのか
 同じトピックを各書がどう扱っているか見てみよう。
 まず現在の選挙制度、小選挙区比例代表並立制について。「安倍一強」の元凶となったこの制度はいかにして導入されたか。短命に終わった細川護熙政権が導入したってことは覚えてるんだけど……。
 池上本は「リクルート事件」から、選挙の話につなげている。
〈この事件をきっかけに、政治家がお金を必要とするのは、政治にお金がかかりすぎるからだ、お金のかからない政治ができるよう選挙制度を変えようという動きが広がりました。それまでの中選挙区制では、選挙区が広いため大勢のスタッフを確保せねばならず、資金力のある候補者が有利でした。選挙区が狭い小選挙区にすることで、選挙にかかるお金を少なくしようとしたのです〉。
 そういえばそうだったな、と思って続きを読むと……。
〈かくして1994年以降、衆議院選挙は小選挙区比例代表並立制を採用しています〉。
 あれっ、それだけ? それで終わり?
 後藤本はどうだろう。後藤本は「政治を激変させた選挙制度」という章を立て、この問題にかなりのページを割いている。
〈選挙制度の改正は相撲にたとえるなら土俵の大きさやルールを変えるのと同じです。現役の力士なら大反対するはずです。国会議員も同じです。自分が当選してきた選挙制度の変更が自身の当落に直結するからです〉。
 リクルート事件が金がかかる中選挙区制と、派閥政治の問題点をあぶり出した。政治改革を求める声が自民党内からも上がり、「政治改革推進本部」が発足。だが、直後の参院選で自民党は大敗する。かくて小沢一郎と羽田孜を中心にまとまったのが「政治腐敗の撲滅」に加え「政権交代可能な二大政党制の実現」をめざす小選挙区制だったが、この後、自民党は多数の離反者を出す。
 93年7月、非自民の七党一会派からなる細川内閣が発足。首相は小選挙区制の導入を約束したが社会党から離反者が出て、法案は参院で否決された。成立させるには、衆院で再度審議し三分二以上の賛成を得ることが必要だ。94年1月、土井たか子衆院議長の仲介で細川首相と河野洋平自民党総裁が会談、一度は廃案になりかけていた小選挙区制は復活した。こうしてみると、現在の選挙制度は、相当な難産の末に誕生したのである(廃案になればよかったのに)。
 後藤本は池上本が言及していない制度の問題点も指摘する。
〈小選挙区は1人しか党として公認できないことや比例代表区の候補者選びと順位付けに党執行部の意向が強く働き、誰もが執行部に対して自由に発言できなくなるからです。現に12年12月の選挙で政権復帰を果たした安倍晋三政権は「安倍一強」と言われるほどの強い政権になりました〉。
 新制度に強く反対した梶山静六は当時から「新制度は執行部独裁になる」と警告していた。河野洋平は後に〈政治にカネがかかる状況は変わっていない。志と違う状況になって申し訳ない〉(2011年)と語ったが、いまごろいっても遅いわい。
「ポピュリズム」や「劇場型政治」も制度の導入以後だった。〈衆院選挙は「新人大量当選、現職大量落選」の繰り返しといってもいい現象を招〉き、新人議員ばかりになって政治の質が落ち、政治家は小粒になった。〈これだけの欠陥を抱えている制度を根本的に変えようという議論がなかなか出てきません。(略)新たな選挙制度の導入を真剣に考える時期に入っていると思います〉。
 そうだよね。いま小選挙区制を語るなら、ここまでいってもらわないと意味がありませんよね。ただなぁ、後藤本は話が長いんだ。もっと論点を強調しないと、伝わんねーぞ。
 と思いながら、自分も同時代を生きてきた平成史を、なぜわざわざ読むのかが少しわかった。①忘れていた事実関係を整理したい。②あの出来事やこの出来事が、歴史の中でどう位置づけられるかを知りたい。ただ、それだけではない。私は③現時点から見た事実の「評価」を知りたいのだ。小選挙区制のおかげでこんなことになったじゃないかよぉ、どうしてくれるんだ、的な。図版や図解を多用した池上本は便利なのだが、評価部分が物足りない。
 その点、片山+佐藤本は評価の問題にも踏み込んでいる。
 片山〈非常に罪深い政策でしたね。しかもいまだに修正不能のままです。/政権交代が起こりやすい二大政党政治を目指した小沢一郎が小選挙区制を導入し、メディアや政治学者が旗を振った。今になって彼らは、資質が乏しい政治家を生んだ政策を批判していますが、もう手遅れです〉。そうだそうだ、学者も悪いぞ。
 佐藤〈小選挙区制への移行で決定的だったのが、旧社会党のなかの左翼だった労農派マルクス主義勢力が駆逐されてしまったことです。歴史的に日本の社会党を引っ張ってきた左翼社民がいなくなってしまった。同時に土井たか子や辻元清美ら右翼社民が台頭した。小選挙区制の結果、政治全体が右にシフトしてしまったんです〉。
 おお、土井さんや辻元さんが「右翼」と呼ばれてる。
 片山〈保守二大政党制の根底には、政権交代で政治腐敗を一掃するという発想があるでしょう。(略)/端的に言えば、腐敗撲滅が第一で、政党のイデオロギーや主義主張を軽んじている〉。
 そういうことです。掃除のために、今の日本はこうなったのだ。

