荒内佑

第27回
Sweet Revenge

4th Album『POLY LIFE MULTI SOUL』が各方面で大絶賛!!! 今、もっとも注目されるバンドceroのメンバーとして多くの楽曲で作曲、作詞を手がける荒内佑が、〈日常〉とそこに流れる音楽の話を綴る大好評の連載。 更新は毎月1回、第4水曜日になります。


 子供というものは別段仲が良くなくても「同級生」という理由だけで、一緒に遊ぶものである。
 小中の同級生だったKもそういう奴の一人だった。色白でガリガリ、授業中はギャーギャーうるさく、噓もつきまくる、同級生からのプロップスはゼロ。イジメられていた訳ではないのだけど、教師から疎まれているのも子供ながらはっきりと分かった。
 祖父から聞いた戦争体験談をKに話したことがあった。小4の時だ。僕の祖父は戦後シベリヤで捕虜となり、凍傷の影響で右手の小指の先が欠けていた。そこで同じく捕虜になったドイツ兵の話、その時じゃがいも(馬鈴薯)を食い過ぎて嫌いになった話、船で日本に帰ってきた時に朝靄の中から陸地が見えて涙した話、なんかが僕のお気に入りだった。よせばいいのに、そんなエピソードをKに披露した翌朝、クラスに入るや否や「お前のじいちゃん人殺し〜」と言ってきた。バカなかまってちゃん、と今なら思えるだろうか。とにかくその時はKを捕まえて鼻血が出るまでぶん殴った。
 大人のケンカは歳を追うごとに修復が難しくなっていくが、しかし、子供の人間関係というのはどうなっているんだろう。そこまで言われてもなお、僕はその後もKと何度か遊んだのだった。


 ある日、僕はKの家に一人で行くことになった。多分スーファミで自分が持っていないソフトがやりたかったのだと思う。他にKの家に行く理由が思いつかない。一軒家のリビングは少し日当たりが悪く、その薄暗さは落ち着いた印象を与えた。大きなケージにアメリカンショートヘアーみたいな猫が2匹。静かな家だな、と思った。何よりも自分が知っている母親像とは違う、若くて綺麗な母親がいた。そういえば、今思うとKも綺麗な顔つきをしていた。それにしても「同級生の母親」というのは自分の子を学校とは違う呼び名で呼んだり、かと思うと急に怒り出したり、ポテトチップスをくれたりする、他所の子にとっては甘えていいのか分からない恐怖の対象である。この母親は息子が「お前のじいちゃん人殺し〜」と言ったのを知ってるんだろうか。もし僕がそれを糾弾し、Kがクソほど怒られたとしても最終的に母親は自分の息子を守るだろうな、というのが直感的に分かる。僕はそんな奴の家にわざわざ赴きスーファミをプレイし、お菓子と麦茶までご馳走になっている。どういうことだ。


 家にいるKは静かだった。ケージの猫も大人しかった。特に話すこともなく黙々とスーファミをこなした。どのくらい時間が過ぎただろう。僕は「ちょっとトイレ」と言って席を立った。ゲームに夢中になり膀胱が限界だ。そして、便器の前でチャックを下ろしたその時である。自分の意志とは全く関係のない動きを見せた。例えばアメリカのホームドラマに出てくる中流階級の家、そこの芝生に無造作に置かれたホース、勢いよく水が注入されると生物のようにのたうち回る、大人も子供も犬もみんな笑顔。そういうことだ。もしくは夏の校庭のスプリンクラー。もしくは大車輪とひねり。カオス理論。男性なら誰でもあること。しかし、この時は勢いが違った。壁という壁、床という床、服という服、ジャクソン・ポロックもかくや、という筆致。便器は本来の役目を失い、ただ鎮座するだけ。
 どうやって解釈すればいい。祖父に続いて僕も陵辱されるのだろうか。これはKをぶん殴った罰だろうか。はたまた神様が仕組んだKへの復讐。いや、どっちでもいい。そんなことより服がびしょ濡れだ。このままあの薄暗いリビングに戻ったらなんて言われるか分からない。幸い、トイレは玄関脇にあった。そこで僕は帰ることにした。何も言わずそっと帰宅し、服を着替えた。そして、これが今でも不思議なのだけど僕はKの家へ戻った。全身違う服装で。30分以上の空白とトイレの壁画。しかし、その間誰もトイレを使わなかったのだろう、気づかれていないようだった。Kには「お前、うんこしてただろーうんこうんこ」と言われ、僕は内心ほくそ笑んで「もう帰る」とすぐさま再び帰宅した。


 翌日、登校した僕を見つけたKは半ば怒ってるような、嬉しそうな顔で駆け寄って来る。
「アラウチー、お前ウチでしょんべん漏らしただろ〜?」
 僕は準備していた文言を口にするだけである。
「おまえ……とい…こわれ……」
 さすがに無理を感じたのか一瞬怯んでしまった。
「しょんべん〜しょんべん〜」
 後には引けない。
「……お前ん家のトイレ、壊れてたんだけど」
「え? 」
「だから、トイレ壊れてる」
「は? ウソだね〜」
「便器の水が溢れた」
「しょんべ……」
「壊れてるって」
「しょ……」
「トイレ壊れてるよ」
「え……そうなの」
「うん」


 時に人生は論理や整合性よりも、捏造、隠蔽、押し切りが必要であることはいうまでもない。

 

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