海をあげる

優しいひと

 私が元山さんと会ったのは、2年前の夏のころだ。沖縄の風俗業界で働く若者の調査の本を出版したあとの夏休み、私に会いたいと連絡をくれる見知らぬひとは多かった。
 ○月○日に調査や旅行で沖縄にでかけるから時間をつくってほしいといった連絡が突然入り、なんとか時間をつくってみると、そのひとのやっている調査への協力を頼まれたり、会ったばかりの私に自分の悩みや生育環境を話して帰っていくひともいたりした。
 沖縄に帰省中の元山さんもまた、東京に帰る前日に私に連絡をくれたひとりだった。SEALDsの活動をしていたころの元山さんのスピーチは印象に残っていたから、このひとの頼みは邪険にできないと思い、今日の午後に30分程度の時間をとることができると返事を送った。そしたら元山さんはすぐに研究室にやってきた。
 研究室にやってきた元山さんは、私の書いた本を読んだと話しながら、こういう社会調査の意義はわかったが、それをもっと広げるために今後はどんなことをするつもりかと私に尋ねた。

「え? 調査そのものの継続とか、講演とか、執筆とか」

 戸惑いながら私が答えると、元山さんはきっぱり言った。

「講演とか調査とか、執筆することの意義はわかります。でも、もっと広げて、もっと直接社会に訴えるような活動することも必要だと思います」

 その夏、私の研究室を訪ねてきたひとたちのことが次々と頭に浮かんできて、私は本当に頭にきた。元山さんが沖縄の状況を憂いていることはわかっている。それでも、私にはこれ以上なにかにさける時間はどこにもない。
 頭にきたまま、「ファンドもらって、難しい調査はしらせているので十分じゃないかな? 調査の方の支援と介入がらみで活動することも多くて、そこに年間20本近い講演もいれている。今日も調査の方に同行していたんです。私にはこれ以上、なにかにさけるゆとりはない」と言った。それから、「約束した時間までまだあるけど、もういいかな?」と、冷たい声で打ち切りを切り出した。
 静かに話を聞いていた元山さんは、「本当にごめんなさい。今日も忙しいなかで時間をつくってくれたんですよね。本当にごめんなさい」と頭を下げて、大きな身体を小さくまるめて帰っていった。
 翌々日になって、東京に戻ったという元山さんから謝罪のメールがとどいていた。

本当に申し訳ありませんでしたとしか言いようがありません。……昨夜、改めて先生の著書を拝読いたしました。本当に胸が締め付けられる話ばかりで、そのような方々の調査・ケアをなされているにもかかわらず、ぶしつけな訪問をしまったことを心から反省しております。

 大きな身体を小さくまるめて謝った元山さんのことを思い出して、今度は私が小さくなる。この前私がはなった言葉は、元山さんに言うべき言葉ではなかった。その夏、私の研究室にやってきた私の時間を奪うことに無自覚なひとへの苛立ちを、たぶん私はその夏出会った、私の言葉を聞こうとしてくれた一番優しいひとにぶつけただけだ。
 それから元山さんたちは、「辺野古県民投票の会」を立ち上げたことを報道で知った。あの日、元山さんはこの計画について話そうとしたのかもしれないと考える。
 あの日、私は元山さんの考えを聞いて、それから一致点を探ればよかったのだ。あの日、私は大人気がないやりかたで大人ぶった。あの日の私のやり方は大人気なくて恥ずかしい。

                   *

 元山さんがハンガーストライキを始めた場所に駆けつけたとき、私のなかにあったのは、市長たちの勝手な決定に、20代の代表が身体をはらざるをえなくなったことに対する申し訳なさと、話を打ち切った2年前の自分に対するざらりとした苦い思いだ。なんで、若いひとにここまでさせてしまったのだろう。それにしても、これからハンガーストライキを始めるというのに、なんでここには何もないのだろう。
「何もないねー。こんなところで、風、避けられるの? 夜、どうするの? 夜、外はけっこう寒いよ」と矢継ぎ早に言うと、元山さんは「夜はどうしましょうかね」と困った顔をしている。「地面が寒いんだよね。しんしんと寒さがくるよ。ここでお湯とか飲める?」と聞くと、「はい、ポットを持ってきました」と言ってみせてくれたのは電気で沸かすポットで、野外にはもちろん電気のコンセントはない。
 ガクッとしていると、カメラを持った元山さんの友だちの朝日さんがやってきたので、「元山さんと一緒にハンガーストライキをするの?」と尋ねると、「いや、僕はしっかり食べて応援します」と即答するので、なんだか笑う。やむにやまれずハンガーストライキが始まってしまい、これから準備をしようとしている風情だ。「まあ、とりあえずカンパするので、必要なものを準備をしてください」と言ってお金を渡すと、ふたりは「おおお!」と叫んで、それから「いつもすいません」と頭をさげる。いや、すまないのはこっちのほうだと思いながら、「また来るね」と言って家に帰る。
 家に帰っても気分が晴れないまま仕事をする。今夜は私も便乗して、せめてご飯を食べないことにしてみようかと考える。いや、やっぱりご飯を食べないのは嫌だと思い、夕方になるといつもよりせっせとご飯をつくる。

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