単行本

動物と人間が寄り添う新たな革命

生田武志『いのちへの礼儀――国家・資本・家族の変容と動物たち』書評

人間にとって動物とは何者なのか。なぜ私たちは意図的に動物を殺すのか。それを問うことは、人類の来し方を振り返り、肉食への態度を語るのに等しい。ホモ・サピエンスの誕生以来二〇万年続いた「狩猟」。一万年前からの「家畜」。そして二〇世紀後半の「畜産革命」によって、「いのち」が産業化された。大阪・釜ヶ崎という極限状況で人間の生と死を洞察してきた著者が、動物たちの生と死に真っすぐに向き合い、人間と動物との共闘の道をしめす書き下ろし評論。

 もしもぼくら人間が、動物たちの気持ちをじかに感じられるようになったら、世界は転覆するだろうと思ったことがある。こんなにも彼らを利用しつくして成立しているこの世界は。
 本書『いのちへの礼儀』は、その思いを髣髴(ほうふう)とさせる、とてつもない動物論だ。おもしろくて、知的にエキサイティング。読んでいる間、ずっと心が惹きつけられていた。
 本書では、肉食の歴史、ペット産業や工業畜産、実験動物、動物の権利と環境倫理学、また動物の福祉や捕鯨問題、被災地の動物、さらに戦争における動物についてなど、動物に関して考えられるありとあらゆるテーマを俎上(そじよう)にあげている。国内外の膨大な資料をここまで丹念に整理した咀嚼力に驚愕するが、本書の凄さはそれだけじゃない。ぼくらの旗印となるべき、いのちの側に立った革命論にまで論を進めていることだ。
本書の問題提起は、まずは、作家の坂東眞砂子氏の「子猫殺し」の考察からはじまる。非難を浴びたその一件から著者が抽出したのは、動物虐待を非難する人々が、なぜ動物を食べるのかという根本的なテーマだ。それに付随していえば、なぜ人々は動物を「かわいい」と消費しながら、犬猫の殺処分をはじめとする動物の扱いのむごさを別問題として棚上げできるのか、ということでもある。その無自覚な「構造的暴力」への加担は、だれもが無縁ではいられない。
 そこから本書は、経済成長期に確立した家族像が変化するなかで、ペットが「家族以上の家族」とみなされるようになった一方、「食べる」家畜については「無関心」になった現状を示していく。その要因としてあげられるのは、この国では飛鳥時代から約一二〇〇年もの間、原則として肉食を禁じていたということだ。それが明治に入って肉食を解禁し、近代化の証として国策で肉食を奨励した。つまり、畜産はいきなり近代産業として導入されたので、「食べるための家畜をかわいがる(尊重する)」という関係は根付かず、畜産動物は人々にとって単なる「食材」としての存在となってしまったのだという。
 そんな「無関心」のもとで行われている畜産動物の扱いの実態も本書は伝えるが、思わず唖然とせずにはいられなかった。彼らが生きる満足度を極限までこそぎ落とした、効率最優先のシステム。そこでは彼らの「死の苦しみ」は最小化されたが、「生の苦しみ」と「尊厳の剝奪」は極大化された。よくぞここまでの地獄を作りだせたものだと思うけれど、ぼく自身一度も、彼らの声なき悲鳴を想像したことがなかった。
 だれもが菜食主義者になれるわけではない。では現実的に何ができるかまで本書は示しつつ、それらの議論を土台にして話題は人間のほうに近づいていく。すでに最初のほうで著者は、死刑や戦争などで「死を支配する権力」だった体制が、やがて「生命に対して積極的に働きかける権力」に移行したというフーコーの指摘と、その議論を前提としてドゥルーズが示した「管理社会」(=開放的な生の管理)という言葉を置いていた。これは「国家」と「資本」、そしてその両方に紐づけられた「家族」の軛(くびき)から解放されるための「動物と人間の共闘」という、胸を打つ後半のテーマへとつながるものだった。
 動物と人間の共闘、それは過去の戦争のように動物を参戦させることではない(第二次世界大戦ではアザラシも戦闘に利用されていた!)。体の障害や心に傷のある者を識別して自分から寄り添ったオオカミや犬や猫のように、人間も苦しむ動物に寄り添い、相互に力を与え合う関係のことである。それによって人間も、「国家」と「資本」による「家畜化」や「幸福な奴隷」状態からの脱却をめざすのだ──剝奪された生の喜びと尊厳を奪還するために。本書ではその「共闘」のモデルとして、松浦理英子氏や笙野頼子氏、またぼくの小説作品とともに、被曝した牛を今も生かす「希望の牧場」を取り上げる。
 所詮動物の話、ではない。殺しすぎる本性を持つぼくらホモ・サピエンスの自滅を回避するための、切実な、温もりの通う新たな世界の萌芽がここにある。全人類に読ませたい、圧倒的な知の到達だ。

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