漫画家入門

第10回 鶏のからあげ

4個でひとつ!!

今回は番外編で、浅野さんのコンビニ愛あふれるエッセイをお送りします。

 普段は夜型の生活で、大抵は朝に寝て昼前に起きるのだけど、眠くなったら寝るようにしているので稀に自分でもよくわからない時間に寝起きしていることがある。その日は朝4時に起きてしまった。かといって朝一で仕事をする気にもならないので、しょうもないまとめサイトのしょうもない記事をしばらく眺めていた。
 何とは無しに自動車教習所の学科時間割を確認すると、ちょうど受けようとしていた授業が午前中にかけて立て続けに受講できるので、これは都合がいいと思い通勤ラッシュの電車に揉まれて教習所へ向かった。1時限目の授業開始時間は午前8時。ほぼほぼ定刻通りに到着し、教室に入って出席カードを機械に通すと「受講不可」と表示された。そう、1時限目はすでに受講済みの「特徴的な事故と、事故の悲惨さ」の授業だったのだ。相も変わらず詰めが甘い。2時限目からは受講できるはずだが、ぽっかりと空き時間ができてしまった。
 起きてから何も食べていなかったので、近くの小さな公園で何か食べながら時間を潰そうと思い、最寄りのコンビニに入った。缶コーヒーとすじこのおにぎりを手にとった。ホットスナックコーナーを覗くとガラスケースの中には、鶏のからあげとちくわの磯辺揚げだけが山盛りになって入っていた。自宅の近所のファミリーマートとは違うレイアウトで、僕はやや緊張した。本当はファミチキが食べたかったのだけど、今回はからあげで妥協しようと値段を見ると「4個220円」とある。ちなみに1個の大きさはだいたいピンポン球1個よりやや小さいくらいの、ごく普通の鶏のからあげだ。
 レジに缶コーヒーとおにぎりを置き、僕は店員の女性に「からあげください」と言った。すると店員の女性が「ひとつでよろしいですか?」と聞くので「はい」と返事をしたら、さらに「4個でひとつですがよろしいですか?」と妙に強調して聞いてくるので、僕は少し違和感を感じつつ、しかしすぐに「はい」と答えた。
 10㎝四方の紙の小袋に入れられた4個のからあげがレジに置かれた。やはりごく普通のからあげだ。しかしレジの合計金額を見ると1200円を超えていた。あまりの出来事に心臓が激しく脈を打った。
 レジ上には缶コーヒーとおにぎりとからあげ4個のみ。とてもじゃないが1200円とは思えない質素な買い合わせだ。僕は一瞬頭が追いつかず、財布を手にしたままの姿勢で2秒ほど完全停止したが、程なくして察した。缶コーヒーとおにぎりでせいぜい250円前後。1200円からその金額を引いた残り約950円が鶏の唐揚げの値段ということになるが、もちろんこれは高すぎる。しかしその約950円を消費税も踏まえつつ4で割って見るとちょうどからあげひとつ分と同じ金額くらいになるじゃないか。僕は、はぁなるほどと思った。
 つまり店員の女性は、小袋ひとつ分の値段を、からあげ1個の値段と勘違いしているのだ。そしてその1個220円という暴利な価格設定の鶏の唐揚げは4個からしか売ることができないと言っていたのだ。だから彼女は「4個でひとつですがよろしいですか?」と強調していたのだろう。推測するに「このからあげめっちゃ高いですけど本当に買うんですか?」というニュアンスが含まれていたに違いない。しかし裏を返せば、それは彼女が「唐揚げは1個220円であり、売る場合は4個880円からでしか販売はできない」と信じ込んでいるということになる。つらい。
 この女性のレジ打ち作業が極めてテキパキしているので、自分が間違っているような錯覚すらしてしまう。自分が知らないあいだに、鶏のからあげがとても高価な食べ物になっていた、という可能性も考えたが、ファミリーマートのからあげ弁当は普通、からあげ5、6個入って500円くらいである。うん、やっぱりおかしい。数字が合わない。
 僕が「4個で220円ってことですよね?」と言うと、店員の女性は「いえ、4個でひとつです」と返してきた。ダメだ伝わってない。今思えば「ひと袋4個入りで、ひと袋が220円ってことですよね?」と聞けばよかったのかもしれないが、いかんせん僕はコンビニでの買い物中は普段の慣れのせいで思考が完全にストップしているので、なかなかエンジンがかからない。もっと上手い説明の仕方がないものかと僕が逡巡していると、店員の女性がおもむろに店の奥のほうに向かって
「店長ー、からあげって4個でひとつですよねー」
と声をかけた。すると従業員控室の方から遠い声で
「そうだよー」
と実に屈託のない女性の声が返ってきた。そうなんだけど、そうじゃない。このレジの惨劇の様子を知らない店長の「そうだよー」に僕は脱力し、頭が真っ白になってしまった。
 そうこうしているうちにレジの女性店員の表情が、徐々に「客からの謎のイチャモンにうんざり」という様相を呈してきた。どんよりと重い空気が流れ、途端に僕も面倒になってきて結局そのままの値段で買ってしまった。値段だけで言えば実に鶏のからあげ16個分のお買い上げだ。勘違いは誰でもあることだとは思うが、宙ぶらりんになった残り12個のからあげはどこに行くのだろう。次元の狭間に漂う12個のからあげを頭に思い浮かべながら僕は外へ出た。

 

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