ドキュメンタリーは格闘技である

三角関係をまた撮りたい!

『ドキュメンタリーは格闘技である』刊行記念対談(前編)

原一男『ドキュメンタリーは格闘技である』の刊行を記念して、映画監督の原一男さんと作家・編集者である末井昭さんに対談していただきました。テーマは性とお金。途中原さんの映画出演のお願いもあります!

「極私的エロス」の衝撃


末井 ここになぜ僕が出させてもらったかというと、2月にあったシネマヴェーラ特集上映で、もう何十年も前から見たかった原さんの『極私的エロス・恋歌1974』を見て、それがきっかけだったんですよね。やはり原さんは『ゆきゆきて、神軍』を撮った監督だから、普通の人じゃないと思っていました。
 『神軍』を観られて方がこれどんな人が撮ったんだろう、奥崎さんと同じような人ではないかと思われることはあります。でも、ニコニコ笑いながら私が登場して「原です」というと、失望されるんですよ。実際、奥崎さんと同じキャラだとあんな映画できないです。
末井 人のなかにすっと入っていって、引っ張っていくそういう技はありますよね。
 技じゃありません。面白い人、そのキャラクターに惹かれるんですよ。それで相手の懐に飛び込んでいくんです。
末井 そういう意味では、僕がやっていた編集者という仕事も、著者から新しいことを引き出すという意味では似てますね。
さて、極私的エロスの感想ですが、まあ驚きました。昔、四谷公会堂で公開したとき、大島渚監督が並んでいたと書かれていて、やはり注目されていたんですね。自力出産の映画なんですけど、自力出産するのが原さんとお付き合いがあった武田美由紀さんと、いまの奥さんでもある小林佐智子さんなんですよね。その二人にアパートのなかで自力出産してもらい、カメラに撮るというんだから驚きますよ。僕は子どもがいないから出産を見た経験がないんだけど、大股開きの真正面から撮っていて、あれを見た時、感動というかなんかすごい経験した気がしました。
 あれはそもそも撮ってくれと言われたものでした。女から迫られたら嫌と言えない古い価値観がありましたから。
末井 しかも、武田さんの子どもは生まれてくるまで、誰の子どもかわからないんですよ。沖縄の米兵がよく来る飲み屋に勤められていて、そこの客とセックスをする。誰の子かわからない、そんなのどっちでもいいじゃないかという人間愛でしょうか。
 わたしのところに来たときは、恋愛感情をもった男がいなかったわけです。沖縄闘争委員会の学生の連中で、晴海に船で来た時、パスポートを焼いたグループがいました。そのなかの一人に彼女が惚れて、沖縄に会いに行った。たぶんその人の子ではというイメージがあったのではないでしょうか。彼女としては沖縄にいい男がいて、1回セックスして、それで妊娠したと思い込んだ。10月10日(とつきとうか)という計算をして、夕日が大陸に落ちていくそんな場所で赤ん坊を産みおとすイメージでした。実際には離島で産もうと思ったのですが、なかなか産まれず、離島に飽きて彼女の実家に帰りました。
 映画を見た方はわかると思いますが、実は離島に行く前、たまたま黒人兵が来るエリアで働くようになって、ある黒人兵と3週間だけ同棲してたんです。その時に出来た子かもしれないという漠然としたものはあったんでしょうが、確信は持てなかったんですね。
 そして彼女の岐阜の実家に帰ると、両親がいるでしょ。マイクを持つ人が必要なんで今の奥さんである彼女(小林佐智子)も連れていきました(その時、小林も妊娠していた)。奇妙な空間ですよね、むこうの親からすれば。武田美由紀がいて、私がいて、別の女の人がいる。しかしそんなことを一言もふれず、正月の料理を食べていました。1月15日までいたんですよ。それでも産まれなくて、もう耐えられなくて東京帰ったら、彼女も追っかけてきて、私のアパートに転がり込んできたその日に出産となりました。ちょうど1カ月遅れでした。
末井 あれは産婆さんもいないんですよね。
 二度目だからね。産道も出来ていたんでしょう。
 一応自力出産をするというのが一番のテーマでした。それが撮れたので、その後武田から小林さんの出産も私が取り出したいと言われ、撮影してましたが、なんだか抜け殻みたいになって1年ぐらいほっておいたんですよ。編集しようという気にもならずに。その後、武田から私ダンスやっているからそれ撮ってよといわれ、それがラストシーンでいいやってそれで終わりにしました。
 自分の三角関係を撮って、見る人がいるのかという不安はありました。しかしフィルムなんだから形にしなければと映画にして、一番最初の上映が幡ヶ谷区民会館でやることが決まって、当日フィルムを持って歩いていたら、たくさん人が歩いていたんですよ、それがみんな幡ヶ谷区民会館にいくんですよ。600人ぐらいのキャパだったんですが、入りきれず最後は混乱状態で無料で入っていたようでした。
 いまほど媒体の数は多くないですが、いろいろと記事に取り上げてくれました。「愛する女性が黒人の子を産んだ」というスキャンダラスな見出しが並んだりしました。寺山修司がなんであの映画が売れるんだと嫉妬してました。
末井 出産を最初に撮ったさきがけだったんですね。
 その後、河瀨直美が撮って、いかにも「私が最初」って感じでしたね(笑)。末井さんも三角関係がいろいろあったようですね。それは相手が変わりつつ続いていたのですか。
末井 いや今の奥さんと一緒になる前は単に浮気をしていただけです。だから本命は奥さん。僕の場合、結構長くなるわけです。別れようと自分から言えないわけで、また新しい人が来ますよね、そうすると2人なり、3人なり。最初の方々に次の人のことは言えないわけですよ。どんどん頭の中が混乱して不自由になりました。
 最大何人いましたか?
末井 3人か4人ですね。でもセックスの関係はとっくに終わっていて、なんで付き合うかわかんないですね。でも、お金だけは払うんですよ。
 そういう人との出会いは、女の人からですか。
末井 そうです。
 つまり、末井さんの人生は全部受け身ですか。自分からはないんですか。
末井 ないことはないんですけど、ほとんど受け身ですね。
 私は半分くらいですが、大体のケースは女性から「じゃあね原君」と去っていくんです。
末井 それはいいですね。楽だと思いますよ。
 でもさみしいですよ。
末井 でもそれも慣れてきて、そのさみしい感じもいいですよ。
 私もまだ未熟ですね。

