世の中ラボ

【第109回】富山県の「幸福度」と日本の未来

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2019年5月号より転載。

 唐突だけど、富山について考えてみたい。
 富山県の一般的なイメージはどんなものだろう。薬売り、チューリップ、鱒ずし、ほたるいか? そんなものですかね。私としては魚津の米騒動と蜃気楼とか、高岡城と城下の金屋町とか、世界遺産・五箇山の合掌造り集落とかを入れておきたいところだけれど、ま、いずれにしても旅行者目線でしかない。
 しかし近年、富山県は、あるいは北陸はべつの意味で注目されているのである。大きな理由は、「都道府県幸福度ランキング」で北陸三県が常に上位を占めていることだ。
「都道府県幸福度ランキング」とは、一般財団法人・日本総合研究所(会長・寺島実郎)が2012年から発表している調査で、シリーズ四冊目となる最新版は昨年六月に刊行された『全47都道府県幸福度ランキング2018年版』
 それによると、2018年の総合評価は、1位の福井県から順に、2位東京都、3位長野県、4位石川県、5位富山県で、北陸三県がすべて5位以内にランクイン。前回調査では3位だった富山県が5位に下がるなど順番の入れ替えはあるものの、この上位五都県はほとんど不動だ。ちなみに下位はというと、43位大阪府、44位長崎県、45位沖縄県、46位青森県、47位高知県。やはり順番の入れ替えはあるものの、下位五府県もほぼ不動である。
 高知県の住民にとっては納得いきませんよね。なんで高知が最下位なのさ。トップの福井なんか原発マネーで潤ってるだけじゃないの? 私だったら、そう勘ぐるね。

