PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

精神を病んだ話
健康をめぐる冒険・1

PR誌「ちくま」5月号より海猫沢めろんさんのエッセイを掲載します。

 呪われている。
 そう思いたくなるほど去年から体調が悪い。朝起きるとまずは頭痛、ドライアイ、首から背中にかけての痛み、吐き気、耳鳴り、全身の倦怠感。昼は食欲もないうえにめまいと貧血で倒れそうになり、夜は不眠に首のこり、動悸……ときどき突発性難聴。ついでに毛も抜ける。
 症状をまとめてネットで検索すると、不安をあおるようにやたらガンの兆候がどうのという記事が出てくる。しかし、これはガンではない。原因に思い当たる節がある。去年から始まった仕事のひとつ「深夜ラジオ」である。
 二〇一八年の十月から、私はFMラジオのパーソナリティをつとめている。水曜の二十五時から三時間、ひとりで生放送。終わって家に帰って寝ようとすると五時をすぎる。昼夜逆転もつらいのだが、忙しいときは水曜に熊本から飛行機で東京にやってきて、翌朝また飛行機で帰るという強行軍になる。交通費が支給されないので、節約のためにLCCを利用しているが、狭くて揺れるため貧血で倒れたことは一度や二度ではない。
 ある日の明け方。東京の家で寝ていると、突然、突発性の不安と動悸に襲われた。うわああ……し、死ぬ。全身の血がひいて、息が苦しい……完全にパニック障害の症状そのものだった。うずくまって、「そうだ! こんなときは漫画だ!」と、電子書籍でパニック障害に関する漫画をダウンロードして読んでいると、最後に「パニック障害はなおりません!」と書かれていた。殺す気か! すぐにネットで検索して上野のビルにあるクリニックに駆け込んだ。土曜の早朝にも関わらずクリニックは超満員。メンヘラ大国日本。カラオケボックスのように小さく区切られた診察室で、大学生みたいな若いお医者さんの問診が始まる。
「どうされましたか」「動悸と貧血と不安の発作で心臓が……」「そうですか」「たぶんパニックだと思うんですけど」「パニックですね。薬を出します」「あ、はい……」「ではロビーでお待ちください」えっなにこの診察。人工知能でももうちょっと人間味がありそうだが……ああ、またドキドキしてきた……。ロビーでうずくまっていると、看護婦さんが近づいてくる。気遣いに感謝、と思った次の瞬間、紙とペンを手渡され「樹の絵を描いてください」と言われた。「バウムテストです。樹の絵から精神状態を診断します」いや……見て……今、精神状態は最悪です……お絵かきしてる余裕ないっす……。
 処方してもらった薬を飲むと一時間後、精神はいい感じにぐにゃぐにゃに。二〇年前のサラリーマン時代に鬱になったことがあるが、当時の薬はここまで効かなかった。最近の薬は効きが良いなあああぁー。
 ぼんやりした頭のまま、とりあえず作家・精神科医の春日武彦先生に、「やばいです。パニックきました!」とメールすると、「ふふふ、案外小心者ですねー」という返信。どこか他人の不幸を喜んでいる気配があるのは気のせいだろうか……気のせいだろう。後に先生に聞いたところ、私が行ったYクリニックは業界内でも悪評が高いらしい。さもありなん。
 それはともかく、はやくこの地獄から抜け出さねば……。

PR誌「ちくま」5月号

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