ちくま学芸文庫

方法を模写するということ

『社会科学としての経済学』文庫版解説

大黒弘慈さん(京都大学大学院教授)は、宇野弘蔵の『社会科学としての経済学』をどう読んだのか。6月刊のちくま学芸文庫より解説を公開します。

 いわゆる宇野理論は、戦後啓蒙思想から一貫して距離を置いていたにせよ、それ自体が戦後日本の自由な言論空間をまって開花し、逆説的にそれに依拠していたといえる。その際、宇野理論の特徴として一般に了解されているのは、おおむね以下の三点であろう。第一に、科学はイデオロギーから峻別されなければならない。第二に、論理は歴史から峻別されなければならない。そして第三に、原理を直接に現実の資本主義社会分析に適用することはできず、原理論・段階論・現状分析という三段階の階梯を経なければならない(理論は実践から峻別されなければならないという主張がその延長線上にある)。これらの特徴は、宇野理論が戦後啓蒙思想の一つと了解されてしまうことと関連して、科学の非中立性を弁えない素朴な科学主義、歴史科学としての社会科学の役割を放棄したプチブル理論、あるいはいつまでたっても現実に到達できない積み重ね主義、セクショナリズムとして批判されてきた。原理論が想定する「純粋資本主義社会」という名称がそうした批判にあたかもお墨付きを与えるかのようである。しかし、こうした批判はいずれも宇野理論が普及し、戦後思想として定着していく過程で被った矮小化であり、いちど戦前にまでさかのぼって当時の社会状況と宇野の思想形成からその真の意義をたどりなおしてみる必要がある。
 たとえば、科学とイデオロギーの関係については、宇野は科学を一切のイデオロギーから免責したのではなく、むしろ科学にとってイデオロギーが不可避だからこそイデオロギーは極力イデオロギー自身によって排除されるべきだと考えた(本書、229頁)。つまり、社会主義イデオロギーは資本主義を絶対化するブルジョア・イデオロギーを批判し、資本主義を歴史的なものとして客観的に認識できる自由な視角を準備するという「消去作用」の意味しかもたず、逆に理論はいかにイデオロギーの制約から自由になれるかが重要であるというのだ。また、論理と歴史の関係については、従来のマルクス主義が説くように、資本主義の歴史的発展を論理的展開に直接反映、あるいは照応させなければならないというものではなく、資本主義の原理の体系的完結性をもたらすことが、資本主義の完全な把握を通じて逆にその歴史性の認識を可能にする。歴史そのものを把捉することがそもそも不可能である以上、歴史の断片を中途半端に混入して論理の破綻を取り繕うのではなく、両者の緊張関係を踏まえつつ徹底した論理から逆算して歴史の意義を特定するしかないという研ぎ澄まされた歴史意識が、宇野の倒錯的な論理主義を動機づけている。さらに、三段階論については、原理を現状分析から免責する防護帯として段階論がでっち上げられたのではなく、そもそもこの段階論こそが、『資本論』を後進国にも一面的に適用する公式主義を斥けるための要石であったことが見逃されるべきではない。つまり、段階論は、イギリスに遅れて資本主義化するドイツのような後進国に対して、その特殊な資本主義化の行程を世界史的な発展段階のもとに位置付けることを可能にし、そのことが同様に後進国であった日本の特質をも炙り出し、間接的に日本資本主義論争(現状分析)に対する応答ともなりえたのである。原理論は資本主義の、徹底して内在的な運動法則の解明に特化しなければならないという主張もまた、資本主義の生成・発展・消滅の法則を担う段階論がそれと並行して別個に要請されていた事情を踏まえる必要がある。二つの法則を混同するのではなく、分けることが優先されたわけである。
  
