漫画家入門

第7回 結婚とジョブチェンジと茨木

2018年9月12日~9月18日

浅野さんが婚姻届を提出した日の日記です。

9月14日(金)

 昼に冨田くんが来た。盛大に遅刻し夕方にやってきたゆかちゃんは、このところ腰の調子が悪いらしく、来るなり床に仰向けになり虚空を見つめている。デスクワークが主な漫画家にとって腰は生命線だ。僕は別段姿勢がいいわけではなく、むしろかなり悪いほうなのだが、これまで腰の不調に陥ったことはない。肩も同様でこりに自覚はないが、肩こりが過ぎて麻痺しているケースもあると聞くのでその類かもしれない。確かに一度肩を揉まれると逆に意識してしまい、猛烈に肩がこる。
 スタッフの二人に結婚したことを伝えるが、「どうせすぐに離婚する」というのがこの二人の見解なのでどうも反応が薄い。妻の身辺は祝福ムードと聞いていたので随分な温度差だ。結婚話は早々に切り上げ平常通りグダグダと話しているうちに、どういう文脈かは忘れたがマスクの話になった。風邪の時につけるあの白いガーゼのマスクだ。インフルエンザなどの致し方ない事情があれば別だが、僕は極力マスクを着けたくない。息がこもって落ち着かないのも一因だが、それよりなによりあの下着のような素材と佇まいが嫌なのだ。用途はさておき、他人から見られた時に一番目立つであろう顔の中心にあるべきものとはとても思えない。
 6年ほど前まで仕事を手伝ってもらっていた女性スタッフは、季節を問わずいつもマスクをつけて仕事場にやってきていた。仕事が始まればつけたり外したりなのだが、僕が疑問に感じて尋ねると、「ノーメイクの顔を隠すための顔パンツです」と言われて合点がいった。確かに仕事中は誰も女性スタッフのメイクを気にも留めないが、電車での移動中は別だろう。ならば移動中は顔を隠してしまえばいい。思い返すと確かにこの頃は町中に季節外れのマスク着用者をよく見かけた。インターネットの配信者もよくマスクで顔を隠していたように思う。主に見せたくないものを隠す用途で。となるとやはり下着なのだ。時折黒いマスクも見かけるが、あれは勝負下着のようなものなので本質的に下着には違いない。
 下着ならばさらにもう一枚身につけるものが道理ではないだろうか。例えばスカーフを巻く、ほっかむりを被る、スカートを顔に履く、いっそのことお面でもヘルメットでもいい。実際そんな姿で往来を闊歩したら今はとんだ好奇の的だが、常識なんていずれ変わる。SNSのアイコンが社会的な顔の役割を果たすこともできるのだから、本体の顔を隠してもなんら不都合はなさそうだ。近い将来、美醜による差別をなくそうという動きも表面化してくるだろうから、一斉にみんなで本来の顔は隠し、自らで選択した仮面をまとって生きていこうと価値観の舵を切るべきなのではないか。そんな世の中を想像してみると、着ぐるみで溢れた渋谷のスクランブル交差点がふと思い浮かんできた。なかなか不気味だった。
 目的地のない会話を続けたせいで、二人の顔が曇ってきた。僕の話は9割9分このような話なので毎度申し訳がない。業を煮やした冨田くんが、最近仲が良いという美人の女の子の自慢話を始めたので僕は今日の分の世間話はお開きとし、仕事を始めることにした。

 午前0時を過ぎ、程なくして冨田くんは帰っていった。ゆかちゃんは遅刻だったのでもう少し作業を続けてもらい、ひと段落した午前2時ごろ、やりかけのゼルダの続きを遊ぶためにテレビの前のソファーにふんぞり返った。累計で何時間遊んでいるのか怖くて確認したくないが、ゲーム画面に表示される情報を見るかぎり明らかに僕よりやり込んでいる。見ているこちらもいい加減見飽きてきたので、そろそろ別のゲームを探さねば。
 始発が動き出すまでにもう少し時間がかかりそうだったので、ゆかちゃんを車で送ることにした。環七をひた走ることになるのだが、8月末に納車された僕の車は古い中古車なので、曲がらない、止まらない、スピードも出ないという仕様だ。緊張しながら運転する僕の隣で、ゆかちゃんがいつものように「今ここで私がすごいゲロ吐いたらどうしますか?」などと聞いてきたが、面白い返しを考える余裕がないので適当にあしらった。
 ゆかちゃんを自宅前で降ろし、僕はとんぼ返りで帰路についた。夜が白み、時間的にいい頃合いになってきた。環状道路沿いの建物というのはどこも似たり寄ったりだ。薄紫に染まったビルは無機質で、影が落ちないこの時間帯の非日常感も手伝ってか、うっかり見惚れてしまいそうになる。しかし早朝の環七というのは、否応なくトラックに囲まれるので、豆粒のように小さな車に乗っている僕は「事故ったら即死」と言い聞かせ我に帰る。ただひたすら前を見て、車の流れを乱さないように運転に集中する。
 車内は僕一人で、適当に合わせたラジオからは知らない曲が流れている。こんなときはいつも、自分が何者でもない無の存在になったような気がして、そういう瞬間がとても好きだったりする。

