ちくまプリマー新書

生活の変遷から日本語の歴史を追う
倉島節尚『中高生からの日本語の歴史』――はじめに

言葉は人々の暮らしと密接に結びついています。普段、あたりまえのように使っている日本語には、数々の謎めいた歴史や秘密が隠されています。日本語は日本人の生活の変遷とともに、大きく移り変わって現代の日本語になりました。『大辞林』初版刊行当時の編集長が、その歴史のうねりをダイナミックに描き出します。

  私たちは当然のこととして日本語を使って生活しています。毎日家族や友達と話をしたり、文章を書いたりするのも日本語です。法律も新聞も雑誌も日本語で書かれていますし、議会や学校・会社での議論も日本語で行われます。日本という社会全体が、日本語によって運営・維持されているのです。私たちは日本語を使わずに生活することはできません。でも日常生活の中で、日本語を使っているということを、あまり意識しませんね。
 ではその日本語とはどういう言語なのでしょう。どのように成立して、どのような歴史を経て今日の日本語になったのでしょうか。その歴史を考えてみようというのが、本書の目的なのです。
 日本語の成立には諸説ありますが、いま私たちが使っている日本語のもとになった形は、およそ2000年前の弥生時代にはできていたのだろうと考えられています。
 日本人の祖先は自分たちの文字を作りませんでした。すべての知識や文化・歴史を口承によって語り伝えたのです。ですから、文字を知らなかった時代の日本語の姿はよく分かりません。
 日本は島国であったので、歴史的に見て他民族に征服されたこともなく、他言語ともあまり接触することがありませんでした。
 四世紀ころ中国の漢字を受け容れて、文字で言葉を書き記すことができるのだと知りました。しかし、漢字は中国語のための文字なので、すぐには日本語を書き記すことはできませんでした。いろいろ工夫を重ねて日本語を漢字で書き記すようになってからの日本語のことは、かなりわかってきています。
 日本語の歴史を考えるのには、さまざまな形で残された記録を調べることから始まります。遠い昔にはあまり多くありませんが、石や金属に彫り込まれた文字が残されています。その後では木や竹の札に書き残された文字があり、さらに紙に記された文字などによって、いつの時代にどんな言葉が使われていたかを知ることになります。時代が下れば、印刷された文献が出てきます。
 日本の代表的な古典文学の作品に『万葉集』や『源氏物語』があります。『万葉集』は8世紀後半に成立し、『源氏物語』は11世紀初頭に書かれました。これらが書かれてから今日まで1000年あまりの間に、日本語はどのような変化をしたのでしょうか。
 時代を追って日本の社会は変化し、そこに暮らす人々の生活も変化しました。そして言葉にも変化が生まれました。日本語の歴史を考えるうえで、社会の制度や、そこで暮らす人々の生活のようすも考える必要があります。
 本書では古代から現代まで、時代とともに日本語がどのように変化してきたのかということを、社会の状態や、生活の様子を考えながら、なるべく具体的な例を挙げて述べるようにしようと思っています。
 さて、日本語の歴史を述べる前に、日本語が世界の言語のなかでどのような存在なのか、どんな特徴を持っているのか、まずそこから見ることにしましょう。