海をあげる

優しいひと

 夕ご飯の食卓で、元山さんがハンガーストライキを始めて、今日から外で眠ることになったことを娘に伝える。娘はなぜかわくわくした顔で私の話を聞いていて、それからぽんと手をたたき、「じゃあ、風花がつくったムーチーを持っていってあげたらいいんじゃない?」と言う。娘の考えていることはだいたい分かると思いながらも、「どうして?」と問うてみる。

「元山くん、ムーチーを食べたら、夜になってから、鬼がきても、耳切坊主(みみちりぼうじ)がきてもやっつけられるよ? だからムーチーを持っていってあげたらいいんじゃない?」

 あわよくば、自分もこれからムーチーを食べようと思っている娘に、ひとつひとつ説明する。
 ムーチーを食べて鬼退治をした話は、たしかにあること。
 鬼が子どもを食べるということは聞いたことがあるけれど、元山さんは大人なので鬼は食べないと思うこと。
 耳切坊主というおばけが首里城近くの玉うどぅんに住んでいることは聞いたことがあるけれど、耳切坊主はバスに乗れないので宜野湾市役所には来ないと思うこと。
 ちなみに、ハンガーストライキというのは、ご飯を食べないという抗議の形であるので、風花がムーチーを持っていっても、元山さんは食べることができないということ。
 私の話を聞いて娘はぷりぷり怒っている。

「ご飯食べないと、大きくなれないさ! 元山くんは駄目だね!」

 元山さんは十分大きくなっていると説明しようかと思うが、面倒くさいのでやめておく。
 眠る時間になってからも、「元山くん、まだ、お外にいる? 元山くんは歯磨きした?」と娘は話す。そして、「お腹がすいて、元山くんはかわいそうだね。お外は大人でも怖いから、今日は鬼がお休みだったらいいのにね」と言いながら眠りにつく。
 明け方の2時ごろ、娘のそばで目が醒める。雨が降りはじめ、風が吹いていて、今夜はムーチービーサーの日のように寒い。あのあと誰かが、テントや寝袋を届けたのだろうか? 元山さんと朝日さんは、雨に濡れながらふるえているんじゃないか?
 眠れなくなったのでポットでゆっくりお湯を沸かして水筒に入れて、ホッカイロと毛布を紙袋に入れて、雨で濡れないようにもう一度ビニール袋でぐるりと包む。3時になるのを待ってから、暗闇のなかを市庁舎に向かう。
 夜明け前の庁舎はしんと静まりかえっていて、昼間、元山さんが座っていた場所には小さなテントがふたつ設置されている。どうやら誰かがテントを届け、そのなかで元山さんと朝日さんは眠ることができたらしい。毛布を差し入れたかったけれど起こしてしまうのは可哀想だと思い、家に帰る。明るくなってから、もう一度ここに足を運ぼう。

                   *

 ハンガーストライキの2日目は、ずっと雨が降っていた。毛布を届けにいったら発電機が設置されていた。昨日の電気ポットも、ようやく役に立つようになったらしい。
 署名用紙を整理する作業をしている元山さんの友だちから、元山さんのツイッターには、食べ物の写真が大量に送られていることを聞いて胸が痛む。

「焼き肉とかビールとか、炊きたてのご飯。ああ、それからビーフシチューもありました」

 いま、温かい食べ物の写真をみせられるのはどういう気持なんだろう。どれくらい絶望したら、悪意の飛び交うなかで顔を晒して座り続けることができるのだろう。
 毛布を渡して、ため息をつきながら仕事に向かう。暖かい部屋のなかで過ごし、温かい食べ物を食べてぬくぬくと眠る私たちの市長が、私たちから投票する権利を奪い、それに抗議して元山さんは食べることを拒否している。冷たい布で首を巻かれて、ゆっくりと喉を締められているみたいだ。いつまでこんなことが続くのだろう。
 3日目もまた雨が降っていた。お昼すぎに市庁舎に行くと、市庁舎には人が増えていた。昨日から体力を温存するために取材時間を一本化していること、元山さんはテントのなかにいることも教えてもらう。60代くらいの女性が「ごめんね、ごめんね」と言いながら頭を下げて署名をして帰っていく姿を見る。みんなひとりでここに来て、なにかできなかったのかという思いを抱いてここを去る。
 ハンガーストライキの4日目になると、私の知りあいや友だちも市庁舎にでかけていったと話していた。「せめて鉄分だけでも取らせたくて、鉄瓶でお湯を沸かした白湯を持っていったんだけど、受け取ってくれなかった」と話した友だちは、自分のほうがやつれていた。争いの場所に行くのを好まない私のヨガの先生は、「このあと、元山さんのところに行ってきます。マッサージをしてあげてもいいのだけど、精神力だけで乗り切ろうとしているからこういうときは邪魔できない」と言いながら、「でもね、もう私たちは黙っていてはいけないと思う」と話していた。夕方、うちに立ち寄った私の母も、「市役所にも電話をしたし、さっき、市役所に行って署名してきた。あそこにいって署名をするのに意味があるのよね」と言いながら、「それにしても食べてほしいよ、可哀そうよ、あんなに大きな人がフラフラで」と話していた。娘はそれをじっとみる。

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