 本書は「社会科学としての経済学」というタイトルを持つが、これは1958年の定年退官まで宇野が所属した東京大学の社会科学研究所において、「社会科学」の英語名の表示を単数にするか複数にするかの議論を踏まえ、宇野がSocial Sciences と複数形ではなくSocial Science と単数形で表示すべきとした事情、しかもその中軸に経済学、なかんずく原理論が据えられなければならないとした事情を反映している。これもまた今日から見ると、法律学や政治学などの上部構造を、下部構造を対象に据える経済学が規定するという経済学帝国主義、あるいは唯物史観にもとづく時代がかった暴論と映るかもしれない。また財政学や金融論・貿易論に原理はないとする主張も、それだけをとれば素朴な原理論中心主義として響く。さもなくば件の主張には研究所内の政治力学が働いていたのではとつい訝ってみたくなる。しかし宇野がそう主張する背景には、原理論のみが担いうる方法論的特性の自覚が明確にあった。「社会諸科学(複数)の社会科学(単数)化」における経済学の役割、社会科学において経済学が特殊な位置を占めなければならない理由を、宇野は、自然科学と異なって社会科学の対象が単に客体的なものではなく、われわれの行動で形成しつつある法則に関わるものである点に求めている。つまり、社会科学の対象たる法則がわれわれの主観的な行動によるものでありながら、われわれにあたかも自然現象のように客体的な力で作用してくる、あるいは、対象がわれわれの向こう側にあるのではなく、われわれ自身が作りつつこれに支配されるという関係にある、そして経済学こそがこれを客観的に把握しなければならないというのである。「法則を技術的に利用することはできない」という本書で執拗に繰り返される主張はこの点に関わる。向こう側にある法則がこちら側にあるわれわれを一方的に支配するという見方、逆に、法則を技術的に利用してこちら側が向こう側にある対象を一方的に操作するという見方は、じつは機械的唯物論を共有している。しかし経済学を含む社会科学においては、向こう側に汚染されない無垢のこちら側(逆に、こちら側に汚染されない無垢の向こう側)を純粋に立てることができない。法則を認識しようとすることを含め、われわれの主観的な行動自身が、つねにすでに対象に巻き込まれ、当の法則自体を形成することに寄与してしまっているという意味で、こちら側と向こう側を峻別することができない。社会という特殊な領域においてなり立つ法則性を捉える固有の方法が「弁証法的唯物論」だというのである。
 もちろん、こうしたことは他の社会科学のみならず、自然科学においてすらもはや常識なのかもしれない(ただし、人文・社会科学が「役に立たない」という理由で冷遇されている今日、「役に立つ」科学技術の暴走に対してあらためて「社会科学としての経済学」の限界を執拗に強調することは積極的意義のあることだと思われる)。しかし、宇野は経済学に固有の法則を摑む方法論的手続きを、別の文脈で「方法の模写」とも言い表している。経済学における法則性は、自然現象に向かう場合のようにわれわれ分析者が実験室を設定したうえで操作的に抽出できるものではなく、対象たる当事者自身が攪乱的要素を取り除く行程を、分析者がいわば方法的に模写することによってのみ見出せる。したがって経済学における法則性は、さしあたって「攪乱的要素の入りうる形態」でもなければならないというのである。宇野が、対象の模写ではなく、あえて「方法の模写」というとき、機械的唯物論に抗して、われわれ当事者=行為者の行動の自由、エピクロス的な逸脱の余地を確保しているという点が重要である。
 ところで、経済学の方法論的核心ともいうべきこの「方法の模写」を宇野は生かしきれているだろうか。われわれの主観的行動は、対象たる当事者自身が攪乱的要素をみずから捨象し、結局、客体的な力で作用してくる法則のうちに回収されることを宿命づけられているからだ。「われわれ自身が作りつつこれに支配される」というとき、われわれ自身の行為の帰趨をわれわれはあらかじめ捉えることができないことに宇野は気づいている。経
済学の技術的利用を断念するのも同様の理由からである。予想が当たらないのは科学が発達しきってないからではなく、そもそも相手が人間だからだというのだ。しかし、「われわれ自身が作る」ことが、いかなる理路を経て逆に「これに支配される」ことになるのか、この点についての子細な追跡を、われわれは目にすることができない。われわれの主観的行動は、それ自体としては客観的法則に対して攪乱要因をなすものである。したがって、攪乱的要素を捨象することによって「原理の体系としての完結性」をもたらす方向にではなく、逆に向こう側にある法則から逸脱する可能性、体系としての完結性には至らない方向性もあるはずであり、その分岐点を見極める必要がある。