日本から表現者はいなくなった?


末井 日本映画がダメになった。それは日本人そのものがダメになったからだと書かれていますが、そのあたりをもっと突っ込んで話をしていただけますか?
原 私が「昭和」というと昭和を賛美するのかと批判されますが、私が撮ってきた人は昭和に生きていた人でした。当時は過激な生き方を受け入れる余裕があった。それを映し出す映画もあった。ところが平成の時代は抑圧が強くなって息苦しくなり、それを許容できなくなった、その状況で自由な人を描いてもリアリティがなくなります。
そして、日本映画界の技術の継承が切れているんですよね。撮影所システムの一番いい点は技術を鍛錬して積み上げていくところです。浦山桐郎の代表作はみんな撮影所時代に作ったものなんです。そのあとフリーになって映画のハリが弱くなる。監督ひとりのセンスではできないんですよね。
末井 それと関連して、最新作『ニッポン国泉南アスベスト村』(現在編集中)をみせていただきました。「アスベスト裁判闘争の人々の生き方を表現者と生活者に分けた場合、今作はもろ生活者なんですよ」とブログで書かれてました。撮る対象が生活者になったということは、逆に言えば撮りたい表現者がいないということですよね。
 はい。井上さんを見たとき、役者だなあと思いました。ドキュメンタリーを撮る時、対象が役者だと思えないと面白くなりません。
末井 奥崎さんも表現者ですよね。
 奥崎さんと出会って、彼は戦後最高の犯罪者ですよね。ああいう人は二度と出てこないです。彼の後に誰かいないか、と探して、この人はと思ったのが金嬉老。熊井啓がしきりに勧めるもので調べてみようと彼の母さんがやっているホルモン屋に会いにいったら「もう刑を終えて保証人がいればいつでも出れるので、あんた保証人になってくれないか」と言われました。なってもいいけどなったらどうなるんやろうと。調べていくと奥崎さんほどの魅力はない気がして追及するのを止めました。どうしても奥崎さんと比較してしまうんですよね。
 アスベストが9年、(現在撮影中の)水俣が12年かかっていますが、二つとも生活者なんですよ。生活者だとわくわくすることがないんです。撮っている人がわくわくしないと面白くならないんです。
末井 でも、『ニッポン国泉南アスベスト村』はおもしろかったです。けど地味なんですよね。塩崎恭久厚労大臣が葬式にまで出てきて、名刺配ったりしたりはするんですが。そういえば、塩崎大臣の美人秘書が気になったんですよ。なんかあの二人は怪しいです。

 

三角関係を撮りたい!


 撮りたいものといえば、末井さんの本を読ませてもらって、末井さんと奥様の神蔵さんと坪内さんの関係がよかったんです。そのお気持ちをムービーのカメラでもう一回たどってみたいというお気持ちはありませんか?
末井 ないです。そのことは『たまもの』(神藏美子著)で表現していますから。あれだけでいいじゃないでしょうか。誰かが演技するということですか?
 井上光晴さんを映画にするとき(『全身小説家』)、いろいろ考えて、あの時、井上さんが最初の頃これから作る映画の脚本を井上さんが書くという話があったんですが、結局やってくれませんでした。なので、井上さんの少年時代を子役に演じさせて、大人になった井上光晴とを一つの画面に登場させて、実在の光晴と役者がいて二人の関係はどうなるか考えました。末井さんの本を読んだ時、それをやりたいと考えたんです。
末井 僕じゃないほうがいいですよ。
 男女の機微をドキュメンタリーでできるかどうかという実験なんですよ。過去のことをインタビューだけで描いてもつまんないし、その隙間を埋める方法論を編み出したいんです。
末井 僕を誘っているんですか。
 口説いているんです。奥さんも武田美由紀的なところがあるかと。
末井 強い所はありますが。
 強い女に引きずられていく自分と似ているんです。そういう人はカメラに晒すしかないです。
末井 坪内さんは嫌がりますよね。
原 乗ったらやりますか?
末井 いま決めなくてもいいですよ。ただの三角関係ですから。
 それは私が判断します!!!!
末井 いや、一人がやるのであればいいですが、他の人を巻き込むのは。
 では、坪内さんを説得しますね。
末井 でも、その時末井がやるって言っているって言うんですよね、やってみようかなという感じなのを「やる」って言って。
 そうです。それくらいの手練手管がありますから。ノーといえる権利はあるのかありはしないというでしょう。それくらいのテクニックがあります。
末井 もうやめましょう。(会場爆笑)
(つづく)

後半の更新は6月20日です。

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