日本が目指すべき「富山モデル」とは
 それにしても、北陸三県の幸福度はなぜ高いのか。
「幸福度」は、当初「人口増加率」「一人あたり県民所得」「選挙投票率」「食料自給率」「財政健全度」という五つの基本指標と、「健康」「文化」「仕事」「生活」「教育」の五分野ごとに10の指標を抽出。そこに指標を追加してゆき、最新版では全70の指標を数値化して総合評価が示されている。要は主観的な「幸福感」ではなく、客観的な統計資料に基づく「暮らしやすさランキング」ということだ。
 福井県が三期連続でトップをキープしているのは「仕事」と「教育」が安定した一位を保っているためらしい。雇用関連の指標は軒並み五位以内。女性の労働力人口比率も一位。教育関連でも、学力、社会教育費などすべて一位。雇用と教育の充実が鍵だと。
 一方、総合ランキングこそ5位に下がったとはいえ、「生活」分野で常にトップなのが富山県である。持ち家比率2位、生活保護受給率の低さも1位、道路整備率も1位と、〈暮らしやすい社会環境が整っている〉。また、正規雇用者比率は2位、インターンシップ実施率は1位で、〈雇用環境の充実も社会の安定に寄与している〉。たしかに数値だけで見れば立派な結果ではある。
 でもさ、北陸は寒いぞ。冬なんか雪かきで大変だぞー、と同じ日本海側で育った私なんかは思うけど、まあそれはよい。
 もともと胡散臭さも含んだ幸福度ランキング。野次馬式に眺めている分には、あるいは自治体が努力目標として参考にする分には、どうってことはなかったのである。ところが、そこからもう一歩踏み込んで、ここにこそ日本のモデルがある! とブチ上げた本が出たから、話はややこしくなった。
 井手英策『富山は日本のスウェーデン』。副題は「変革する保守王国の謎を解く」。一言でいえば、保守的な政治風土にもかかわらず、富山には社会民主主義的な環境が育っている。日本が目指すべき方向性が富山にはあるのだ! という話。
 井手が強調するのは、まず富山県の「ゆたかさ」だ。くだんの幸福度ランキングとは別に、富山県が作成した『100の指標 統計からみた富山』などを参照しながら彼はいう。
 一人あたりの県民所得は全国六位(福井は18位、石川は16位)。一人あたり民間最終消費支出は8位、勤労者世帯の貯蓄額は5位、勤労者世帯の実収入(都道府県庁所在市)は4位。こうした経済的基盤に加え、生活面を見ても、持ち家比率は全国トップ、一住宅あたりの部屋数や部屋の畳数も全国一。さらに自家用車保有台数は全国2位、セカンドカー普及率は3位。そこそこみんな稼いでいるし、家も広いし、車も二台あるぞってことかな?
 彼はまた女性の就業率の高さにも注目する。一五歳以上の女性の就業率は全国7位、共稼ぎ率は5位。女性の就業率が高いのは、三世代同居率(全国5位)と保育所等入所率(全国2位)が高いためで、結果的に結婚後の離職率は低く、いわゆるM字カーブも富山県ではゆるやかだし、もちろん待機児童もいない。
「ものづくり」の伝統がある富山県には製造業を中心とした産業が根付いているため、完全失業率は全国六位の低さだし、反対に有効求人倍率は七位と高く、また男女ともに正社員率が高い。〈いわば、労働者どうしが雇用を分けあう「ワーク・シェアリング」に近い雇用環境があり、これを三世代同居による高齢者の生活支援、充実した保育所施設の存在が補完している〉というわけだ。
 さて、どうですかね。〈数字だけを見るかぎり、こうした社会経済的な成り立ち、循環が、社会民主主義や北欧諸国を高く評価する人たちの理想の姿と重なっているように思われる〉というけれど、北欧とか社民主義とかいうより、嫁探しの宣伝文句みたい。あなた富山に嫁に来なさいよ。家は広いし、車もあるし、道はいいし、仕事もあるし、保育所も完備してるし、じいちゃんばあちゃんもいるからね、結婚しても働き続けられまっせ。
 私だったらヤだけどな。家は広くても三世代同居だよ、どこがスウェーデンだよ。昔の村落共同体といっしょやんけ。
 案の定この本は、あちらこちらで物議をかもした。「週刊金曜日」18年12月14日号には「『富山は日本のスウェーデン』か?」と題する県民座談会が載り、中日新聞の論壇時評(中島岳志・1月30日)も朝日新聞の論壇時評(小熊英二・1月31日)もこれを取り上げた。特に私が笑ったのは、富山県民らしきレビュアーによるアマゾンの辛口レビューである。
〈待機児童ゼロったって児童がゼロだからだ〉。〈富山には家事手伝い、専業主婦というカテゴリーがない。働かざるもの食うべからず、で三世代同居で女性が働いていなかったら、何て言われるかわからない〉。〈持ち家率1位というのも21世紀には負の遺産だ。/周り中、空き家だらけで、動ける人も少なく、僕は行政が動員をかけてくるボランティアを確保するのに苦労している〉(富山ブラックジョーク『ここは退屈迎えに来て』)。
 さらに論理的な批判は、富山大学非常勤講師の斉藤正美が書いている。正社員率の高さは〈女性が外での仕事もした上、家庭も地域も担うという女性差別の上に成り立っている〉。井手が家族のようだと絶賛する「地域共同体」は〈住民相互の監視社会として働き、とりわけ女性への監視が厳しい〉。生活保護受給率の低さも、申請が受け付けられる割合の低さ(全国平均は50%、富山県は36%)が関係している。富山県はじつは安倍政権の少子化対策や地方創生を積極的に推進しており、井手が称揚する「富山モデル」は〈政権が進める女性・家族政策とも重なる点が多い〉(「本当に、『富山は日本のスウェーデン』?」/「ふぇみん」19年3月5日号)。

