高橋 久美子

第7回
風邪と共に去りぬ

最新エッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)も絶好調の作家・作詞家の高橋久美子さんの連載エッセイ! 彼女にしか紡ぐことのできない言葉たちで、日々の生活を鮮やかに描きます。〈作家・高橋久美子〉の新しいスタートを告げる連載は、毎月第4水曜日の更新になります。


 東京に住んで十四年経つが未だに東京で新年を迎えたことがなかった。カウントダウンライブに出演していた頃も、ライブが終わるとさっさと実家に帰っていたので、大抵、除夜の鐘は実家のこたつの中で聞いていたのだった。噂に聞くと正月の東京は噓みたいに静かなんだそうだ。人っ子一人歩いてやしねえ。みーんな山に帰っちまって、いるのは生粋の江戸っ子だけなんだそうだ。全国で一番静かな場所だと友人に聞いたことがある。ハロウィンではあの馬鹿騒ぎだが、正月は本当のゴーストタウンなんだって。いや大げさに言っているとは思うよ。渋谷とか新宿はカウントダウンの波でえらいことになっとるのもテレビで見たことあるし。ただ、東京なんて私含め八割が田舎者だ。その八割がみんな里に帰ったとしたら、これはなかなかいい感じかも。平成最後の正月を東京で過ごしてみたい気持ちがめきめき湧き上がってきた。
 そもそも私達夫婦は正月は別行動である。お互いの実家に新年のあいさつに行くべきなんだろうけれど、元の家族でうだうだ熱燗を飲んで箱根駅伝を見て過ごしてほしいと思う。気を使い合う仲ではないが、それでも私が行くとなると、流石にお義母さんはこたつで寝転ぶことはせず(いや普段でも絶対しないな)せっせとお世話をしてくれるに違いない。正月くらいは気を抜いてゆっくり過ごしてほしいと思うのだ。
 友人たちと楽しく過ごすのもいいが、年越しは一人で、町をぶらぶら歩いて、何かを感じるのか、はたまた何にも感じないのか試してみたいなと思った。
 私は決めた。正月を一人で過ごそう。
「今年の正月は実家に帰らんけんなー」
「へーどうすんの? 友達と遊ぶの?」
「いや、一人で過ごす!」
「へーすごいね。俺は帰るねー」
「うん、帰っていいよ。私はね、一人でうろつく、町を。初詣という名の徘徊」
「ふーん。楽しそう」
 じゃあ俺も残ろうかな、という台詞を期待していたわけではないが、あまりに予想通りの反応だ。さすがブレない男。
 世の中はやたらと平成最後を押してくる。そりゃあ一大事だよ、でも平成最後のクリスマスとか、平成最後のセールとか言ってたら、あと三カ月どうやって過ごすのさ。平成最後の赤ちゃんなんて一生何かの節目には登場するはめになりそう。かくいう私も、こうして平成最後に押されて、一人正月計画を実行しようとしている。帰る場所がいくつもあるのに、そのどこにも行かずに。

 クリスマスも終わったある朝、ちょっと喉が痛かった。友達と会う約束があったので、出かけて食事をしたが、帰りの電車の中で段々とだるくなってきた。これは嫌な予感だ。かかりつけの病院によってみたがその日に限って休みだったので家に帰って静かにしていることにした。夕方になると面白いくらい熱が上がって、夜には三十九度を超えている。ひえー。関節が痛いー。階段を降りるのも一苦労。これはもしや……と思った時、クリスマスイブを一緒に過ごしていた友人からメールがあった。私の前に座っていた知人が翌日病院へ行くとインフルエンザだったと。ちーん。決定ですね、はい。
 こんなときだって、病院へ行くのはチャリである。タクシーを呼ぶほどの距離でもないし、いつもの癖でちょっとスーパー行ってくるわーの延長で自転車にまたがる。ヒーターみたいに熱くなった体を、北風が全力で冷ましていく。気持ちいいが、気持ち悪くなってきた。病院について、こんこんと昨夜のしんどさを語ってみるも受付で体温を測ると三十六度五分。話の割に大した事ないじゃん、という目で受付の人が見ている。「いや、これはね北風に全力で冷まされたわけですよね、体を」とは言えない。
 待合室で三十分待った頃、きましたきました。ピーッと頭の上から湯気が出るほどに私のやかんは沸騰しはじめていた。
「今です、今きてます!」
「え? なにがですか?」
「熱です熱。今けっこう上がってます。熱いですよ。測ります? もう一回」
「え? ああ、もう一回ですね」
 慌てて受付の人は体温計を差し出した。待合室は集った人の体温だけでサウナみたいだった。ピピピッという音とともに、私は脇から体温計を取り出し揚々と差し出した。
「三十八度五分ですよ」
「あれ、ほんとだ上がってる」
「さっきはですね、北風が私の熱を冷ましてたんですよね」
「はあ」
 私が、自転車がいかに寒いかを説明していると、
「高橋さんこちらへ」
 看護師さんにすぐさま別の部屋に隔離され、鼻に例の綿棒を入れられ、それはもう坂道を下る自転車みたいに、スピーディーにスマートに、インフルエンザのステージに立ったのだった。最近はタミフルじゃないんだね、薬局で咳こみながらイナビルという粉薬を四本も吸う。悪いことしてるみたいな気分。咳こんでいる人に勢いつけて粉を吸わせるとはなかなかのドSである。その日、全国的に寒波がきており外は猛烈な風。このまま薬局のソファーで寝たかった。帰るとまた熱がK点を超えていた。

