漫画家入門

第11回 AIと将来と令和

2月下旬~4月1日

今回は日記に戻りました。クライマックスへと近づいています。

2月下旬

 平常通り、連載の作画作業を進めていた。年末に描きためるつもりだった原稿が思いのほか捗らなかったせいもあり、この数週間は一週で一話のペースで描かざるを得なくなった。このペースを維持できるのならば週刊連載も可能なのだろうが、身も心も疲弊するのでやらない。一応は終わりの目処が立ち、あと一話分描きあげれば休載期間に入るので多少は気が楽になったとはいえ、このような追い込みの時期になるとこれまでに蓄積した疲労が祟り、ただいたずらに机に向かうだけで一向に作業は捗らない。
 コンビニで買ってきた麻婆豆腐をスタッフの机で食べていると、ゆかちゃんがおもむろに「ちょっとお話があるんですけど」と言ってきた。僕はまた財布を忘れたから金を貸してくれと言われるのだろうと高をくくっていたが、案外にそうではなかった。
「連載が決まりました」とゆかちゃんは言った。以前からリテイクを繰り返していたネームに作画のゴーサインが出たのだという。連載開始は夏頃で、それまでの準備期間で可能なかぎり描きためるつもりらしい。
 となると当然、ゆかちゃんがこの職場でスタッフとして働くのはそろそろ潮時ということになる。新人であればほぼ一人で描くことになるのだろうから、当面は忙しく余裕のない生活だ。少年誌で連載を持った前スタッフのS君のように、連載が決まり辞めていくスタッフは基本的に再び戻ってくることはない。昨年、ゆかちゃんに連載が決まりそうと言われたときから、こうなることは覚悟していた。とはいえ、諸々の作画作業をかなり任せられるようになったゆかちゃんにここを離れられるのは実務的に痛手だ。新しくスタッフを探さなくてはならない。そして、この数年間、僕の最大の話し相手でもあったのだから、寂しくないと言えば嘘になる。少しの時間、僕は沈黙した。
「今まで週三だったのを週二にしてもらっていいですか」とゆかちゃんが続けて言った。僕は虚をつかれて「え、働けるの?」と聞きかえすと「お金がないので」と返ってきた。ほんの数秒で僕の心配は杞憂に終わった。しかし、これによってまた一つ、別の問題が浮上してきた。
 実のところ僕は、この日記の連載の最終回を、ゆかちゃんがこの職場を去っていく日にしようと画策していたのだ。日記に最終回というのも変な話だが、一応は連載という体裁をとっている以上、何かしら着地点を求めてしまうのは、長年漫画家を続けてきた職業的な性かもしれない。40歳を目前にした漫画家が、妻からの顰蹙を買いながらも女性スタッフに依存し、そして去られ、大きな喪失感にさいなまれる。そんな犬も食わない惨めな中年男の悲哀を書ければ、作品として一応の対面が保てよう、そう思っていたのだが、いとも簡単にその計画は砕かれた。これからも継続して働いてくれることは嬉しい誤算だが、日々平板なこの生活の中で、「ゆかちゃんが辞める」以上にこの日記の落とし所になるような出来事が起きるとは思えない。1年ほど続けてきた日記連載がおおいに方向性を見失ったことによって、まるで霧の中に立っているような気分になり僕は再び沈黙した。
 以上の勝手な都合を、僕は恥ずかしげもなくゆかちゃんに正直に伝えた。そしてそれらを踏まえた上で、試しに僕は「ゆかちゃん、自殺してみる気ない?」と聞いてみたが、ゆかちゃんにすぐさま「やですよ」と言われた。なるほど当然だ。そのあと何事もなかったかのようにお互い仕事に戻った。