イラク戦争の嘘と「自己責任論」の台頭
 もうひとつ「イラク戦争」の項を見て見よう。
 評価を避ける池上本も、さすがにイラク戦争は支持していない。
〈「大量破壊兵器を持っているから」というのが攻撃理由だったのですが、大量破壊兵器は発見されませんでした。するとアメリカのブッシュ大統領は、イラクを攻撃した理由を「フセインの圧政からイラク国民を解放するためだった」と言い出すのです〉。
 そうです、許されません。
〈イラク戦争は、果たしてアメリカが起こした正義のための戦争だったのか?/そうではありません。「イラクでの石油採掘権などの利権が欲しかったから」というのが本音のようです〉。
 そこに集約させるのか、と思いながら日本の対応を探すと、コラムでまとめられていた。〈2003(平成15)年には、イラク特措法が成立。日本は非戦闘地域での復興支援のため、自衛隊をイラクに派遣しました。このとき、「非戦闘地域とはどこか」が争点となりましたが、具体的には示されませんでした〉。
 まあ、そうなんですけどね。
 後藤本は、小泉政権の対応をわりと詳しく追っている。米英がイラクへの空爆を開始すると〈小泉首相は再びアメリカを強く支持します。/「危険な大量破壊兵器が危険な独裁者の手に渡ったら、どのような危険な目にあうか……、ブッシュ大統領の方針を支持してまいります」/これに対し国際社会はフランス、ドイツ、ロシア、中国などが強く反発しました〉。
 そうです、反対した国もあったのです。しかもその後、大量破壊兵器が存在しないことが判明する。〈アメリカのパウエル元国務長官は退官後に「生涯の汚点」と認めました。当時、アメリカのブッシュ大統領とともに武力行使に首相として積極的な役割を果たしたイギリスのトニー・ブレア氏も2016年に独立調査委員会が発表した報告書で判断は誤りだったと断罪され、謝罪しました〉。
 じゃあ日本は? 残念、そこまでの言及はありませんでした。
 片山+佐藤本は例によって変則的。イラク戦争には踏み込まず、同時期の「イラク日本人人質事件」を語っている。
 片山〈そこで巻き起こったのが「自己責任論」です〉。
 佐藤〈(略)社会が変わるリトマス試験紙のような役割を果たした事件だった〉。事実、半年後の香田証生さん殺害事件では「殺されても仕方がない」という論調に国民は乗った。
 片山〈一般市民を見捨てた国家を国民が容認したとも言える〉。
 対照的に、03年にイラクで殺害された二人の外交官は〈国葬に準ずるような扱いを受けた〉(佐藤)。
 片山〈一般市民の死は自己責任で、外交官の殉死は「テロとの戦い」という国難の中で大義に殉じたのだから顕彰される〉。
 そうだった。自己責任論はあそこから台頭したのだ。ただ、この本は脱線が多いから平成史の全貌はつかめないんだよな。
 結論。池上本で全体像を把握する。→後藤本で個別事案の詳細を知る。→片山+佐藤本で斜めから考える。どっちにしても一冊では足りないです。三冊セットで読むのが正しい。
 なんだけど、まあ学校で教わる歴史もこの平成史と同じです。何があったか書かれた教科書を読んでも、べつにおもしろくはない。牽強付会でもいい、歴史の解釈に大ナタをふるう本があってもいいんじゃないだろうか。

【この記事で紹介された本】

『池上彰の世界から見る平成史』
池上彰、角川新書、2018年、820円+税

二色刷で地図、年表、論点を整理した図解、写真などを多用。コンパクトながら、チャート式の学習参考書のように編集上の工夫が満載の本。「東西冷戦終結と平成の始まり」というプロローグで二〇世紀末の世界の流れを押さえ、全部で五一の項目に分けて平成の重要事項を簡潔に説明する。凝ってるし、親切設計なんだけど、本文はもう少し知りたいところで終わるのが物足りない。

『10代に語る平成史』
後藤謙次、岩波ジュニア新書、2018年、900円+税

時系列ではなく、「平成政治の主役は消費税」「政治を激変させた選挙制度」「バブル経済の終焉と失われた20年」など、テーマ別の一〇章に分けて解説。誠実に書かれた本ではあるが、章ごとのトビラに写真があるだけで、あとはだらだら文章が続くので、「10代に語る」のであれば、もっと工夫が必要。このままだと『60代に語る平成史』で、四〇代でも途中で寝るか投げ出す。

『平成史』
片山杜秀+佐藤優、小学館、2018年、1500円+税

「バブル崩壊と55年体制の終焉」「オウム真理教がいざなう千年に一度の大世紀末」「小泉劇場、熱狂の果てに」など、三〇年を数年単位で七つのブロックに区切り、それぞれの時期を象徴する出来事を縦横無尽に語り合う。外務省にいた佐藤の知る裏話なども織り込まれ、厚いわりには飽きずに読める。が、対談なので話の内容には濃淡があり、これ一冊で全貌を知るのは無理。

PR誌ちくま2018年11月号

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