 決意などしなくても、年末年始どこへも行けないことが決定した。寝室のベッドだと降りるのがしんどいので、和室に布団を敷いて隔離生活が始まる。ポットに阿波番茶を入れてもらい、おかゆを持ってきてもらい、湯たんぽを交換してもらい、こういうときの夫は母親のように優しくなる。私がいつもの十分の一くらいに静かになるからだろうか。普段からこれくらいのテンションで接すれば丁度いいのだなと思うが、多分できない。学校を休んだ子供のように、ただぼんやりとテレビを眺める。普段大河ドラマと朝ドラしか見ない私が、数日で一年分は見ただろう。イナビルの効果は絶大で、二日寝続けたら熱は下がった。それでもウィルスを保有する私は和室で時が過ぎるのを待つのみだ。三十日、夫は予告どおり実家に帰っていった。
 腰が痛くなるまで寝続け、大晦日にはすっかり治ってしまった。あんなにしんどかったのに嘘みたいだ。紅白は、MISIAの圧倒的歌唱力と生の米津玄師に一番感動した。これで熱燗があったら言うことなしだが、米津玄師と阿波番茶の組み合わせも最高だと思った。私はいつの間にか何度めかの眠りに入ってしまって除夜の鐘など全く聞こえなかった。目を覚ますと、去年か今年か、愛媛か東京か、朝か昼か夕方かもわからなかった。そしてインフルエンザのだるさなのか、寝すぎのだるさなのかも、もはやわからない。
 からの、新年。一階に降りて、味噌汁を作り、ご飯を炊いて、青梗菜を炒める。昨日作っておいた紅白なますと隣の奥さんが持ってきてくれたおせち料理をお皿に盛り付けると、すっかりお正月だ。
 熱が下がると家の中が相当寒かったことに気づいた。さなぎから脱皮するみたいに久々にパジャマを脱ぎ飛ばし、クリスマスに夫からもらったセーターに袖を通す。妹が編んでくれたニット帽をかぶりラトビアで買ったお気に入りの手袋をはめ、マスクをしてコートをはおり、ブーツを履き、玄関を開ける。ああ、外の世界はなんと眩しいこと。右足を敷居の外に出す。ふわふわとして地上に初めて降り立った宇宙人の気分だった。人気のない住宅街を歩く。いつもは賑やかな公園に子どもは一人もいない。初詣帰りだろうか正装をした一組の夫婦とすれ違ったが、家々のガレージから車も消えている。
 神社前に差し掛かると、様子がおかしい。普段なら神主さん以外と出会うことのない神社に長蛇の列ができている。行列は外まで延びて、境内の壁に沿ってぐるりと半周しているではないか。私と同着した人たちも「なにこれ! 毎年全然いないのにね」と驚いている。どうやらここにも〈平成最後〉が押し寄せているらしい。生粋の江戸っ子たちに混ざって一時間半待ち続ける。後ろの家族がカラオケ店に「一時間遅れます」と電話している。歌いたい気分だ。私もつれてってくれ。神様にお願いしたいことを考えてみたが、いくら考えても思い浮かばなかった。インフルエンザもすっかりよくなったし、受験もとっくの昔に終わったし、あと細々した問題は自分で何とかするし。こうして多くの大人は家族と世界の平和を願うようになるんだな。
 境内に入ると『四人一組になって進んでください』の看板がある。構わず一人で進んでいたが後ろのちびっこが「お母さん、四人じゃない人がいるよ」と、ちくちくやるので、私は前の三人家族の四人目のメンバーとして進むことになった。家族と神社に来たことを同じクラスの女子に見られたくなさそうな思春期の息子が「お前誰や」という目でこっちを見てくる。一緒に階段を登って一緒に賽銭を投げ、なんとなく一緒に手を叩いて、一緒に数秒手を合わせた。この子は何を願っているのだろう。この子くらいのとき、私はどんなことを願っていただろう。即席家族は階段を降りてそれぞれの日常に戻っていった。私は結局何もお願いできなかった。毎年そんなもんだった、何願おうかと考えているうちにこの数秒は来年に持ち越しになるんだった、と思い出した。

 何を血迷ったのか「家内安全」と書かれた一番でかい御札を買ってリュックの中に突っ込んで、街をうろついた。清々しいほどに人も車もいなかった。駅前にひしめき合う店は見事に全部閉まって、ゾンビ映画の生き残りみたいに数人とすれ違うだけだった。鳥はいつもより元気に鳴き、風はいつもより冷たく、空はちゃんと空を演じ、空気は正月のために用意されたように澄んでいた。ショーウィンドウに並ぶ服も、家具も、本も、気配を消すどころか普段より生々しく存在感を放っている。街というものは、どうやら生き物らしい。
 商店街も喫茶店もスーパーも全て閉まっているが一軒だけ電気の点いている店があり足元には「ぜんざい」と書かれた黒板が出ている。今まで気づかなかったがお洒落なお茶屋さんのようだ。一旦通り過ぎたが、どうしても餅が食べたくてガラスの扉を開けた。鹿児島出身だという若い女性の店員二人は、この時期は混むから帰らず店を開けるんだと言った。数人のお客さんと、ぜんざいを食べながらふるさとの話をした。

 こうして、平成最後の正月は風邪と共に去っていった。

 

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