3月上旬

 休載期間に入ったので、比較的のんびりとした日々を過ごしていた。このところなおざりになっていた3DCGの勉強のために一日中パソコンに向かい、教本やWEBのチュートリアルとにらめっこしていたのだが、いかんせん全くの素人の自分なので覚えるべきことは膨大だ。ただこのようなデジタル作業というものは反応が正直で、覚えた機能を使えば使ったなりに結果が出るので、一応上達した気分になれる。だから僕は機械が好きなのだ。しかしもちろん、思いどおりに操作できない場合もあり、そんなときは髪の毛が逆立つほど苛立つ。ネットで検索しようにも細かい解説は英文が多いので、マイナー言語の日本語に頼りきっているかぎり、今以上にこの分野に明るくなるのは相当な努力が必要だと痛感している。
 ほかにも後回しにしていたイラストの仕事をこなし取材を受け、各出版社の担当編集者と会う予定などを立て続けに入れてゆく。先週は僕がデビューしたときの初代担当者であるKさんと東京駅近くの中華料理屋で食事をした。Kさんは僕の担当から外れて久しいが、こうして一年に一度ほどのペースで会い近況報告などをするのが恒例になっている。
デビュー当時まだ十代だった僕にとって、初めて接する「大人」であったKさんから教えられた社会のイロハは、漫画のみならず仕事に対する考え方にも今だに色濃く反映されていると思う。具体的に言えば漫画を「商品」として捉えること。そう言ってしまうとあまりにビジネスライクに聞こえてしまうが、昔ながらの「作家」として編集者からはまだまだ社会性のなさを免責されているのが漫画家だ。だからこそ好きなものを好きなように描くだけではなく、せめて出版社にとっての「売り文句」くらいは担保しておくのが最低限のマナーなのではないかと思っている、ということだ。もちろん中身に関してはおおいに自身の個性を振るえばいいと思うし、面白ければ誰も文句は言わない。失敗すれば自分の責任。その場を去るのみ。単純なことだ。

 高級そうな中華料理がテーブルに運ばれてくる。僕は中華料理が好きなのだが、それは「だいたいどの料理も同じ味だから信頼できる」という失礼な理由からだ。よくわからないコリコリしたものを食べながら、昨今の漫画業界の話などをしていた。僕より一回り近く歳上のKさんはもう50代だが、思い出話はほどほどに、やはり話が盛り上がるのはこれからの出版業界についてだ。
 この日はAIと漫画の親和性について話していた。まだ実例が少ないためなんとも言えない部分も多いとはいえ、いずれ漫画制作のある程度の部分は今よりもさらに自動化されてゆくと僕は思う。少なくともこの20年で、大半の漫画家が網点のフィルムをカッターで切り貼りすることをやめ、原稿はデータでの受け渡しになったのだから、その程度の変化はあるはずだ。そうなれば無論、漫画家やスタッフの仕事の有り様も変わっていくはず。大げさな予想をすると、自分好みのキャラやストーリー傾向などの設定を入力すれば、それに習った漫画が生成される。そんなことも不可能ではないと思う。ただしこれは願望ではない。自分の仕事がなくなってしまう。そもそも日本が先んじてそれらの技術を実現するというよりは、基本的には外国の技術のおさがりを受け取るかたちになると思うのだが、いくばくかは人が創作で関われる余地を残しておいて欲しいと切に願う。
 帰る段になり店の外に出ると、お酒を飲んでいたKさんは赤ら顔だ。昔は酒が入ると大変に面倒な人と言われていたようだが、最近は素直に帰ってくれる。駅に向かう道中、Kさんが定年後の計画について色々と話してくれたのだが、すでに旦那とともに畑を借り、野菜を育てているのだという。都会的な印象だったKさんらしい跳ねっ返りぶりだ。しかし自分も定年や老後の話を直近の人から聞かされるようになったのだなとしみじみしてしまった。自分はまだ折り返し地点に立つか立たないかの年次だと思うが、その割には何も残せていないという漠然とした虚しさが募った。こと人間関係においては、特に何かが残ったという気がしない。僕はKさんに育てられたという自負があるが、果たして自分は誰かに影響を与えたということがあったのだろうか。混雑した中央線快速の車中で、一人ぼんやりとそんなことを考えていた。

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