世の中ラボ

【第107回】日本の政治を考え直す海外発の本

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2019年3月号より転載。

 今年は春に統一地方選、夏には参院選を控えた選挙の年。だけど、統計不正問題その他で与党はもうムチャクチャだし、離合集散をくり返す野党もパッとしない。床屋談義が嫌いではない私ですら関心を失っているのだから、あとは推して知るべし。ついでにいえば、日本の論者による日本の政治の本にもやや飽きてきた。
 ってな愚痴をこぼしていても建設的な議論にならない。ここはリフレッシュが必要かもしれない。頭に少し外の風を入れてみよう。政治界隈の翻訳書を読んでみた。
 ヨハン・ガルトゥングは「積極的平和主義」の提唱者として知られるノルウェーの社会学者だ。『日本人のための平和論』はそのガルトゥング博士が日本が直面する国際問題への提言をまとめた本。一九六八年にはじめて日本を訪れて以来、〈年々変化する日本の姿を見守ってきたが、この国が今ほどさまざまな難問に直面し、苦しんでいるところを見たことがない〉と彼はいう。
〈日本を苦しめている問題の根本原因は何か。そうたずねられれば、まず米国への従属という事実を挙げなくてはならない。近隣諸国とのあいだで高まる緊張はその帰結である。/そのような中で、第二次安倍政権以後、安保関連法制定や集団的自衛権の容認など、安全保障をめぐる日本の政策が大きく変化している。憲法改正の動きもいよいよ現実のものとなってきた。私にはこの変化はきわめて危険なものに映る〉。まったくもってその通り。が、さらに続けて彼はいうのだ。〈現政権への国民の支持が高いことを、世界は総じて驚きの眼差しで見ている。なぜ日本人は安倍政権を支持するのか。私は日本人が代替案を知らないからだと思う。他に選択肢がないと思い込んでいるから支持しているのだ〉。
 なるほど! では代替案とはどのようなものなのだろうか。

