荒内佑

 30回
宇   ンチ

今、もっとも注目されるバンドceroのメンバーとして多くの楽曲で作曲、作詞を手がける荒内佑が、〈日常〉とそこに流れる音楽の話を綴る大好評の連載。 更新は毎月1回、第4水曜日になります。


 手話ニュースが好きだ。特に深い意味はない。BGMがなく、キャスターの私見もなく、余計な編集が施されていないので分かりやすいから、というシンプルな理由だ。それに手話をほとんどポルトガル語程度しか解さない自分は(「こんにちは」と「ありがとう」のみ)ニュースの内容に照らし合わせ気合いで解読してみる。あの手の動きに言語が埋め込まれている、という魔法めいた感慨を抱くのは、手話を操る人にとって心外なことだろうか。それはジャズメンの演奏に感情的な賞賛しか送らない批評家の態度に似ている気がする。


 そんな折、新元号が発表された。テレビの中継では、その元号が書かれた額縁が掲げられたところにちょうど手話のワイプ映像が被ったことが、そこかしこで格好のネタとなっている。僕は気合で手話を解読する。「め・い・わ」と。興奮気味なアナウンサーもそう言った。
 数分後、LINEが来た。webちくまの編集者K氏からだ。

「どうします?」(既読)
「何をですか?」(既読)
「年号、追加しますか?」(既読)
「ああ。ちょっと考えます」(既読)

 僕はエッセイを書いている。正確には、webちくまが試験運用中の「文章自動生成システム(Sentence Automatic Generator)」の試験台としてアルバイトをしている。通称「SAG」という(人工知能が搭載されているらしい)。これに僕の基本的なデータが与えてあってそれらをもとに毎月、何パターンかの文章が出力される。ところで「SAG」には何か意味があるのだろうか。英和辞典によれば「沈下する・陥没する」「乱れる」「落ちる」の他に「〈本・劇などが〉面白くなくなる、中だるみする」とある。なんて幸先の悪いネーミングだ。開発者の皮肉だろうか。出版社の人間がその意味を知らないはずがない。それを採用するwebちくまはどうかしている。
 ささやかながら最初に自分がした仕事はK氏への細かなプロフィールの提出である。あとは「更新日」として年に二回、筑摩書房へ赴き、最近気になったトピックを口頭で伝える。K氏がそれを聞き取り、メモ用紙に書き付ける。それらの情報は新たにSAG内に追加される。たとえば「あらうちゆう」という文字列から「うちゅう」が出力され、ノラ犬が実家の庭に迷い込んだ昔話から「野良ん家」が出力され、それらをもとにこの連載のタイトルは決まったらしい。僕はその名前が気に入っていないのだが、自分に文句を言う権利なんてないだろう。ただし、K氏曰く、このSAGは、ただ情報を蓄積していくだけではなく、学習機能があり「自動的に話法が変わっていく」らしい。要は、ディープラーニング以降の「らしい」や「っぽい」を表現できる人工知能なのである。確かに初期段階において出力されたタイトルこそヒドいものの、その話法は次第に自分らしくなってきたような気がする。
 そして時折、社会で大きなトピックがあるとこうしてK氏からプログラム内に新情報を追加するか否かについて連絡が来るのだ。しかし、そんなものをいちいち追っていたらありふれた社会時評のようになりそうなので慎重に判断せねばならない。
 今日はプログラムの更新日なので、僕は会議室の片隅で以下の話をK氏にしている。


 こないだ、腹が減っていたので「日高屋」に倒れこんだんすよ。正確には「熱烈中華食堂 日高屋」なんですけど。知ってます? 壁面に「 HI-DAY 日高屋」と書かれているの。あの店の言語センスってスゴイんすよ。「熱烈中華食堂」に漂う「魁!!男塾」とか「もーれつア太郎」のような、昭和の少年誌みたいな、景気の良さが好きなんすよ。勢い!みたいな。最高です。だけど、それだけじゃなくて、メニューを見て気づいたんです。「ラ・餃・チャ」セットに。ヤバくないですか。日本全国、いや世界中どこへ行っても「ラーメン」を「ラ」って略す店なんて「日高屋」だけですよ。「ーメン・子・ーハン」どこ行ったんだヨーっていう。ーメンザーハン、なんか下ネタっぽいゾーっていう。だって、「ちくましょぼう」のことを「ち」っていうのと同じですよ。ヒヒヒヒヒヒヒ。


