加納 Aマッソ

第10回「俺、洗濯やめるわ……」

 洗濯機が壊れた。少し前から、不規則な嫌な音がするなぁと思っていたが、放っておいたら、ついにぴくりとも動かなくなってしまった。使用期間を考えると寿命だったのかもしれない。それでも、愛する白物の突然死に、ショックは想像以上に大きかった。悲嘆にくれながら最寄りのコインランドリーを調べると、うちから徒歩30分もある。困ったもんであった。

 方向性の違いを抱えたバンドの揉め事に巻き込まれた。少し前から、不快な音がするなぁとは思ったが、ロック、ひいては現代音楽にはそういう一面もあるのかもしれないと静観していたら、目の前で衝突は起きた。方向性とはすなわち願望であり根幹であり、議論でどうこうなるものではない。困ったもんであった。

 ザ・コインランドリーは、廃れかけていた。前まではたくさんのお客さんが来ていたが、ここ数年でライバルが多く現れ、昔からの客も一人また一人と、新しい時代の波に流されていった。存在させているのは意地であると、傍目にはそう映った。

 5つ並ぶうちの真ん中に持ってきた洗濯物を入れ、洗い上がるまでの間、その前で壊れそうなベンチに腰かけて本を読んでいた。児童向けの翻訳書で、慣れない文章のリズムが心地いい。家の洗濯機よりも大げさな低音が気にかかり、しばしば洗浄は読書の邪魔をした。一つのエコバックに詰め込んで洗濯物を運んできたので、無意識に空いたほうの手で左肩を揉んでいる。しばらくして、ピーという終了音とともに、ゆっくりとマシンが止まった。開けると、そこからボーカルが出てきた。

 唐突に「どうだった?」と聞かれた。びっしょりと汗をかいて、いかにもライブ直後といった感じであった。私は言葉を選んで「すごくラウドでした」と答えた。大げさな低音が不快だった、とは言えなかった。ボーカルは喜びも怒りもせず「センキュー」とだけ言って、着ていた革ジャンを脱ぎ、隣の洗濯機にいかにもパンクといった感じで乱暴に投げ入れた。私は反射的に「あっ」と声を漏らした。そしておずおずと、革ジャンは、洗濯機にかけないほうが、と言ったが、ボーカルは無視して乾燥機の中に入っていき、ぐるぐると軽快に回りはじめた。そういうところがインディーズなんじゃないのか、と私は顔をしかめた。

 しばらくして、端の洗濯機から脱水を終えたベースが出てきた。「ボーカルは?」と聞かれた。私はふてくされながら「乾燥中です」と答えた。ベースは苛立って「足並み揃わねぇな、くそ!」と言って「名古屋のツアーの時もそうだった」と続けた。ベースを見ると、私が洗っていたはずのTシャツを着ている。胸元のロゴにHELLOと書いていたのに、Oの部分が切り裂かれていてHELLにされていた。こっちはヘビメタかよ、とため息が漏れる。ベースは、回っている洗濯機を見やり、憤慨してボーカルが回っている乾燥機を開けた。「革ジャン洗うんじゃねえよ!」という怒号が飛んだ。ボーカルも回りながら負けじと「このタグ表示忠実野郎!」と言い返した。

 左から二番目の洗濯機から、柔軟剤でふわふわに仕上がったドラムが出てきて、「まあまあ」と柔和な表情で二人の間に割って入った。CMでよく見るメーカーのあの爽やかな匂いを全身にまとい、ドラムのポップスへの傾倒が窺える。そして持っていたドラムスティックの先で、ボーカルが入っていた乾燥機の停止ボタンを押した。そういうところがインディーズなんだよ! と、私はまた心の中で毒ついた。
 扉が開いて、外からたくさんの洗濯物を抱えたギターが入ってきた。ギターの神妙な面持ちに気づいた3人は言い合いを止め、ギターの方を向いた。ギターは俯きながら静かに「俺、洗濯やめるわ……」と言って、自分の洗濯物を置き、止めるメンバーの声をよそに、一度も振り向かずに出て行った。沈黙の中に、革ジャンを洗濯する音だけが、店内に響いていた。

 あれから、我が家に新しい洗濯機が来た。機能も容量も増えて、毎日の洗濯が楽しい。バンドはほどなくして解散し、ギターが置いていった洗濯物はうちで引き取った。たまに引っ張り出しては、洗濯してみる。奇妙な音を立てて、ギターの洗濯物は回る。こんな演奏で売れるかよ、と笑いながら、4人が進んだ次の人生に、思いを馳せる。