「幸福度」の指標はこれでいい?
 井手英策が富山県の基幹施策「みらい創生戦略」会議のアドバイザーであることなども斉藤は紹介しているのだが(だとしたら富山モデルが安倍政権の政策に近いのも納得できるけどね)、井手の論理が牽強付会に見える理由のひとつは、「保守とリベラル」という政治的な立ち位置へのこだわりが強いことだろう。
〈思想の区分け、保守と革新、左と右という線引きが、もしかすると社会全体を思考停止にし、広がりのある対話を妨げているのではないだろうか〉とか、〈保守的な風土、価値観という土壌を頭ごなしに否定するのではなく、それらの特性を正視しながら、その土壌のもとでリベラルも納得するような大輪の花を咲かせたい〉とか。そんなの、生活者には関係なくない? 
 こうしてみると、「幸福度」を測る指標自体が二一世紀の実情に合っていないような気がしてくる。〈三世代同居率および共働き率も高い福井県では、共働きにより経済的に安定し、子供は親と祖父母に見守られながら安心して勉強や運動に打ち込める環境があり〉とは、『幸福度ランキング2018年版』の一節だが、井手英策が富山県を称揚する理由とほとんど同じだ。
 雇用や住宅事情が重要な指標となる点に異論はないものの、個人の自立度、男女平等度、夫婦の家事分担度、LGBTの権利関係などは、勘案されないのですかね。もうひとつ、この「幸福度」に私が疑問を持つのは、気候風土や災害の危険性が指標化されていないことである。県内に十数基の原発と原子力関連施設を有する福井県が常に一位なんて、ほんとならあり得ないでしょ。
 もちろん数字は数字。各県の特質を紹介した本は他にも山ほど出版されていて、同じ数字を使うのでも、そっちのほうがおもしろいこともある。富山が教育県であることはどんな本にも出てくるが、鷲塚飛男『富山の逆襲』はズバリ指摘する。富山県の進学校の〈教育が目指す理想のモデルは、分かりやすく言えば、東大からキャリア官僚という道です〉。人口一〇万人あたりの霞が関の官僚輩出率は、東京都、山口県に次いで富山県が全国三位。〈〝お上〟に弱いという県民体質〉が、そこには関係していると。こういうのは、そこで育った人にしかわからない感覚だろう。それを無視してスウェーデンとかいっちゃうから、おかしなことになるのである。
 

【この記事で紹介された本】

『全47都道府県幸福度ランキング2018年版』
寺島実郎監修/(一財)日本総合研究所編、東洋経済新報社、2018年、3600円+税

2012年版から2年ごとに発表されたランキングの四冊目。健康、文化、仕事、生活、教育の五分野を基本に70の指標を数値化し、暮らしやすさをランキング。過去のデータと比較した県ごとの改善項目や課題の解説も。行政の参考にはなりそうだが、70項目の選択には疑問もあり、「家族仲良く、大人はよく働き、子どもはよく学び……」が幸福だという保守的な思想も垣間見える。

『富山は日本のスウェーデン――変革する保守王国の謎を解く』
井出英策、集英社新書、2018年、820円+税

著者は1972年、福岡県生まれの経済学者。専門は財政社会学。富山を「保守が生んだ日本型北欧社会」と呼び、少子高齢化、人口減少、経済の停滞というトリプルパンチの時代を生きぬく知恵を富山に学べと呼びかける。「10年以上の年月をかけて富山県を訪ね続けた集大成」というわりに机上の空論ぽい部分もあり、保守とリベラルの融合にこだわる理由も不明だが、富山愛は大。

『富山の逆襲――すごいぞ!富山を大きな声で』
鷲塚飛男、言視舎、2017年、1500円+税

著者は1960年、富山市生まれ、東京都在住のライター。一八歳で上京して思ったのは、山が見えないこと、水道の水が細くてぬるくてまずいこと、マンション住まいの家庭が多いこと……といった自らの実感をまじえつつ、富山の地勢、歴史、生活、文化、食、方言まで、幅広く紹介したご当地本。幸福度ランキングで上位なのは誇らしいが、実態に即しているかどうかは別と説く。

PR誌ちくま2019年5月号

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