佐藤文香のネオ歳時記

第8回「あったか~い」「湯使ふ」【冬】

「ダークマター」「ビットコイン」「線上降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・冬 分類・生活(その他)】
湯使ふ
傍題 湯を使ふ 湯の温度上げる

 実家では、基本的に給湯器の電源は切られていて、風呂に入るときにだけボタンを押すことになっていた。ガスの無駄遣い防止のためだ。だから一人暮らしを始めた私も、何の迷いもなくそうしていたし、よその家でもそれが当たり前だと思っていた。極寒の朝も、冷たい水で顔を洗っていた。
 しかしあるとき、付き合い始めた相手の家に行くと、とくに水をつかっていないにも関わらず、給湯器の電源がオンなのである。聞くと、洗顔はもちろん、帰宅して手を洗うとき、昼ごはんの洗い物など、いつでもお湯をつかうという。そんな贅沢が許されていいのかと怒り、君の辞書に「節約」という言葉はないのかと問い詰めたが、「ガス代? そんなに変わらないでしょ〜。ちょっとぐらい高くても、僕はあったかいのがいい」と言われた。水のあたたかさを金で買うという発想に、衝撃を受けた。もしかして私も、朝お湯で顔を洗っていいのか……?(いいに決まっている)。
 それ以来、給湯器は常時オン派に寝返った。冬、日常的にわびしい思いをしなくて済む。それどころか、手先が冷えてきたら洗い物をすることで、家事をして温まるという技まで身につけた。冬でも水で洗い物をしている人に言いたい。「ぬくもりは金で買える」。毎月1個コンビニスイーツを我慢すれば、あなたもいつでも湯をつかえる世界の住人になれるのだ。
 夏は冷たい水の方が気持ちいいので、油汚れがひどい洗い物でなければ水を使っている。私がお湯をつかいはじめるのは11月初旬。風呂の湯の温度を1度上げるのもこの時期だ。人によって時期に差はあるだろうが、ハンドルの角度を変えるだけで「湯を使ふ」、ボタン一つで「湯の温度上げる」ことで、冬を実感することも多いのではないだろうか。

〈例句〉
横綱の負けを聴き湯を使ひけり  佐藤文香
湯を使ふ手のみづかきを広げては