PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

家事

失敗について・2

PR誌「ちくま」12月号より藤野可織さんのエッセイを掲載します

 思い出すたびもう二度と布団から出たくないと絶望する記憶はたくさんあるが、とりわけよく思い出すもののひとつが、数年前に受けたテレビのごく短いインタビューでの出来事だ。私はたしかにそのとき小説家として呼ばれ、小説家としてカメラの前に立った。しかし、緊張してぼんやりしている私に、インタビュアーの人は「得意な家事はなんですか」と尋ねた。
 家事? 私はますますぼんやりしたが、それでも自分がにやにやと笑っているのがわかった。にやにやしている私はおそらく「洗濯ですかね……」と答えたと思う。「洗濯は、洗濯機に入れるだけだから……」そんなようなことを言いながら、でも干すのはきらいだ、あれはめんどくさいと考えていた。体に、ハンガーをむりやりTシャツの襟元にねじこむときの感触が走った。
 私は自分に嫌悪感をおぼえた。にやにや笑っている自分の顔を想像すると、反吐が出そうだった。私が笑ったのは、うしろめたくていてもたってもいられなかったからだ。私は家事全般がものすごく苦手なのだ。小学生のころクラスでたった一人机に引き出しがわりに入れたお道具箱が引っかかって引き出せなくなるのが私で、中学生のころクラスでたった一人ロッカーの中身があふれて扉が閉まらなくなるのが私だった。高校生のころ、そういうことを恥ずかしく思っていると態度や言葉であらわすことをおぼえた。女の子なのに。そう思うよう周囲が求めていることを肌で感じ、そのうち、本当に心から恥ずかしく思うようになった。
 このインタビューのあと、私は少しだけ人前に出る機会が増え、するとときどき自分が小説家である前に「主婦」であると見なされていることに気づいた。はっきりと「主婦で小説家の……」と紹介されたこともあった。そのたびに、私は自分でも虫酸の走るあの笑みを浮かべて何も言えなくなった。私は結婚していたが「主婦」であるという自覚はなかったので単に驚愕したというのもあるし、なにより「「主婦」なのに家事ができない女」としてその場に立たされているような気がして萎縮してしまうのだ。そしていつも一人になってから、結婚している女だからこんな思いをするんだ、それならいっそ離婚したらどうかと考え、私が結婚している男ならあのとき得意な家事についてなんか聞かれることはなかっただろうと猛烈に腹を立て、私と同じくらい家事ができない男は私ほどうしろめたく感じているだろうか、みんな感じればいいのに、などと男性一般に心の中でやつあたりをする。
 でも問題は、私が家事ができないことではない。もちろん家事はできたほうがいいに決まっている。生活の質が向上するし、心身の健康にも断然いい。家事は生き抜くための力だ。性別には関係がない。結婚とも関係ない。私は夫のためではなく自分のために、家事を楽しめるようになりたいし、できるようになりたい。
 それでも、この問題はそこにはない。私の失敗は、あのとき「家事のことは私の仕事には関係がない」という意見を述べられなかったことだ。次の機会には言えるようにと日々布団の中でイメージトレーニングをしているが、それでさえも体が硬直してうまくいかない。私は絶望で布団から出られず、その結果ますます家事ができない。

PR誌「ちくま」12月号

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