世の中ラボ

【第108回】住民投票にはどんな意味があるのか

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2019年4月号より転載。

 二月二四日、沖縄県で、名護市辺野古の新基地建設にともなう埋め立ての賛否を問う県民投票が行われた。
 結果は投票率52.48%。賛成19.1%(11万4933票)、反対72.2%(43万4273票)、「どちらでもない」8.8%(5万2682票)。反対票は知事が投票結果を尊重する(安倍晋三首相とトランプ米大統領に結果を報告する)義務を負う投票有資格者の四分の一を超え、昨年の知事選で玉城デニー知事が獲得した39万6632票も上回った。沖縄の民意が予想以上にはっきり示された形といえるだろう。
 もっとも投票日までは気が気じゃなかった。昨年末には、沖縄市、うるま市、宜野湾市、宮古島市、石垣市の五市長(いずれも保守系)が不参加を表明。「『辺野古』県民投票の会」代表の元山仁士郎氏によるハンストなども奏効、結果的には「賛成」「反対」に「どちらでもない」を加えた三択で各会派が譲歩。ようやく全県実施に漕ぎ着けた(しかも全市町村で反対票が賛成票を上回った)ものの、一時はどうなることかと思ったよ。
 沖縄県では、じつはこれが二度目の県民投票だった。最初は一九九六年九月八日。日米地位協定見直しと基地縮小の是非を問い、投票率59.53%。賛成89.09%、反対8.54%で、民意はすでに明らかだった。にもかかわらず投票結果は反故にされた。今回も安倍政権は、投票結果は無視して工事を続行すると述べている。
 住民投票に法的拘束力はない、とはよくいわれるところ。直接民主制に近いこの方法は、選挙で民意を問う代議制民主主義に反するという意見もある。しかし、条例に基づく住民投票は、九六年以来、全国各地で四〇〇件を軽く超えるほど実施されているのである(多くは市町村単位。都道府県で実施されたのは二度の沖縄県民投票だけ)。はたしてそこにはどんな意味があるのだろうか。過去に住民投票を実現させた当事者たちの本を読んでみた。

