アメリカ音楽の新しい地図

7.ケンドリック・ラマーと黒のグラデーション

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

 2016年2月15日。ロサンゼルスで開催された第58回グラミー賞授賞式におけるケンドリック・ラマーのパフォーマンスは異様な雰囲気に包まれた。
 俳優ドン・チードルの紹介に続いてステージが暗転すると、ケンドリックを先頭に手足を鎖に繋がれた数人の黒人が現れる。舞台には牢獄のセットが組まれ、両脇の鉄格子の中にはサックスを演奏する囚人もいる。鎖を付けたままマイクの前に立ったケンドリックは、大音量のバンド演奏とともに〈ザ・ブラッカー・ザ・ベリー〉をラップし始める。曲の後半、鎖をちぎったダンサーたちが激しい踊りを繰り広げ、暗闇の中で囚人服のスケルトン模様が蛍光色に発光する。するとステージが転換し、今度は中央に設置された巨大なかがり火を囲むようにアフリカを思わせる部族が打楽器を鳴らして踊っている。曲はブラック・ライヴズ・マター運動のアンセムともなった〈オールライト〉である。黄金色の火柱を背景にダンサーたちが歌い終わると、さらに舞台は移り、ミニマルな演奏をバックにケンドリックがひとりマイクの前でラップをはじめる。未発表曲のサウンドにあわせて照明が激しく点滅するなか、カメラは西海岸を代表するMCの鬼気迫るラップを映し出す。そして曲が終わった直後、背後のスクリーンにはアフリカ大陸の地図が映され、その中央には「コンプトン」の文字が刻まれていた。
 時系列を確認しておこう。2013年7月、前年に17歳の黒人少年トレイヴォン・マーティン殺害の罪に問われたジョージ・ジマーマンの無罪判決をきっかけに沸き起こったブラック・ライヴズ・マター運動は、翌年エリック・ガーナーとマイケル・ブラウンの黒人ふたりが相次いで警官に殺害されたことで全国的な広がりを見せる。スマートフォンの普及に伴い、連日、白人警官による黒人への暴力がネット上にアップされ、2015年1月に人気テレビ番組サタデー・ナイト・ライブに出演したディアンジェロがステージ上で黒人犠牲者に追悼を捧げるなど、ブラック・ライヴズ・マター運動への共感を表明するミュージシャンも現れた。
 ケンドリック・ラマー3枚目のスタジオ・アルバム《トゥ・ピンプ・ア・バタフライ》(2015)が発表されたのはこの年の3月である。ホワイトハウスの前で黒人の若者が勝利の雄叫びをあげるカバーデザインも話題になったが、ケンドリックは6月のBETアワードの授賞式で破壊されたパトカーの上で〈オールライト〉を歌うパフォーマンスを披露し、さらに保守派の反発を招いていた。同じ月にはサウスカロライナ州チャールストンの黒人教会に白人至上主義者が襲撃し、9人が死亡する惨劇も起きている。さらに8月には西海岸ギャングスタラップの興隆を描いた映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』(2015)が公開され、大ヒットを記録した。白人警官による暴力の描写を含むこの映画により、これまで社会的にネガティブなイメージで捉えられることの多いギャングスタラップが正当化/正統化され、その嫡子としてのケンドリック・ラマーにさらなる関心が集まった。
 2016年2月のグラミー賞授賞式は、こうした社会状況を背景に開催された。史上初の黒人大統領のもと、アフリカ系アメリカ人に対する暴力がかつてないほど顕在化し、彼らの多くは傷つき、恐怖を感じていた。ではケンドリック・ラマーはこの歴史的パフォーマンスをなぜ牢獄のセットで始めたのだろうか。数ある曲の中で、なぜ〈ザ・ブラッカー・ザ・ベリー〉を最初の曲に選んだのだろうか。これらの問いに答えるには、少しばかり迂回を経なければならない。