絶叫委員会

【第135回】外の世界

PR誌「ちくま」1月号より穂村弘さんの連載を掲載します。

 家の中にずっと籠もっている日々だ。自分の机でパソコンの画面に向かって、こんな風に文字を打ち込んでいる。たまに冷蔵庫のドアを開けて、いいものないなあ、と思ってまた閉める。いいものが何かはわからない。納豆をぐるぐる混ぜて食べることもある。御飯はなし。それから、休憩と称して何十回も読んだ漫画本を開く。今日は『包丁人味平』だ。主人公塩見味平対カレー将軍鼻田香作(鋭敏な鼻を守るためにいつも鼻カバーを着けている)のカレー戦争、最高に面白い。
 でも、と思う。半世紀も前の漫画を繰り返し読んでいるだけでは進歩がない。少しは現実を知らないと。今、外の世界では何が起こっているんだろう。そう思って、インターネットのニュースの見出しを眺めてみる。

 ドアストッパーが隕石と判明

 どういうことだろう。隕石がそれとは気づかれないまま誰かの家のドアストッパーとして使用されていた、ということか。だが、どうしてそれが判明したのか。たまたま友人の天文学者がその家を訪れたのか。宅急便のお兄さんが隕石マニアだったのか。記事の中身を読めばわかるのだろう。でも、それはせずに続きを見てゆく。

 水族館でサメの盗難事件発生
 ベビーカーに入れて赤ちゃんに見せかける

 何故サメを、どうやってベビーカーに、というか、入れて死なないのか、というか、どうして赤ちゃんに、というか、見えるのか赤ちゃんに。謎が多すぎて思考が細切れだ。

 南極で初の殺人未遂
 読んでいる本のネタバレされて

 南極は特殊な閉鎖空間で、しかも本が貴重品だからそうなったのか。本屋は遠いし、アマゾンも、利用したことないからよく知らないけど、届けてくれないと思う。試しに「南極 最寄りの本屋」で検索したら、ジュンク堂書店立川高島屋店が出た。何かが違う。検索が下手すぎる。

 ビル・ゲイツ氏、糞便入り容器とともに登壇

 さすがに驚いて記事を開くと「北京で開催されたトイレに関するイベント」での出来事らしい。

 ゲイツ氏は手にした容器について、「最大で200兆のロタウイルス、200億の赤痢菌、10万個の寄生蠕虫の卵」が含まれている可能性があると指摘した。

 指摘したって……、それは別に現物を手に持って登壇しなくても可能なんじゃないか。私の知っているというかイメージしていたビル・ゲイツとは何か違う気がする。いったい誰の、まさか自分のを、全世界に、そんなマニアックな、いや、ヒロイックか、よくわからない。
 ニュースたちを読めば読むほど不安になる。私が部屋に籠もっている間に、世界はすっかり自分の知っている世界ではなくなっているようだ。ドアを開けて外に出るのがこわい。
 

関連書籍

こちらあみ子

穂村 弘

絶叫委員会 (ちくま文庫)

筑摩書房

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入
こちらあみ子

川上未映子

たましいのふたりごと (単行本)

筑摩書房

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入
こちらあみ子

穂村 弘

どうして書くの?―穂村弘対談集

筑摩書房

¥ 1,620

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入