「方法の模写」にかんしては、純粋資本主義社会を貫く法則性においてだけでなく、そもそも純粋資本主義社会という対象の想定においても、そのかなめをなす。宇野が原理論において重視した抽象の方法は、資本主義自身の歴史的発展に見られる純粋化の傾向性に思惟による延長を加えて徹底して捉えるという独自のものであった。資本主義という対象自身が抽象化の方法を客観的に持っているのであり、原理論の想定する純粋資本主義社会と
いう想定は恣意的でなく唯物論的に客観的であるとみなされるのである。
 しかし、資本主義という対象自身が有する純粋化の傾向が、ある時期に存在したことは宇野が指摘するとおりだとして、「思惟による延長を加えて徹底して捉える」というそのあとの手続きは、はたして唯物論的に客観的な、したがって主観的ではない現実的な抽象といえるであろうか。19世紀末の資本主義の現実はむしろ逆転のコースをたどったのであり、資本主義自身の傾向性に掉さしてそれを方法的に模写するというのであれば、純粋化と逆転が共存している、この二面性を最初から原理論の中に収める必要があったのではないだろうか。もちろん逆転化傾向の方は段階論が固有に担う領域として処理しうるのであるが、そしてまた段階論の理論的分化それ自体、マルクスには目撃することができなかった「逆転」という現実に掉さしたものなのだが、不純なもの、あるいは歴史性を段階論に放逐することによって原理の純粋性を確保しようとするのであれば本末転倒というべきだろう。原理が基準であるという認識は、逆転現象はそこから外れる資本主義にとって例外的な現象にすぎないという認識の裏返しであるが、そもそも逆転現象を資本主義にとって外的・偶然的なものと見なしてよいかどうか。そう考えると、「思惟による延長」という抽象手続きは、帝国主義段階の多様化を捉えるための基準を原理に負荷しようとする宇野に固有の問題意識、少なくとも帝国主義段階に規定された「何らかの主観的立場」からの抽象とはいえないだろうか。
 宇野は、経済学的諸形態の分析には顕微鏡や化学試薬の代わりに抽象力が必要で、この抽象力は、資本主義社会に存続する旧社会の残滓に関する限り、資本主義自身が持っているという。資本主義の抽象力に即して旧社会の残滓を除去することができるというのだ。しかしこの抽象力は旧社会の残滓をついに払いきることができなかった。というか、旧社会の残滓をあえて残すところにこそ資本主義社会固有の抽象力のあり方が探られるべきで
はないだろうか。かつて純粋化と不純化が継起的に発現したのに対して(カール・ポランニーに倣って「二重の運動」が起こったと表現してもよい)、今日のグローバル資本主義段階においては、純粋と不純が世界史的な同時代性を形づくる複層的要因をなしている。しかしこれはそもそもの初めから資本主義を規定していた本質ではなかったのか。宇野は、もっぱら純粋化傾向が生み出した『資本論』に対して、自身の相対的優位性を、そもそも純粋化のあと逆転を目撃できた点に幾度となく求めている。この相対的優位性は段階論だけでなく、原理論を構成する抽象力のうちにも「模写」されなければならない(宇野は、段階論において問題になる古い社会関係と新しい社会関係との交錯は、商品経済内部における価値と使用価値との矛盾、商品の弁証法的矛盾と同じようには説けないとしながら、そういう関係も「弁証法的考慮のもとに解明されることになるのだろう」(本書、298頁)としている)。
 しかし、本書で宇野自身が指摘するように、そもそもマルクス自身が純粋化傾向のみに掉さしていたわけでなく、『ライン新聞』の主筆として後進国ドイツの特殊事情から出発して経済学研究を志向したのではなかったか。後進国が資本主義化する場合、短期間に矛盾が露骨に表れる。そういうところに資本主義に対する歴史的な眼が育ち、経済学の批判的な検討が生まれる、というのである。マルクスの時代のドイツのように、イギリスですでに完成された資本家的生産方法を輸入して資本主義化することになると、農村はいわば中世紀に面したままで近代社会に入る。そこに中世期的社会と資本主義社会との衝突という、後進国に一般的な矛盾と混乱が生ずる。それと同時に従来の経済学自身を批判的に検討するということにもなる。20世紀初頭の後進国日本の宇野だけでなく、19世紀中葉の後進国ドイツのマルクスもまた、純粋と不純の衝突という問題意識から経済学研究を志したのである。しかも、後進国の矛盾は決して後進国固有のものではない。先進国イギリスのみならず資本主義一般に通有の矛盾をより凝縮した形で表現したものと解釈すべきではないか。宇野を単なる啓蒙主義者にしてしまわないためには、純粋化に張り付いた不純化、あるいは啓蒙の裏面を注意深く理論へと繰り込むことが肝要である。
  
