有馬トモユキ

#3. 室内の迷子問題

ウェブやスマートデバイスの普及にともなう「科学と芸術の融合」がもたらす環境の変化は、デザインをどう変えたのか。最先端の話題を紐解きながら、ゼロからデザインを定義する革新的なコラム連載第3回!

なぜ人は迷子になるのか

 今では格段に減ったかもしれないが、みなさんは迷子になることはあるだろうか。仕事柄、日中は打ち合わせや立会いなどで外に出ることが多い。そのためスマートフォンのマップには普段から助けられていて、町中で途方に暮れることは格段に減ったが、ドキッとするのは待ち合わせ場所がターミナル駅や空港など、いわゆる大きな建物の場合である。スマートフォンのマップでは、建物の中の位置がわからないからだ。

 そうした場合は建物内に掲出されている見取り図や、いわゆるサインと呼ばれる案内表示版のお世話になる。そうしたサインシステムのデザインは職域でいうと建築というよりもむしろグラフィックデザインの範疇に入り、勤め先でも他のデザイナーがよく提案に参加しているのを目にする。我々は丁寧にケアされた表示板を見ると安心するが、それでもときどき道に迷う。同じような部屋が反復状に連なる建物や、碁盤の目のようにひとしく整備された街路は空間失調に陥りやすい。自分がいまどこにいるかを示してくれる「現在位置の表示」つきの見取り図が恋しくなるころである。

究極の地図はドラゴンクエストの画面

 実は地図の歴史において、カーナビゲーションやスマートフォンの地図に見られる「常に現在位置が地図に反映されている」ということは相当に革新的なことである。
 道に迷いやすい人、と自称する映画監督の押井守氏はGoogle Mapのイベントの席で興味深いことを述べていた。いわく「僕にとって究極の地図はドラゴンクエストの画面だ。常に自分が一番中心にくるからだ」。これは私も含めて、道に迷いやすい人の真理をついているように思う。
 迷いやすい人というのは、環境と自分の相対性を正確にイメージできないということなのだ。「ここ」や「あそこ」だけではなく、「こことあそこの関係性」が示されることで、私たちは自分の立ち位置を把握する。GPSやセンサーの精度の向上、そしてソフトウェアの革新によって、私たちは一つの道しるべを手に入れることができた。

2010年、まだ黎明期のiOSのGoogle Map

理想的な地図の言語を求めて

 かくして、いまだ解決の途上にある課題の一つである迷子問題、とくに室内の迷子について考えてみたい。
 迷子はシビアである。それが病院であったとするならば、建築家やサインシステムに関わるデザイナーの責任は重大である。都市において建物の役割は肥大する傾向に向かっているからだ。だが、一つの箱をあらゆる用途に使う流れは、限りある面積を活用するという命題に対してむしろ自然な流れであろう。
 

サインの例

 こうした迷子問題について、デジタルで解決できないだろうか。
 まず屋外の地図について確認しておこう。屋外の地図に関する最大の発明は、共通言語化・規格化を推し進めたことにある。地図は国土を把握し、そして管理するのに重要な手段だ。地図記号の読みかたを小学校で習うのは、それが言語と同じ水準で重要だと国家が考えているからである。
 そしてGoogleもGoogle Mapsで使われている既存の測量単位に加えて「plus+codes」という仕組みを実験中である。これは住所や緯度経度では長すぎる「位置を示す文字列」に対して、より短く、伝えやすい記法を提供できないかという試みだ。

 世界で一番使われているデジタル地図サービスを作っている彼らが、そうしたことを考えたのは興味深い。私たちが会話に使うものとは微妙に異なる、しかし別の軸の単位を作ることで、とても理解が楽になる場合がある。
 室内空間においても、かつてはピクトグラムを統一しようという動きが戦後まもなく起こり、アメリカについてはAIGAというグラフィックデザイン団体とアメリカ合衆国運輸省が統一したピクトグラムを制定している。これをさらに進めて、現代的な室内の言語が作れないだろうか。

ダイナミックな解決

 室内の迷子問題をデジタルで解決する試みは進んでいる。
 Google Tango(今まではProject Tangoと呼ばれていた)はスマートフォンにステレオカメラとセンサーを搭載し、人間レベルの空間認識能力をもたせ、それによって室内の空間地図を作成してナビゲーションに活かそうとする試みだ。Google Street Viewのようにまるごと取り込んでしまい、細かな編集や判断はむしろ人間に任せるアプローチを採用したGoogleらしいプロジェクトである。
 国内ではもう少し局所最適的な事例がある。駅のあらゆるところにビーコンを埋め込み、それを手がかりに現在位置と周辺の案内を提供する東京駅のナビゲーションや、混雑状況もヒートマップで反映するという東京モーターショーの公式アプリである。

 これらの事例にはワクワクさせられるが、同時に過渡期ならではの感覚もある。いくつか試用してみたが、表記や目的地へのアプローチなどは統一されたルールはない。まだビジュアルとしてもバラバラである。
 これらはすぐに解決できるものではないが、私たちがここ15年程度で「電波の強さを表すピクトグラム」を共通認識として持てたように、「混雑状況を示すピクトグラム」や「歩いた時に疲れるかどうか」をことばと同じように、屋外の地図を使用するルールと同じように共有できたら良いと考えている。これが複雑化する私たちの環境において、迷子問題を解決する一助になる気がするのだ。言語はほとんどの場合、それを覚えた話者が一定数以上存在すると情報伝達のコストは最低化する。同じように、案内についても本来は受け手に別の余計なことについて考えさせないのが重要だからだ。

成熟のサイン

 こうしたことが進むと、標識、サインは要らなくなるのであろうか。しかし実は室内は建築という箱のなかにあり、ビジュアルの美観は建築の果たす目的の延長として重要である。つまり室内においては機能に加えてユニークな美観としての自己紹介という「もう一つの目的」が存在しているため、固有のサイン計画はなかなかたち消えるものではないであろう。ただ複雑化する建物の役割と、デジタルがもたらす環境の変化に呼応する必要があると感じている。

 状況が変わってきていると感じたのは、成田空港第3ターミナルのサインシステムである。すでに既存の交通系サインシステムは共通認識になっているものが多いことを逆手にとり、陸上競技のトラックを模した空間設計で楽しさを作り出している。成熟した機能の上に楽しい体験を付加した例である。
 こうしたものが出てきたことは、既存のシステムを整理する / もしくは追加する余地が空港という空間においても生まれたことを指しているように思う。まだ決定的な室内のナビゲーションが出てきていない現在は、サインシステムについて考える良い時期であるように感じている。

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