ちくま文庫

随筆書きはいかにして挿絵描きに出会うか

翻訳家・柴田元幸さんのエッセイに挿絵を描き続けてきた世界的絵本作家・きたむらさとしさん、伝説のコンビはいかにして出会ったのか。偶然が偶然を呼ぶ、まるで小説のようなエピソード。PR誌「ちくま」11月号から、ちくま文庫『柴田元幸ベスト・エッセイ』刊行に寄せた著者によるエッセイを転載します。

 僕のエッセイの多くには、絵本作家きたむらさとしさんが挿絵を描いてくれている。これは大変嬉しいことである。僕の本はきたむらさんの絵だけで(だけが?)値段分の価値があるといつも思う。今回ちくま文庫から出た『柴田元幸ベスト・エッセイ』にもきたむらさんがたくさん絵を描いてくれた。嬉しい。
 僕はどうやってきたむら画伯と知りあったか。これはけっこう入り組んだ話である。


1 一九八〇年代後半、洋書新刊についての僕の主な情報源は、毎週船便で届く『ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー』だった。ある週に、A Boy Wants a Dinosaurという絵本が紹介されていて、子供が教室に恐竜を連れてくる絵が載っている。なんだか面白そうなので、Satoshi Kitamura という人が絵を描いているらしいその本を、丸善で注文した。
2 二か月ばかりして本が届き、非常に面白かったので、入手可能なキタムラ本をすべて注文した。
3 届いた本のなかでも特に面白かったのが、当時最新刊だった、From Acorn to Zooというアルファベット絵本だった。
4 このころ僕は『マリ・クレール』という雑誌で、海外の新刊を紹介する記事を毎月書いていた。が、絵本は専門ではないし、読むのに時間はかからないから、取り上げるのは何となく手抜きのような気がして、From Acorn to Zooについて書くのは(すごくいい本だとは思ったけれど)控えようと思った。
5 ところがあるとき――一九九二年の秋のこと――父親が入院した。大学の仕事の合間に病院へもちょくちょく行かねばならず、一時期はけっこう忙しかった。
6 うーん、『マリ・クレール』次号のために本を読む時間がない……仕方ない、From Acorn to Zooについて書いてしまえ!
7 というわけで、アンリ・ルソーのパロディも混じっていたりする、知的でユーモラスな内容を紹介した文章を書いた。担当編集者も「何と愛らしい本!」と言ってくれた。
8 これが活字になってしばらくしたころ、イギリス在住の絵本作家きたむらさとしが一時帰国して丸善でサイン会を開く、という情報を(丸善の洋書絵本売り場に名前を登録していた母親の許に届いた葉書で)得た。
9 せっかくだから挨拶に行こうと思い、丸善へ行き、From Acorn to Zooを手に、子供たち(5~12歳)と一緒に並んだ。
10 絵入りの楽しいサインをしてもらい、「実はこんなものを書きまして」と『マリ・クレール』を渡すと、きたむら画伯は何だか面喰らった様子で「あ、どうも」と言った。
11 それで話はおしまい……になるかと思いきや、後日画伯は書店に行き、『生半可な學者』というエッセイ集を一部立ち読みし、まずまず面白いと思い、購入を検討した。著者名を見ると、柴田元幸……? どっかでそういう名前に最近出会わなかったっけ?……そうだ、子供に交じって並んでたあいつだ!
12 『生半可な學者』を画伯はいちおう気に入ってくれて、読者カードに感想を書いて、版元(白水社)に郵送してくれた。
13 感激した僕はきたむらさんに手紙を出し、まだ日本にいたきたむらさんも返事をくれて……

 こうして画伯との交流が始まり、やがて、僕が雑誌『大航海』に連載していたエッセイに挿絵を描いてもらうようになった。
 これらの連鎖のうち、どれが欠けても、この素晴らしいアーティストに絵をつけてもらうという名誉はなかった。本当に自分は幸運だと思う。『大航海』連載中、イギリスにファクスで原稿を送ると、たいてい一日と経たないうちにファクスがガガガガ……と鳴って画伯の絵が届いた。ファクスではほかにも、しょうもないメッセージ鬱陶しいメッセージ等々たくさん届いたわけだが、あの「ガガガガ……」という音をいま思い起こすと、よみがえってくるのは、ロール紙がゆっくり回って卓抜なイラストが一ミリ一ミリ現われてくるとても幸福な数十秒間である。

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