PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

橋本治というジャンル

2月刊、橋本治『思いつきで世界は進む』に関して、武田砂鉄さんにエッセイをご寄稿していただきました。 突然の訃報により、この本のみならず、「橋本治」とは何者だったのかについて、論じていただいております。ぜひともご覧ください。

 さて、書評を書くために本書を読もう、と思ったところで訃報が入った。著作をたくさん読んできた。一度だけお会いしたこともある。ツイッターを開けば、偲ぶ声が連なる。追悼文的な内容のほうがいいのだろうか(と、「こういう時に最適な文章とは何か」を模索する自分に苛立つ)と思いながら本書をめくると、しばらくの間、この人がもういなくなってしまった、という現実をすっかり忘れて没頭する。目の前に異物を発見し、その異物がどんな形をしているのかをいくつもの角度から見つめ、どうやったらこの異物を柔らかくほぐせるか、挑発できるか、壊せるか、仲良くなれるかと、しつこく絡んでいく時評コラムに憧れを持ち続けてきた。二〇一四年から本誌で連載されてきた五〇回分の時評を編み直した一冊を、橋本は「「橋本治が書いている」ということ以外に一貫性はありません」と記す。この一貫性をもう手にできない。「橋本治が書いている」は、何よりのジャンルだった。

 この五年、怒ることがどんどんしんどくなっていった。次から次へと突っ込むべき悪事が生まれ、企みを見つけ、それに対して怒っていると、なんで怒っているの、と嘲笑され、怒るのをやめて呆れていると、上から目線などと言われ、呆れるのを諦めて、さっさと忘れるようになると、あちらは何事もなかったかのように息を吹き返す、その繰り返しだった。本書の節々で、現政権への怒りが注がれる。それが、時に呆れになったり、諦めになったりする。で、また怒る。わだかまった状態を維持しつつ、どうしてこんなことになったのかと考え続ける。

 加計学園の獣医学部新設問題で、文書に残されていた「総理のご意向」との記載が話題になった。橋本が注視するのは、経緯ではなく、「ご意向」の「ご」。なぜ「意向」ではなく「ご意向」なのか。「行政のトップに立つ人間に、実際の行政機関の中で働く人間が「ご意向」なんて言うかね?」「もう北朝鮮のことなんか笑えないなと思う」。トランプ大統領と仲良くゴルフをした安倍首相がバンカーから出ようとして素っ転んだ。転び方にも種類がある。「あ、大丈夫ですか」と駆け寄りたくなる転け方と、「あまりのことに、心配するより先に笑っちゃった」というような転け方。首相は前者だった。だがトランプは、そんな首相を振り返りもしなかった。そこから見えてくる日米関係。用意された原稿を読みふける姿よりも、バンカーでの転け方から見えてくるものがある。

 橋本治のコラムはいつもこういう視点を教えてくれた。愉快に茶化す。文句を言っているだけじゃ変わらないよ、などと醒めながら、否定する行為を否定する風土が高まる中で、この愉快な茶化し方は効果的だった。「めんどくささを省略した短絡した意見」ばかりが重宝される世の中で、めんどくささをむしろ培養しながら、どこにたどり着くかわからない長大な意見を注ぎ込んだ橋本治の「意向」は、「ご意向」にならず、市井に染み込み続けた。

「なんとなく平成は自動的に終わるもんだと思っていたけれど、人が立て続けに死んで行くニュースに接して、改めて「あ、一つの時代が終わるんだ」と思った」

「平成は短命だが昭和は長い、というのではないだろう。昭和は、その後の「終わり」が見えなくてまださまよっている」

 こういった文章を今から発見するとなんだか悔しい。あなたのせいで終わるんだ、と思うし、さまよっているとも思う。でも、偲ぶ前に、最後までずっと、目の前にある異物を捕まえていたこと、そこに注がれる怒りが、とっても強いものであったことを思い返したい。

 問題を見つけて、迂回しているうちに相手の後ろ姿が見えたので、その姿をじっくり描写してみるような、結論を急がないがゆえに鋭さが持続するようなコラムがとても好きだった。本書で橋本が考察の対象にした人々は、のらりくらりと逃げたままだというのに、それってどうなのよ、と問い詰める橋本治という書き手だけを過去形で語らなければいけないのが、どうにも辛い。