荒内佑

第28回
2008年に昭和を感じた

4th Album『POLY LIFE MULTI SOUL』が各方面で大絶賛!!! 今、もっとも注目されるバンドceroのメンバーとして多くの楽曲で作曲、作詞を手がける荒内佑が、〈日常〉とそこに流れる音楽の話を綴る大好評の連載。 更新は毎月1回、第4水曜日になります。


 1999年は多くの人がノストラダムスの大予言を半ば本気で信じていた。1984年生まれの僕は90年代の間に義務教育を受け、ちょうど2000年の春に高校に入った。ミレニアムといわずとも、個人史としても90年代と2000年代の間には大きな隔たりがある。なにせ2000年は死ぬほど、死ぬほど嫌いな中学から解放された上に地球滅亡を免れたこと、急にモテ出したことなどが重なり、毎日熱に浮かされたように幸福感を感じていた。調子に乗った僕は卒業後、教師たちの車のホイールに水風船を投げ込んでやった。なんとでもいってくれ。エンジンがかかると風船が破裂して水が撒き散らされる。さようなら90年代。


 こないだ何の気なしにテレビで知らないドラマを見ていた。古い映像である。主人公の男性は肩まであるロン毛、ヒロインと思しき女性は細眉、CGの粗さ、携帯はJ-PHONE、画質も考慮すると96、7年のものかな、と予想を立てる。どこか陰鬱な印象を与えるのは(自分の)90年代を想起させるからだ、とも思う。答え合わせをしようとドラマの名前を検索してみた。正解は2003年。
 最近平成の総括として2000年代前半のテレビ映像がしつこいぐらい流れる。30代以上の少なくない人が困惑しているはずだ。その90年代っぷりに。もっといえば昭和の長い残響に。おっさんが20年近く前のことをつい最近のように感じるということではない。僕の個人史としても、社会としてもミレニアムは大きな変革だと思っていたが、本当に大したことなかったんだな、とボディブロウのように日々打ち込まれている。
 確かに21世紀になっても中央線はまだ橙色のベタ塗りだった。実家の炊飯器は白地に花柄だった(たぶん)。ブッシュの前でプレスリーのモノマネをする小泉純一郎から放たれるのは、戦後、昭和のキツすぎる残り香だった。今世紀のはじめ、平成の前半はこんなにも旧態依然とした時代だったとは。


 生前、橋本治さんが書かれたように、年号の変更はただの言葉と数字の問題にとどまらず、個々人に影響を与える、というのは本当だと思う。昭和の終わりには沢山の著名人が亡くなったという。しかし、実際問題、毎日誰かの命日である。昭和の名優たちがその時代の終わりにみんな死んだかといえば全くそんなことはない。
 むしろ90年代っぽさとか、昭和っぽさ、というのは確かにある訳だが、そういうのはダラダラ始まって、だらしなく終わる。よく故人を偲んで「まだ亡くなった実感が湧きません。きっとふとした時にあぁ、もういないんだな、と思うのかも知れません」というけども、そういうことに近いだろう。平成っぽい、という物言いを僕は聞いたことないんだけど読者はどうだろう。


 自分が音楽業界といわれるものに出入りし始めたのは10年くらい前の2008~2009年である。当然といえば当然だが、そこには今よりもずっと前時代の残り香があった。当時はCM音楽のプロデューサー、Kさんにお世話になっていて、バンドの師匠に当たる鈴木慶一さんに出会ったり、スタジオミュージシャン見習いとしてCM音楽の録音もいくつかやっていた(しかもベーシストとして)。
 そんな最中、ゲームクリエイターである飯野賢治さんと仕事をする機会があった。正確にいうと、Kさんが半ば無理やり僕らを売り込んで打ち合わせをし、数曲デモを提出しただけで、結局いつの間にか自分たちはそのプロジェクトからフェードアウトしていた。こう書くと亡くなられた飯野さんの話のようだが、自分がはっきり覚えているのは彼のマネージャー氏である。
 

 ある日の夜、バンドのメンバーとKさんで都内にある飯野さんの事務所へ赴く。大きなマンションの一階だったと思う。室内はダウンライトが灯っていて仄暗く、リビングの中庭側は一面ガラス張りだったと記憶している。テーブルの上には生ハムとルッコラが乗ったピザ。
 飯野さんといえば、ポストゲームとでもいうべきジャンルを作り出し、90年代にその名を上げた方である。とにかく、何がいいたいかといえば、ただのボンクラにしてみればそこはあまりに有名人の事務所然としていた(飯野さんは知的で紳士、どこの馬の骨とも分からぬ僕らにも優しかった)。
 そこへ件のマネージャー氏が現れる。50代と思しき男性である。肩からセーターをかけているテレビプロデューサー……実際、そんな身なりではないのだけど世間知らずな自分には氏が醸し出す業界感は昭和のテレビでも見ているような気分にさせた。
 あらかじめ提出していたデモを受けて氏は、あぁいう朴訥とした曲というよりはエレクトロニカ、電子音の要素が入っている方がいい。音楽って結局アガるかどうかが大事だよね、等の話をする。そして次第に世間話へ話題が変わっていく時、僕は生まれて初めてそのワードを聞いた。
 

 マネージャー氏曰く
「トゥイッター知ってる? 」
「え? 」
「いやぁ、トゥイッターはすごいよ。ユーストリームとの相性がいい」
「ユーストリーム? 」
「こないだ〇〇さんも配信してたけどあの2つはすごい。帰ったら見てみて」


 発音をバカにしている訳ではない。横文字の呼称が普及前は統一されない、というのはよくあることである。というかその未確認生物「トゥイッター」とは、「ツイスター」みたいなゲームのことだろうか。インターネットと関係あるのかな……くらいの理解であった。
 自分が分かったのは、おそらく「tw」を「ツ」ではなく「トゥ」と発音していること。そしてそれは僕の祖母が「ソーセージ」の「ソ」にアクセントを置くことや、小林秀雄が「モーツァルト」を「モオツァルト」と書くことを想起させた。つまり昭和の発音だな、と思った。
 時は2008年だが、次の10年で爆発的に普及する未知なる生物「トゥイッター」は、昭和マナーによって、もわ~と自分の前に登場したのである。もう一度書くけど、90年代っぽさとか、昭和っぽさ、平成っぽさというのはダラダラ始まって、だらしなく終わるみたいだ。

 

関連書籍