ちくまプリマー新書

イネとはどんな植物だろう

稲垣栄洋『イネという不思議な植物』「第二章」より

植物の常識に照らすと、生態が少し奇妙なイネ。だがそれゆえに、人と深くかかわり、その生活や歴史までも動かしてきた。イネとは何か、なぜ人を魅了してやまないのだろう。その秘密にせまる。

 私たちが食べる米は、イネの種子である。
 秋の田んぼに実る稲穂を見たことがあるだろうか。
 秋は実りの季節である。秋になれば、田んぼは黄金色をした稲穂の風景になる。この稲穂を収穫して、私たちの米が作られているのだ。
 稲穂と言えば、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉がある。私の好きな言葉だ。
 秋になって、実れば実るほど、稲穂は低く、垂れ下がっていく。稲穂と同じように、人間も実力をつけて偉い人ほど、謙虚で低姿勢でなければならないということを教える諺である。本当にこの諺のようでありたいと思う。
 実りの秋に、稲穂が垂れ下がっている風景は日本の風物詩だろう。
 しかし……よくよく見ると、このイネの姿は、植物としては、ずいぶんと奇妙である。
 皆さんには、この奇妙さがわかるだろうか。

 何しろ、植物は種子を地面の上に落とさなければ、子孫を残すことができない。
 それなのにイネは、重そうな稲穂を垂れ下がらせて、それでもなお、種子を落とそうとしないのである。
 何という変わった特徴を持つ植物なのだろう。

 イネというのはじつに奇妙な植物である。
 イネとはいったい、どんな植物なのだろうか?

イネの仲間の植物
 イネの話をする前に、まず「イネ科」と呼ばれる植物の話をしよう。
「科」というのは、生物を分類するときの階級の一つである。英語では「ファミリー」と言う。ファミリーと言っても血のつながった家族という意味ではなく、仲間という意味合いだ。たとえば、ライオンやトラは「ネコ科」というファミリーに分類されていて、オオカミやキツネは「イヌ科」というファミリーに分類されている。

 イネ科と呼ばれる植物は、一般に私たちがイメージする草むらや草原に生える「草」のことである。たとえば、イネ科のススキやエノコログサを連想してみると、きれいな花が咲くわけではないし、大きな葉っぱをつけるわけでもない。
 子どもたちが草むらを描くときに、緑のクレヨンでギザギザを描いていく。これがイネ科の植物である。
 イネ科と呼ばれる植物は、世界に約一万二〇〇〇種あるとされている。これは、ラン科、キク科、マメ科に次いで種類が多い。
 イネ科の植物は、刈っても刈っても伸びてくるという特徴がある。たとえば、芝生に生えているシバと呼ばれる植物はイネ科の植物である。また、牧場で牛や馬が食べている牧草もイネ科の植物である。
 また、イネ科の植物は、人間にとっては主要な穀物となっている。イネの他にも、コムギやオオムギなどの麦の仲間や、トウモロコシなどはイネ科の植物である。イネ科は人類の食糧を支える植物でもあるのである。
 こうして自然界に多くの種を分布させているだけでなく、栽培植物としても世界各地で栽培されている。植物の進化の歴史の中で、イネ科は、大成功を遂げているのである。

イネ科の誕生
 イネ科は、もっとも進化したグループの一つであると言われている。
 イネ科植物の祖先はユリ科植物であり、ユリ科からツユクサ科植物を経て、進化を果たしたと考えられている。
 イネ科植物が繁栄をし始めたのは、およそ三四〇〇万年前、新生代第三紀の中期のことである。
 イネ科植物の誕生のドラマが映画化されるとすれば、おそらく、こんな感じのナレーションで始まることだろう。

  宇宙暦XXX年
  地球は、寒冷化と乾燥化が進み、
   豊かな森は次第に縮小していった。
  そして、跡には乾燥し荒れ果てた大地が広がり、
   生物の生存を脅かしていった……

 こんな危機的状況で進化を遂げたのがイネ科の植物である。
 そして、荒涼な大地は、イネ科の植物が生える草原となっていくのである。
 ウルトラマンシリーズに登場する「ジャミラ」という怪獣がいる。ジャミラは、もともとは、地球人の宇宙飛行士であったが、水のない惑星に不時着して、環境に適応した結果、変わり果てた怪物のような姿になってしまったのである。
 イネ科植物もまた、過酷な環境の中で変化を遂げていった。イネ科植物は、いったいどのような変化を遂げて生き抜いたのだろうか。

 

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