海をあげる

優しいひと

 ハンガーストライキの5日目は休日で、娘は朝からムーチーを作ろうと張り切っていた。ふたりでもち粉を練っていると、娘はまた同じ言葉を繰り返す。
「ムーチーを元山くんに持っていってあげよう。ムーチーを食べると鬼がきてもパンチできるよ」
 私はもう一度説明する。
「いま、元山くんは、ムーチーを食べることはできないよ。ハンガーストライキは、ご飯を食べないという抗議だからね。いま、元山くんがもらうことができるのはお金だけ」
 娘はしばらく考えて、それから私に話し出す。
「風花はお金をたくさんもらったよね? お年玉袋に入っているよね? 風花のお金を元山くんにあげよう」
 毎年、娘がお年玉をもらうと、お年玉袋にひとりひとりの名前と金額を書いて、娘のアルバムに整理してから貯金する。今年はまだアルバムの整理が終わっておらず、お金はすべて娘の引き出しに残している。
「いい考えだね」と娘に言って新しいお年玉袋を渡すと、娘は綺麗にお金を包んだ。それからご飯代わりにムーチーをたくさん食べて、ふたりで一緒に家を出る。
 通いなれた市庁舎には、今日は子どもを連れた家族も多い。娘はずっと「元山くんは? 元山くんは?」とあたりをウロウロしていて騒がしい。受付にいた女性に「娘がうるさくてさー」と愚痴ると、「元山さんはテントにいますよ、声かけたらいいですよ」と言ってくれる。それでも別の女性がやってきて、「いま、身体がとてもきついから、やっぱり会うのは難しいかなぁ」と言うので、娘に「元山くんにお年玉は渡せないけど、お友だちが渡してくれるって言っているから、預かってもらおう」と話す。私たちのやりとりを聞いていた受付の女性は、娘のそばにしゃがみこんで、「お名前はなに? 風花ちゃん? 字はかける? ここに、ふ、う、かって書いてごらん」と娘と一緒に名前を書いてくれる。
 受付にコンビニの袋を抱えた男性が現れる。男性は受付にいた女性におにぎりの入った袋を渡そうとしながら、「こんなことまでさせて、おじさんは、もう辛くて辛くて」と言って泣いている。受付の女性は、「受けとることはできません」と断ろうとしているけれど、思わずみかねて、「みんな、気持ちがすまないっていう思いでいっぱいだから、もらってあげたら?」と言うと、しばらく考えていた女性は、「じゃあ、いただきますね」と言って、その男性からコンビニの袋を受け取る。男性は「本当にごめんね」と言って帰っていく。

                   *

 そろそろ帰ろうと促すけれど、自分でお年玉袋を渡すと言って娘はテコでも動かない。娘の気持ちが変わるのをそばで待っていると、カメラマンの朝日さんがやってきて、「大丈夫ですよ、声かけたらいいですよ」と娘と私をテントの前まで連れて行ってくれる。
 テントの前で「こんにちはー」と声をかけると、元山さんはひょいっと入り口を開けて顔を出し、「あれ、先生ー、あれ、先生の子どもー?」とニコニコしている。ああ、やっぱりやつれていて、目の下にはまっくろなクマもある。食べ物を一切とらず、荒れる天気のなか外で寝泊まりをはじめてもう5日目だ。
 毎朝、元山さんが無事に夜を過ごせたか新聞の記事を見ていた娘は、なぜか突然恥ずかしがって「これ、どうじょ」と赤ちゃんのような舌足らずな言葉で元山さんにお年玉を渡す。不思議そうな顔をしている元山さんに、娘がムーチーを持っていきたいとごねたこと、お金しか受け付けていないといったらお年玉を持っていくと言って自分でお金を包んだことを説明する。「なんでー、自分のことに使ったらいいさー」と、元山さんは笑って娘をみる。娘は元山さんの顔をみていたけれど、突然、「マーマー、風花、おなかがすいた!」と大声で騒ぎ出す。飢えが娘にうつってきたらしい。あわてて、「じゃあ、ばいばい」と言って、娘と一緒にテントから離れる。
 帰り道でなにか買って食べさせようと思っていると、さっきまで娘の相手をしてくれていた女性がやってきて、「もらったおにぎりがあるけど、風花ちゃん、食べる?」と娘に声をかける。うなずいた娘はついていって、それからおにぎりとペットボトルのお水をもらって帰ってくる。
 市庁舎脇の木の下に座って、娘と一緒におにぎりを食べる。おにぎりはさっぱりした塩むすびで、泣きながら謝っていたあの男性は元山さんが食べようと思ったそのときに、できるだけ身体に負担のない食べ物を用意したのだと思い至る。
 上空にはオスプレイが飛んでいる。今日はセンター入試の初日で、試験会場になっている琉球大学も沖縄国際大学もここからほんのわずかの距離だ。
 試験監督者が咳き込んだという理由で、再試験になったのはどこの県だったっけ? 沖縄では、軍機の爆音が響いていても、再試験になったことなど一度もない。
 今日はいい天気で日差しも明るい。たぶん、今日はこのまま温度もあがる。それにしても、いつまでこんなことが続くのだろう。

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