計画を断念させた住民投票――巻原発と吉野川堰
 条例にもとづく日本ではじめての住民投票は、一九九六年八月四日、新潟県巻町(現新潟市西蒲区)で行われた東北電力・巻原発の建設計画の賛否を問う町民投票である(二番目が九六年の沖縄県民)。結果は、投票率88.29%。計画反対が61.22%、賛成は38.78%。反対の民意ははっきり示され、さらその七年後、建設計画が公になった一九六九年から数えれば三四年目の二〇〇三年一二月、東北電力は巻原発建設計画を断念した。
 高島民雄『もう話そう 私と巻原発住民投票』の副題は「計画白紙撤回まで34年の回顧録」。巻原発計画反対運動の渦中にいた弁護士が運動を振り返った迫真のドキュメントである。
 大学時代反原発運動にかかわっていた高島は、東京の大学を出て弁護士資格を得た後、新潟にUターン。反原発運動に復帰し、八二年には自ら巻町長選にも出馬し、みごとに落選したりしていた。しかし。大きな転機はその十数年後、一九九四年にやってきた。八月の町長選で推進派の佐藤莞爾町長が三選を果たした後、路線のちがいから、それまで属していた反原発グループを離れた高島は、九月、思いがけない人たちから相談を受ける。
〈原発反対派の人たちは住民投票を町にやれと言っていた。それは自分たちではできないものなのか?〉〈また、自分たちでやったとして、その効果はどんなものなのか?〉
 法律相談などで知り合った地元の自営業者たちだった。〈町で商売をする人たちは原発推進派にがんじがらめにされていて、原発のことなど口にすらできないもの〉と思い込んでいた高島は驚き、感動する。〈是非やりましょう。手伝います〉
 かくて九月に七人で発足した「巻原発・住民投票を実行する会」の幹事は、一〇月には牛乳販売店、ガソリンスタンド、米穀販売店、玩具専門店といった個人商店の店主ら三六人が名を連ねた。代表に老舗酒造店の専務だった笹口孝明を選び、「自分たちで」の言葉通り、彼らは自主管理による住民投票を目指して動きだす。官民のさまざまな妨害を受けつつも、巻原発建設の是非をめぐって九五年二月五日に実施された投票は、総数1万378票、反対9854票、賛成474票。反対票は佐藤町長の町長選の得票数を上回った。
 政治活動の経験が一切なかった人たちが〈「原発建設の是非は住民に直接問うて決めればいいではないか」というぎりぎりの主張を掲げて行動に出た〉。その決意が、原発に不安を感じながらも口にできなかった多くの町民の心を動かしたのだ。
 だが、町長はこの投票を違法と断じ「実行する会」との交渉を拒否。会と町民ははここからさらに、いくつものハードルを越えていくのである。住民投票条例の成立を目指した町議選(九五年四月。条例賛成派が過半数の議席を獲得)、住民投票の実施を拒む佐藤町長のリコール(九五年一〇月)、佐藤町長の辞職にともなう町長選(九六年一月。「実行する会」代表の笹口が当選)。それでやっと実施された住民投票。驚異的な粘り強さというしかない、
 もう一件、住民投票が成功した例を見てみよう。吉野川可動堰建設の賛否を問う徳島市の住民投票だ。
 武田真一郎『吉野川住民投票――市民参加のレシピ』は、二〇〇〇年一月二三日に行われた住民投票と、さらにその一〇年後、一〇年三月に計画が中止されるまでの記録である。
 可動堰の計画が最初に浮上したのは一九六六年。正式に事業化されたのは九一年。建設目的は、当初の塩害防止から、利水と治水へと変わり、九七年からは治水だけになった。
 環境や漁業への影響と、公費の無駄遣い。このままでは長良川河口堰と同じことになるのではないか……。住民投票を求める声が上がり、司法書士の姫野雅義を代表世話人に「第十堰住民投票の会」が発足したのが九八年。メンバーの多くがそれまで政治経験のない市民であったのは、巻町と同じである。
 まず住民投票を実施する条例が必要だ。条例を制定するには、市長が提案する、議員が提案する、住民による直接請求(有権者の五〇分の一の署名が必要)の三パターンがある。市長も市議も可動堰を推進していた徳島市では直接請求が行われた。はたして集まった署名は、五〇分の一どころか、徳島市の有権者21万人の半数にも迫る10万票超(!)だったが、条例案は当然のように否決される。住民投票派は市議選を戦い(九九年四月。条例賛成派が過半数の議席を獲得)、九九年一二月の条例可決、〇〇年一月の住民投票に漕ぎ着ける。結果は、投票率55.0%。可動堰の建設に反対が91.6%、賛成は8.4%。可動堰ノーの民意が明確に示され、当時の中山正睴建設大臣は「ゼロから考えたい」と発言した。