国際紛争を解決する代替案とは
 まず、対米従属の象徴である沖縄の基地問題について。ガルトゥング博士の見解は明快である。基地問題は一見解決不可能に見えるが、〈じつは解決策がある。すべての米軍基地を日本から撤退させればよいのだ〉。〈私が自信をもって基地の撤退を提案する理由は、日本は米軍基地などなくても安全を確保できるという確信があるからだ。いや、ないほうが、創造的な平和政策を遂行しやすくなり、東アジアの調和と安定に貢献できる〉。
 そもそも〈日本が他国に攻められたとしても、米国が日本を助けに来るとは思えない〉と彼はいう。それどころか、地政学的に見ても、米軍が沖縄から撤退した場合の唯一のリスクは〈中国による沖縄占領ではなく、米国による再度の沖縄占領である〉。だから、撤退。ただし、日米安保には手をつけず、そのまま維持する。安保体制を維持したとしても、平和を構築する別の努力を続ければ、やがてそれは無意味化し、埃をかぶったままになるはずだ、と。
 東アジア諸国との関係はどうだろうか。
 中国や韓国と日本の間に横たわる騒動のタネは主として二つ。領土問題と歴史認識問題だ。日中間には尖閣諸島(釣魚群島)の領有権をめぐる争いがあり、また南京事件(南京大虐殺)の認識に関する食い違いがある。日韓の間には竹島(独島)の領有権争いがくすぶっており、「慰安婦」問題もこじれにこじれて、もはや解決は不可能にさえ思える。しかし、これらの問題にも、ガルトゥング博士は現実的な解決策があると断言するのだ。
 尖閣諸島に関しては〈日本と中国が尖閣諸島を共同所有することだと私は考える。この島と周辺の海から得られる資源と収益を分かち合うということである〉。彼自身の経験からも〈即座ではないとしても、それは必ず実現可能だということを断言する〉。本書には竹島問題は出てこないが、原則は同じ。四島返還か二島返還か、もっかロシアとの間で揺れている北方領土に関する解決策もいたって簡単、〈日本とロシアが、「これからは共同で四島を管理しよう」と言いさえすればよいのだ〉。
 歴史認識のズレに関しても、和解への道はある。①当事者が共同で事実を検証する(過去に何があったか、事実関係や解釈について時間をかけて議論する)。②出来事を過去のものにするために、合意を表明する。③未来の建設に取り組む(当事者が連携して共通のプロジェクトに取り組むことで、はじめてトラウマは克服できる)。南京事件も、慰安婦問題も、真珠湾攻撃や原爆投下をめぐる米国との認識のズレも、この方式で臨め、と。
 いかがだろうか。米軍には撤退してもらう。領土問題は当事国の共同管理で乗り越える。歴史認識は共同で事実の検証に取り組む。――保守派はおそらく「お花畑」の一言で一笑に付すだろう。左派リベラルを自認する人たちも「そりゃあそれが理想だけどさ」で片づけそうだ。だがそれは、本気で問題を解決する気がない人の発想だろう。ガルトゥングにいわせれば、〈ほとんどの人は武力に代わる解決策が存在することさえ知らない〉のだ。
 彼の提言には、少なくとも「どちらの方向を目指せばよいか」という指針が示されており、双方が納得できるウィンウィンの落としどころが具体的にイメージされている。彼の提言に一定の説得性があるのは、単なる机上の空論ではなく、彼自身が紛争調停人としてヨーロッパをはじめとする紛争の現場に赴き、当事者と会い、成功例も失敗例も見てきた経験に裏打ちされているからだ。
 したがって、軍事に関する認識などは、日本の左派とはかなり異なる。米軍撤退後の日本は専守防衛に徹すべく、スイスにならって、他国を挑発する長距離兵器の保有をやめ、防衛的な短距離兵器に転換せよという提言などがそれに当たるだろう。日本が日本の国土に適した有効な防衛策(沿岸の国境防衛、自衛隊による領土内防衛など)を講じるならば、〈いかなる国も日本に攻撃をしかけて占領しようなどと考えないはずである〉。
 こうした議論は、米国の後ろ盾がなければ自力での防衛はできない、という左右両派の思い込みを打破する。まさに代替案なのだ。