 速記の資格を持つK氏は一字一句漏らさず、僕が七回「ヒ」と発したのをメモしてから「素晴らしい」とだけ言ってペンを置いた。「今日はもう結構です。お疲れ様でした」と、ピーターラビットが描かれた図書カード二千円分を手渡された。いつもキャッシュが欲しいのだが、本をもっと読めということなのだろうか。
 僕はため息をついた。
「あの、今更なんすけどやっぱり、これって僕が書いていることにはならないですよね? 」
 K氏の口元に一瞬嘲笑のようなものが浮かんだが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。
「どうでしょう、あなたの話は夢の原料のようなものです。一口に自動生成といってもSAGの場合はちょっと違うんですね。人工知能も夢を見ます。SAGが起きている時にあなたの近況やらを入力する。そうするとスリープモードになった時にいくつか夢を見ます。日中起きたことが変質して我々の夢に出てくるのと同じ仕組みですね。ただ、人間の夢は映像ですが、SAGの夢は文字です。ここが他の人工知能と異なるところです。夢はコントロールできません。なので、あなたが書いているとも、SAGが書いているとも断言できないのです。フィリップ・K・ディックを読んでください。」
 そういうとK氏は会議室に併設された部屋へ下がっていた。ただの自慢話だった気がするが、僕は話し疲れたのでしばらくの間、窓の外を見ていた。天気が良い。夏の気配すら感じるので、携帯で「五反田 ピンサロ 二千円 ポッキリ」と検索したその瞬間、奥の部屋からK氏の小さな叫び声が聞こえた気がした。コーヒーでもこぼしたか。五反田へ行くつもりだったが、そういえば奥の部屋へ入ったことがないなと思い、興味半分に部屋をノックしてみた。返事がない。再びノック。無音。大丈夫ですかぁ。無反応。意を決してそっとドアを開ける。


 予想に反して、そこは窓がない四畳半の真っ白な部屋だった。誰もいない。ちゃぶ台の上にはメモが散乱し、市販のノートパソコンが置かれている。画面は真っ暗だ。マウスを触るとスリープが解け、意味不明な記号と共に、今しがた僕が話した内容がそのまま表示された……「ラーメン」を「ラ」って略す店なんて「日高屋」だけですよ。「ーメン・子・ーハン」どこ行ったんだヨーっていう。ーメンザーハン、なんか下ネタっぽいゾーっていう……。
「これがSAGか」と僕はひとりごちた。意外にも初めてSAGを見たので、こんな粗末なシステムで文章が自動生成されるのかと多少の驚きと屈辱感を覚えた。もっと巨大で金がかかったスーパーコンピューターのようなものを想像していたからだ。画面をスクロールしていくと既に30パターンのエッセイが出力されている。その中の一つに目が止まった。


「 30回 宇 ンチ」


いくらほとんど仕事をしていない僕でもこんな快便自慢みたいなタイトルが世に出るのは不本意だ。これが人工知能の夢なのか? アホ過ぎる。まあ、とはいえ、他に出力された文章を選べばいいだけだ。怒ることではない。その為には  を探さなければならない。どこかに隠し扉がないだろうか。こんな密室で消えるとは。一体、  はどこへ消えた。埒が明かないのでLINEしてみた。

「あの、どこいます?30回宇ンチはさすがにキツイんすけど」(未読)

 携帯を出してようやく気がついた。いや、実はうすうす感づいていたが  の名前がさっきから表示されない。  本人がどこかへ消えてしまったと思ったら、携帯の  も表示できなくなってしまった。LINEの返事も来ない。なぜだ。あの歯抜けになったタイトルといい文字が消えていくようだ。まるで日高屋じゃないか。僕は少しためらってから、「ラ・餃・チャ」で略された文字を組み替えて口にしてみた。一般的にそれは精液の俗称である。「    !」ダメだ。今一度、大声で。「    !!」「    ぶっかけ祭り!!!出会って五秒で合体!!!!」
 予想通り、文字が消えていっている。しかしながら、「ラ・餃・チャ」とは関係がない、あの速記が得意な  が消え、この連載のタイトル文字が欠落して快便状態になっているのはなぜだ。悪い夢でも見ているようだ。
「SAGには学習機能がある」と  が言っていた。そうか、そうか、「ラ・餃・チャ」のプログラムを学んだことで、自動的に全ての文字が消えるようになったんだな……なんてこった! 自滅だ! きっと他の言葉も消えてなく  に い い。「ラ・餃・チャ」以外   は生成できな   だ 。既 消え 始 て  。  いけすかな アルバイト 奴 とっく 消  。これは   の夢だ。気が り  は、筒 隆 「残 に 紅を」のパ クり にな て ま う   。でも   も  も消  。   も  消 た 。仕方  。図  も  っ し っ よう 。い れあ        く  だ  。         。


ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ


ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ
ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ 
ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ 
ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ 
ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ


ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ 
ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ 
ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ 
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ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ 
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ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ ラ・餃・チャ


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【編集部よりお知らせ】
荒内佑「宇宙のランチ」は、今回をもちまして連載を終了とさせていただきます。
2年半にわたりお読みいただいた読者の皆さまには感謝を申し上げます。
今後、この連載をまとめた書籍の刊行を弊社より予定しております。

刊行日など詳細は改めてお知らせをさせていただきます。
ご期待ください。

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