 宇野はインテリになる条件として、まず社会科学としての経済学を通じておのれの社会的な客観的位相を理解し、次に文学により直接その心情を通しておのれの人間としての居場所を知ることが必要だという独自のインテリ論を繰り返し語っている。その際重要なのは、「知識の限界を知ること」だという。そして日常生活の持つ常識的な思想的立場を超えることがインテリ入門の第一歩、その第二歩が、社会科学的に現実的思想を肯定し且つ
否定的に見ようとする態度だというのである(宇野弘蔵『『資本論』と私』第2章「インテリゲンチャ」御茶の水書房、2008年)。「方法の模写」とは、この意味で、現実的思想を模写することで日常的・常識的立場を超えつつ、同時にその現実的思想それ自体を否定することだと見ることもできよう。資本主義は常識に反して、恐慌において根本的な矛盾に陥るのではなく、永遠の廻り道を繰り返しながら、そのつど現実的な解決を積み重ねていく。しかしそれは根本的矛盾でないからといって根本的解決でもない。現実的解決とは、ついに根本的な解決には至らないということ、最終的には解決できない矛盾、つまり労働力商品化(擬制)の無理が繰り返すことで悪循環に陥るということである。宇野は「理論」において繰り返す法則性の意味をそう規定するのであるが、このことは「肯定し且つ否定的に見る」というインテリの条件が、そのまま原理論の構成原理にもなっているということである。「基準」としての原理論は、同時に純粋資本主義社会という理論的「フィクション」でもあるのだ。のみならず、それは資本主義それ自体が壮大なフィクションであることをさらけだす装置にほかならない。宇野の倒錯的な理論への志向は、この点を踏まえないとその本質を捉え損なう。宇野の試みは、純粋なイギリス資本主義を基準に不純な日本資本主義を断罪するというような単純な試みではなく、後進資本主義国日本の贋金性を、資本主義一般の根源的贋金性(フィクション)にまで開いていこうとする試みなのである。
 しかし現代社会に生きるわれわれは、宇野が生かしきれなかった「方法の模写」の潜在力をさらにそこから引き出す必要がある。その際、宇野理論をすでに完成した体系としてその跡を対象的に模写するのではなく、宇野理論自体をいまだ形成途上にあるものとして方法的に模写してみることが必要であろう。いわば宇野理論自体に「方法の模写」を適用してみるのである。そのとき、戦後思想として定着した通俗的な宇野像からは逸脱する理論的可能性が新たに浮かび上がってくるであろう。拙著『マルクスと贋金づくりたち――貨幣の価値を変えよ〈理論篇〉』(岩波書店、2016年)において私は、宇野理論の思想形成を戦前期にまでさかのぼって、この「方法の模写」を不十分ながら試みた。
  
 世阿弥は、芸道において「物学」(ものまね)がいかに重要であるかを説いたが、その際、演じる対象になりきって表現するのではなく、古くから伝わる「型」に忠実であることを第一に考えたという。しかし徹底した模倣の果てに最終的には模倣の対象から離れ、さらに「型」から離れることを理想としたともいう。それに擬らえるなら「方法の模写」とは、資本主義の理論的把握によって現実の資本主義に追いつくだけでなく、同時にそれを追い越すことでもなければならない。それはもちろん、宇野を方法的に模写しながら、同時に宇野を追い越し宇野を離れることでもなければならない。

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