経済政策の代替案は反緊縮財政
 経済に目を転じてみよう。最近よく耳にするのは、世界各国でひとつの新しい潮流となりつつある「経済左派」の台頭だ。英国労働党の党首ジェレミー・コービン、スペインの新興左翼政党「ポデモス」を率いるパブロ・イグレシアス、二〇一六年の米大統領選で社会現象を巻き起こしたバーニー・サンダース。彼らに共通するのは貧困層や労働者層に訴える経済重視であることだ。
 シャンタル・ムフ『左派ポピュリズムのために』は、ベルギー生まれ、英国の大学で教鞭をとる女性政治学者の本。
〈メディアは、現状に反対する人々をポピュリズムと呼ぶことで、不適格者の烙印を押しつけてきた〉が、ポピュリズムとは〈「権力者」に対抗する「敗者(アンダードツグ)」を動員する言説戦略〉なのだと彼女はいう。その力こそが不公正な社会秩序をつくり直す主体であり、肯定すべき「左派ポピュリズム」なのだと。
 左派ポピュリズムが台頭した要因は、ざっくりいえば新自由主義経済による緊縮政策だ。〈民営化と規制緩和といった諸政策が、労働者の状況を劇的に悪化させた〉うえに、〈二〇〇八年の危機後に押しつけられた緊縮政策と相俟って、中間層の大部分にも影響を与えており、彼らの貧民化と不安定化はますます進行している〉。ここまでは日本もいっしょ。だが、日本とちがい欧州各国では、二〇一一年頃から注目すべき国民的抗議運動が起こった。ギリシャでもスペインでもアメリカでも、少し遅れてフランスでも。〈これらの抗議は〔政治的〕無関心(アパシー)の時代のあとの政治的な目覚めの兆候であった〉。各国では排外的な右派ポピュリズムの台頭も著しいが、それらと闘うためにも左派の再編が必要だ……。
 同じような状況は、ブレイディみかこ+松尾匡+北田暁大『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』(亜紀書房、二〇一八年)などでも語られている。〈そろそろ左派は「自民党にNOという自分たち」という他律的なアイデンティティを捨てて、庶民の物質的な――広義での――豊かさを追求するという原点に戻ったほうがいい〉(北田)。〈左派は古い社会主義に還るのではなくて、新しい左派にバージョンアップするべきだと思います〉(松尾)。
 要は、緊縮政策や「小さな政府」に異を唱え、累進課税などによる再分配を強化し、福祉に投資して経済成長を促す――そんな政策を打ち出す党派が世界中で生まれつつあるという話。
 こうした本を読むと、なぜ日本の政治が停滞し、私たちが選挙への興味を失っているかがよくわかる。日本には与党はもちろん、魅力的な野党も存在しないのだ。政権批判はしても、その先のビジョンがない。安全保障政策も経済政策もだ。ガルトゥングの提言や欧州各国の経済左派の動きは、彼らにも大きなヒントを与えるだろう。ガルトゥング博士もいっている。賛同者を増やしたければ、前向きで肯定的なメッセージが必要だ。「沖縄を平和の島に!」「尖閣に日中友好の家をつくろう!」「和解の少女像を大使館前に!」。戦争反対だけではダメだ、そのくらいはいってみろ、と。
 最後にもう一冊、英国の子ども向けの政治の入門書を紹介しておきたい。『図解 はじめて学ぶみんなの政治』。この本が優れているのは世界史レベルで古代から現代までの政治の変遷を追っているのに加え、「政治を変えるには」と題して、圧力団体、ロビー活動、抗議行動などについても解説していることである。
 日本の政治は悲惨な状況に陥っている。だが、けっして希望がないわけではないのである。世界史的な視点で、原点から考え直す。一見突飛な発想にこそ、打開策が潜んでいるかもしれないのだ。

【この記事で紹介された本】

『日本人のための平和論』
ヨハン・ガルトゥング/御立英史訳、ダイヤモンド社、2017年、1600円+税

 

著者は一九三〇年生まれ。「平和学の父」と呼ばれる積極的平和主義の提唱者。「日本人のための」と謳っているように、日本語への翻訳を前提に書かれた本だろうか。提言の内容は具体的かつ大胆不敵で示唆に富む。新しい提言は、沈黙→嘲笑→疑い→同意の四段階を経て受け入れられるとし、鳩山由紀夫を「嘲笑」の段階までいった政治家として評価しているのが印象的だ。

『左派ポピュリズムのために』
シャンタル・ムフ/山本圭+塩田潤訳、明石書店、2019年、2400円+税

 

著者は一九四三年生まれ。ギリシャのシリザ、スペインのポデモス、ドイツの左翼党、不服従のフランスなど、欧州で新しく誕生した新興ラディカル政党を評価し、新自由主義に対抗する左派ポピュリズムの意義を説く。もともとが難解なのか、翻訳がこなれていないのか、非常に読みにくいのが難点だが、この動きが、民主主義を回復するための有効な手段であることまでは理解できる。

『はじめて学ぶみんなの政治』
浜崎絵梨訳/国分良成監修、晶文社、2019年、1750円+税

 

平易な文章とオールカラーのイラストで、政治のしくみを説いた本。身近な話し合いの例から、人権、戦争、貧富の差、テロ、言論の自由まで話題は豊富。「左派」と「右派」の主張の差、「大きな政府」と「小さな政府」、「きみの政治的な立ち位置は?」と題した多様な政治的イデオロギーの解説など、日本の入門書には見られないページが目を引く。日本の中高生にこそ読ませたい。

PR誌ちくま2019年3月号

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