9月15日(土)

 例のアプリ漫画の最終話の作画をしていた。最終話の締め切りが週明けにあるので、焦りつつ一人で仕上げ作業を黙々と続けていたが、終わりの目処が立つと途端に腕が動かなくなる。自分の悪い癖だ。早く原稿を仕上げ、その後空いた時間で好きなことをすればいいじゃないかと思わなくもないが、実際はすぐさま次に取りかからなくてはならない仕事が山積しているので、実質急いだところで余裕ができるわけではないのだ。とても言い訳がましいが。
 結果、これまでに何度も観たYouTubeの実況動画を再び観るという、およそ有意義とは言えない時間を過ごしていたのだが、そうこうしているうちに深夜になり妻がやってきた。
 結婚したとはいえ、当面この生活様式は変わらない。平日は別々に過ごし、週末は可能な限り一緒に過ごす。以前は週七日、なにかしら働いていないと落ち着かなかったが、今はよほど追い詰められない限り日曜に仕事はしない。妻はコンビニで買ってきたご飯を食べ始め、僕はさっきまでパソコンのモニターで見ていたゲームの実況動画をテレビに映し変えた。始めのころは実況動画に拒否感を示していた妻だが、今では実況者の名前を覚えるくらいにはなったようだ。
 しばらくすると妻が鞄からおもむろに手紙を出した。僕の両親にあてた手紙だという。書くとは思っていたが、いざ書かれると強い抵抗感が否めない。そんな気遣いはいらないと言いたかったが、僕の嫌がることを時として強引に遂行してしまうのは妻の良いところなのかもしれない。
 妻の仕事場のスタッフとともに推敲を重ねたというその手紙の文章を、ぜひ読んでほしいと言われたので僕はそれに目を通した。なるほど確かに全方位へ角が立たないよう配慮された完璧な文章だった。手紙が封入された封筒も相当に厳選されたものであるらしく、土下座のような姿勢で首を垂れたウサギの絵が印刷されていた。そこまでへり下る必要もないと思うのだが、妻としては自信のセレクトであるらしい。
 しかし封筒には宛名も差出人もまだ書かれていなかった。僕は実家の住所と両親の名前をメモしたiPhoneとともに筆ペンを渡した。そのとき僕はふと気になって「差出人の名字どうするの?」と聞いた。つまり結婚を歓迎されていないこの状況で、さっそく浅野姓を名乗るのは、向こうの心象としてどうだろう、ということだ。妻もそこが気がかりであったらしく、平身低頭な文章の割に差出人の名前が図々しいとも言える。しかし他に書きようもないのだが。
 とりあえずと妻は宛先の住所を書き始めたのだが、唐突に「あっ」と声を漏らしテーブルに突っ伏した。僕の実家は茨城県なのだが、妻は早々に「茨城」を「茨木」と書き間違えた。大阪出身らしい間違いである。とっておきの封筒がご破算だ。予備の封筒はないのかと聞くと、いま手元にはないという。たった一枚の封筒のために、深夜妻の仕事場に向かう羽目になった。土下座のウサギのために。なぜそこまで謝らなければならないのかと僕は若干納得いかなかったが、これ以上こじらせるのも面倒だった。

9月18日(火)

 アプリ漫画の最終話を描き上げ、原稿データをクラウド上にアップロードした。この漫画は一冊本でページ数も少ない。全体の7割はこの2カ月間で一気に描き上げたので、実作業は一瞬だったが、元々の連載誌の休刊などもあり、足掛けで完結までに5年ほどかかった。読者の反応は辛辣なものもあったが、自分でも自信を持って面白いと言える話が2、3話あった。振り返ると、このような短編が自分には向いていると改めて思うが、こんな仕事の仕方では商売としてあまりに不安定だ。金より作品の質が優先なのは大前提だが、損をするくらいなら何も描きたくない。誰も読んでくれないというのなら、それもまた何も描かないだろう。現役の漫画家で、仕事外でもひたすら絵を描くのが好きでしょうがない、という人もいるらしいが驚異的だ。自分も子供のころはそういう気があったが、いったいいつどこで変わってしまったんだろう。
 担当者に原稿のダウンロード先リンクを貼ったメールを送り、そのまま別件の小説の装丁イラストを描く準備を始めた。通常イラストの仕事は、漫画よりも注文や修正が多いのだが、今回は先方がこちらの意図を汲んでくれたおかげもありスムーズにことが運んでいた。一方で頼める原稿がないので、仕事のないゆかちゃんは手持ち無沙汰げにYouTubeを眺めたりスマホをいじったりしている。ゆかちゃんに仕事をつくるために、僕は慌ててイラストに取り掛かった。
 午後7時を過ぎた頃に、父親からの着信があった。出るか迷ったが、結局無視してしまった。

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