住民投票がみんなの意識を変える
 一見ハッピーエンドだけれども、こうしてみると、住民投票を実現させるのは、やはり容易じゃないのである。住民直接請求のための署名集め、条例を通すための議員選や首長選、事業推進派の首長や議員との戦い……。そこまでやって投票が実施されても、投票率が五〇%を超えなければ住民投票は成立せず(条例によっては開票すら行われない)、もちろん思い通りの結果になるとも、投票結果が尊重されるとも限らない。巻原発や吉野川可動堰は結果的にストップしたが、それは他のさまざまな要因がからんでの話。
 住民投票でノーの結果が出たにもかかわらず、民意が反故にされた例としては、山口県岩国市のケースがある。岩国市で、米空母艦載機の岩国基地への移駐案受け入れの賛否を問う住民投票が行われたのは、二〇〇六年三月一二日。結果は、投票率58.68%。反対が87.42%、賛成は10.81%だった。
 岩国市の住民投票は、市長自らが音頭をとった点に特徴がある。住民投票条例は具体的な案件がない段階で、常設条例として可決されており、住民投票は市長の発議で行われた。
 しかし、圧倒的なノーの民意が出た投票の結果は生かされなかった。具体的な経緯は、市長自らが筆をとった井原勝介『岩国に吹いた風――米軍再編・市民と共にたたかう』に詳しいが、国による新市庁舎建設補助金カット、岩国基地の民間空港再開にともなう県の圧力などによって市政はズタズタになり、次の市長選(〇八年二月)で井原は落選。新市長は方針を一八〇度転換、空母艦載機部隊の移駐を受け入れた。基地問題の厳しさは沖縄と類似する。
 しかし、それでも住民投票には意味がある。それが三冊を読んでの私の結論だ。住民投票は人々の意識を変える。世論調査やアンケート調査とはちがう。住民投票に至るまでには多くの説明会や勉強会が開かれ、住民は真剣に事実と向き合う。
 巻町の場合、すべてのはじまりは最初の住民投票の成功だった。〈高いハードルをもあっさりと飛び越えた町民の勇気は、この自主管理住民投票の結果がもたらした町民意識の大きな変化、町民個々に芽生えた「自分たちも頑張れば原発は何とかなる」という強い自信を抜きにしては考えられない〉と高島民雄はいう。
 武田真一郎は〈徳島の運動は基本的に反対運動ではなかったために、かえって市民の間には明確な反対の意思が形成された〉という。〈始めに反対ありきではなかったために建設省を巻き込んで運動の輪が広がり、議論が深められ、結果的に圧倒的多数の住民が反対の判断をしたことは、逆説的であるが大きな教訓である〉。
 これは先の沖縄県民投票にもいえることだろう。住民投票運動は反対運動とも選挙とも別物なのだ。自分たちの意思を示す。それは民主主義の原点により近い。何より印象的なのは、いずれの住民投票にも、熱気が感じられることである。沖縄の県民投票は、本土の意識も変えつつある。住民投票はけっして無駄ではないのだ。
 

【この記事で紹介された本】

『もう話そう 私と巻原発住民投票――計画白紙撤回まで34年の回顧録』
高島民雄、現代人文社、2016年、2000円+税

著者は1948年生まれ。巻高校を出て東大に進学。78年にUターン。弁護士として新潟市で働き、79年から巻町に住む。「巻原発・住民投票を実行する会」を中心とする運動の渦中にいながら、反原発カラーが強すぎるため(?)賛同者には名を連ねず、法律的な雑務などを担当。運動の看板は会の代表を務めた笹口孝明元町長だが、彼とはまたちがった立場からのレポートがおもしろい。

『吉野川住民投票――市民参加のレシピ』
武田真一郎、東信堂、2013年、1800円+税

著者は1959年生まれ。成蹊大学法科大学院教授。専門は行政法。「ダム・堰にみんなの意見を反映させる県民の会」のメンバーになる一方、「吉野川シンポジウム実行委員会」「第十堰住民投票の会」などの活動を見守ってきた。ダムなどの大型公共事業の問題点から、市民運動のスタイルまで論点は多彩。「レシピ」と銘打っているように、住民投票を実施するためのヒントが詰まっている。

『岩国に吹いた風――米軍再編・市民と共にたたかう』
井原勝介、高文研、2009年、1800円+税

著者は1950年生まれ。東大を出て労働省に入省。官僚としての生活を送るが、99年、郷里の岩国市長選に出馬して当選。06年の住民投票を実現させる。その結果を踏まえて米軍基地再編に反対し続けるも08年に落選。政治家の本にありがちな個人史ではなく、米軍基地再編問題を中心に、基地の町が抱える悩み、国や県や議会との軋轢なども詳述。行政トップの苦労が伝わる。

PR誌ちくま2019年4月号

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